帝国の戦火

 帝国兵は砦へと行進していく。彼らの士気は高く、十分訓練され、装備は十分だ。砦前で兵たちは小隊単位に分かれ、砦へと向かっていく。

 帝国兵は軽量なクロスボウを手に弓を引き絞る。弦を掛け金に固定させるとそこに光弾が生まれ、通常の矢では届かない遥か先から射撃する。まだ安全距離だと思っていた砦の兵は次々に射抜かれて倒れていく。

 片手で悠々と引かれる弓は止むことなく光弾を生み出し降り注ぐ。やがて、砦から誰も顔を出さなくなり、帝国兵は門へととりついた。

 門が破壊されるのも時間の問題だろう。もっとも装備の面では白兵戦の方がまだマシかもしれない。

 どこの国の砦も似たような状況だった。幸いなことに白兵戦は射撃戦ほど悲惨ではなく、砦が一日で落とされることはなかった。

 しかし、陥落しなかったとしても相手は先遣隊にしか過ぎない。あまり明るい未来は期待できないだろうが、各国はカザルハイトの助言を真剣に考え直すことになる。


 総数は約100人程度しかいない転生者たちの編成は様々だが、基本的には個人の特性を考えて出されたカザルハイトの案をベースとしたもので組まれた。転生貴族は基本的に部隊長か特殊な役割を担当する。

 帝国軍は砦の一日目の感触で本隊の編成が組まれることになっている。その予測をもとに作戦は練られ実行される。先遣隊とはいえ一日で落とせなかったことは、帝国軍にとって重要なことだった。

 翌日に帝都の重い門が開かれ帝国軍が吐き出される。次々に出陣する帝国軍の長蛇の列が流れていくが、ある時点で突然敵将らしき人物が馬から落ちる。それは帝国軍の将軍だった。

 射落としたのは狩人ソリュード、過去に発掘された帝国軍の使う光の弩を改造した武器を扱い狙撃したのだ。狙撃の直後、転生者たちが用意していた偽装の魔術が消えて姿を現す。多くの者には炎の槍が握られていた。

 次々に投擲される放たれる炎の槍は白光となり爆炎を吐き出し突き進む。炎の槍は帝国兵を貫き着弾すると爆発によってさらに犠牲者を巻き込む。

 別の方向から突然、空にある太陽とは別のもう一つの太陽が出現したかと思うと帝都の門の中へと落ちる。辺りは目が眩む強烈な光に包まれ爆風が吹き荒れる。落ちた付近には炭となった帝国兵だった物と燃えて火災を起こした家屋だけが残る。


 その中を全軍の半数程度の突入部隊は突き進んでいく。もう半数は門を確保するために留まり、混乱してる帝国軍と戦い続ける。

「転生する価値の残った世界にしておくれよ。」

 門を確保する側のカスティアはそう呟いて、自分の部隊に陣形を汲み盾を並べて構えるように号を発する。

 士気と練度の高い帝国軍の副官が門の外にいる軍を再構築し迫ってきている。残りの炎の槍も奇襲でなければさっきまでのような効果は望めないだろう。使い潰したら防御用の魔術とアーティファクトを展開して、持ち堪えなければならない。

「まあまあ、ここでの目的は足止めだから。死なない程度に頑張ろうね。」

 レクティは重厚な装丁の本を開くと魔術を幾つも同時起動する。障壁が張られ、敵との間にある大地が崩れ、幻術の兵を作り上げた。



 アレン達は突入部隊にいた。

 帝都の門へと走っていくと炭となった残骸に改めて目を見開く。大量に虐殺して美しい帝都に火を放ったことに何とも言えない嫌悪感を覚える。

「アレン、慣れなくて良いこともあるのよ。」

「辛い時でも絶対に一人にはいたしません。」

「うん、辛いのは僕だけじゃないはずから。」

 走りながらお互いに一瞥を投げ合う。

 エルダもデリラもこのような戦いは初めてだった。二人にとっても心かき乱される光景であるが、弱さをみせれば自分の愛する者を巻き込むことを考えれば強くいられた。恐らく、このような経験があるのはカザルハイトくらいだろう。

 門の内側を広範囲に爆風が焼き払ってはいるが、帝国兵は防衛のために戦線を張ろうとしている。むしろここからがキツイ所かもしれない。

 カザルハイトが戦旗を振るうと旗がたなびき、光の帯が帝国兵へと舞っていく。帝国兵の撃つ光弾が遮られ、そこへ穂先を構えて突撃する。カザルハイトの戦旗は槍としても魔術の媒体としても変幻自在に応用できる便利なものだ。

