帝国の目覚め

 時は巡りて、我らは甦る

 何度でも、何度でも、何度でも

 讃えよ、捧げよ、祈れよ、再臨せよ

 永遠なる帝、不変にして不滅の帝国


 有象無象の帝国民の囁きが聞こえる。祈りが絆となって繋がれる。帝の形が定まれば民もまたさらに騒めく。

 貧しい農村で人として生まれた。胎はなんでもよかったし、変えることもできたが必要はなかった。

 今代も良き生まれだ。産み落とされて直ぐ、産婆の手を払う。よい、不要なり。

 生まれたての赤子に手を払われた産婆は驚愕する。あるはずのない力を持っている。

 赤子の身体で母の元へ這っていく。母の身体を頼りに身を起こして、己の膝に手を添えて立てば、その身体が少年へと見る間に成長する。

「母上、産むのは苦しかっただろう。もう苦労はさせぬよ。」

 魂を掴まれるような慈愛に満ちた微笑みを母に向ける。

 まだ、寝ている母は少年を見上げる。いつの間にか痛みは無くなっていた。

 しかし、生まれたばかりの我が子を抱く時期は永遠に過ぎ去った。

「服がいるな。」

 何もない空間に腕をめり込ませ服を取り出す。服を着るべく身体に掛ける頃には、青年の身体となっている。じきに農村にはありえない立派な服に着替えた男となり周りを見る。

「お前たちを余の臣民に迎えよう。直に迎えが来るぞ。」

 村の外には昨日まで無かった旧帝国の街道が帝都に向けて伸びている。

 道の向こうから馬車の列がやってくるのが分かる。かつて魔王と呼ばれた男は、現世もヴァルナガヌァディアンとして蘇った。

 しかし、本人にとっては単に朝の目覚めを迎えた程度の認識だった。


 ギーベンスの川沿いにある入植地をさらに広げて、物資が次々と運ばれていく。物資は直ぐに急造の倉庫に運び込まれる。

「いやいや、これだけアーティファクトが揃うとなかなか壮観だね。たまにはフィールドワークもいいもんだね。」

 戦争の準備中に非常に暢気な声が聞こえる。

「貴方は引き籠りすぎなのよ。」

「しかしまぁ、500年の壁の理由が魔王だったなんて思わなかった。もっと早くカザルハイトに会いたかったな。あの伝説に。」

 何でも文化や歴史の研究者の間では、500年前を境に急に情報が少なくなることは知られていたらしい。エルダとデリラも100年したら、呆れるくらいみんな忘れているって言ってたのを思い出す。

「カザルハイト曰く、魔王と帝国が再臨すると主要都市が陥落するごとに帝国の都市が臣民ごと復活するらしいですよ。そりゃ、滅びますよね。」

「地政学的に主要都市の位置なんて条件は絞られやすいからそうなるんだろうね。そりゃ、滅びるよ。」

「既存国家と共存は基本的に不可能とも言ってました。生き残るのは帝国開発しなかった土地の小規模な国で、それも帝国領に分断されてしまうようです。」

「最悪なのは帝国の臣民になることは不可能ということよ。臣民以外は永遠に這いつくばらなければならい。」

 その様は異常に天井の低い家で頭をこすりつけて生きているようなものだと誰かが例えた。主要な食料供給地は抑えられている上に帝国と交易はできない。つまり、世界の隙間に間借りして生きることになる。

「臣民にとっては良い国なんだろうけどね。文献と遺跡の発掘品見ると帝国の技術は凄いからね。500年じゃ帝国を超えられなかったんだろうね。今が本当は何年目か分からないけど。」

「カザルハイト以前の記録はさらに曖昧だから無理もないわよ。私の先生も500年前の崩壊後の復興期の人だったわ。」

「魔王の完全放逐を達成しないと500年以上の進歩はない。自分たちの積み上げたものが何も残らないというのは嫌だな。」

「私達も受け継いだ側ですから、それを失くしてしまうのは受け入れられません。」

 転生者が積み上げたものさえほとんどが500年で消えてしまったら、彼らの転生した意味が否定されてしまう。ある者は転生後に何も残っていなかった世界に絶望したかもしれない。

 僕ら三人とも多くの転生者の友人を持つ人間だから、そんな暴挙は受け入れられるはずがない。500年間の喜怒哀楽が無意味だったなんてことは。

「この拠点に来る転生貴族は狩人ソリュードと解放者カスティアだったっけ、そっちも楽しみね。」

 暢気そうにひょこひょことレクティが歩き去っていく。狩人ソリュードはギーベンス、解放者カスティアはマルデインを拠点とする転生貴族だ。


 村民全てを帝都へと招いた魔王ヴァルナガヌァディアンの前には恐ろしく立派な都が待っていた。整然とした街路には民衆が歓呼の声を上げて迎えていた。その中を進み美しい宮殿へと至ると中では食事の用意がされている。

 広い会場の中心に長大なテーブル、ヴァルナガヌァディアンは全体を眺め近くに父と母を据え、村の重役はそこから連ねて並べ、余りを他のテーブルに散らしている。彼らの前には見たこともない御馳走が並ぶ。

「さあ母上父上、召し上がられよ。」

 その言葉に父母は戸惑いを隠せない。母ならまだ産みの苦しみを鮮明に思い出せる頃であるし、父は都のに来て初めて会った。しかも、産み落ちて直ぐさま成人の身体を持った子を実の子と思えるだろうか。親子の積み重ねた歴史が希薄どころか全くない相手に肉親の情を持てるだろうか。全く親と似ていない子というだけでも誰もが戸惑うだろうに、貧乏農家の妻が初産で子を産んだ翌日に皇太后とは異次元の世界に行くようなものだ。

 それでも魔王はいたく御機嫌だった。彼は思っていたのだ憎むことも怨むことも疑うことも必要のない来世の親を愛そうと。

 自分をこの世に産んでくれた、ただそれだけで満足、十分ではないかと。今日は良い日だ、美味い物を食べてもらい笑顔が見れれば尚良い。

「まずは痩せた御身を労わって下され。」

 ヴァルナガヌァディアンは愛を表現したかった。ぎこちなく始まった食事もやがては皆が楽しんだ。良き日であった。


 帝都の城門が開き、整然と並んだ兵が行進していく。その様子をカザルハイトは見ている。彼は最初の兵たちを先遣隊にすぎないから戦うなと周囲に伝える。将軍の率いる本体以外には目もくれるなと言う。

 カザルハイトは全ての将軍の姿を知っている。皇帝の代理人たる将軍が各地の帝都を復活させる鍵になっていることさえ知っている。

 各国の軍にはそれくらいの苦労はしてもらおう。我々には無駄が許されないのだから。

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