「後ろを振り向くな、一気に抜けるぞ。」

 僕らは残っている炎の槍を投げて弾幕を張る。どのみち近付き過ぎては使えない武器だ。惜しくはない。炎の槍を投げ込み前方に白光と爆炎が広がる。また、多くの命を奪うが先ほどより生々しい殺した手応えがある。

 慣れたくはないが、気に留めるわけにもいかない。心は揺れるが、エルダとデリラへの思いとカザルハイトの戦旗による精神を強化する力で心の

揺らぎに耐える。

 しかし、直ぐに帝国兵は戦列を立て直す。恐ろしい統制力と恐怖心の無さだ。デリラは槍の魔術を起動して突くと衝撃波が敵を薙ぎ払う。カザルハイトの戦旗も後ろを守る様に長くなびかせて、自ら穂先を突きこんでいく。エルダは剣で街路を引き裂くと魔術で崩壊する範囲を広げていく。僕は盾で衝角の代わりになる障壁を作って戦列へと突撃する。そうして、帝国兵の戦列に亀裂を入れ、押し広げて貫いていく。

 他の者達も僕らに続き、ある者は武器を振るい、別の者は魔術で妨害し或いは幻術で牽制する。その間にも帝国兵の剣が切り込み、光弾は止むことがない。

 攻撃で負傷した者も出ている中、更に背後をみせながら走らなければならない。個々に張っている障壁は消耗し、光弾が抜けてくることも多かった。戦列を突き抜けながら、物理と魔術で煙幕を展開する。

 しかし、帝国兵はすぐに伏射・膝射・立射の列を作り射撃を継続する。たまらず障壁を張る人員を割いて対応するが、防ぎきれずに幾つかの光弾が抜けてくる。

 どうにかやり過ごすために鏡写しに見せる幻影を作り出し、右側の街路へと逃げ込み、鏡写しに左にも同一の動きをする幻影が帝国兵には見える。

「デリラ、移動しながらみんなの応急処置をするよ。」

「アレン、分かりました。左側から行きます。」

 僕とデリラが走りながら光弾のダメージの応急処置をする。こんな無茶ができる経験があることに感謝した。


 宮殿への街路を走り続ける。時折帝国兵の撃つ射撃が命中するが、張り巡らした障壁で弾いている。前方にはカザルハイトの戦旗がはためき、全員の能力を引き上げている。

「カザルハイト、前の帝都と同じ構造なのか。」

「全く変わらん。帝都の地理は熟知している。」

「ほとんど外敵に配慮しているようには見えない造りね。」

「進みやすい分、帝国軍の動きも早いのではないですか。」

「問題ない。敵の展開速度への配慮もしている。」

 速度を重視するあまり大きめの通りを突き進んでいるので、不安が頭をよぎる。前回と違いはしないか記憶が間違っていることはないか。作戦会議でも出た話で納得はしているから、最早そのまま突き進むしかない。

 途中部隊を東側と西側へと分けて突入する。片方は陽動として振舞う予定だ。ここでも僕らはカザルハイトと同じ東側、つまり本命の部隊として突入する。


 東門が見えて、そこからさらに進んだ北東の角に近い位置の監視塔が、手薄になっている個所だ。それでも警備要員はいるし、囲もうと追撃してくる部隊もいるから強行突入することになる。遠距離で僕が最後に残していた炎の槍を監視塔に投擲して、監視塔の兵を圧殺する。誰かが魔術で空中に足場を作って監視塔に突入する。

「ソリュードが監視塔を確保した。壁を超えるぞ。」

 言われてソリュードだったかというのが分かる。戦場を共にして戦友と言っても良い相手に、この程度の認識しかできない自分が薄情なのではないかと内省してみる。


「私とアレンの間に入ったお邪魔虫ともお別れね。」

 振り向くとエルダが労作である大規模魔術用のアーティファクトを取り出し、起動すると宮殿の壁を超える綺麗なアーチ型の橋が出来上がる。こうした大規模魔術用の使い捨て補助アーティファクトは準備期間と詳細な情報を必要とするが、今回はそれらの条件が揃っていた。強度は稼げていないので、直ぐに渡る必要がある。

 ここで更に部隊が分かれ突入部隊は8名だけになってしまった。しかし、宮殿は既に目の前になっている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る