英雄の準備

 魔王ヴァルナガヌディアン Lv300 ラスボス

 伝承に語られる存在であり、数千年前に世界を支配した皇帝だったらしい。古代帝国の最大版図は西果ての海岸まで届いたと言われ、首都はツェラナレガーダ大公領にあったという。帝国は非常に高度な技術と文明を持ち、発掘される物品にアーティファクトが多い。


 カザルハイトが言うには、魔王は胎児として既に現世に命を得ているという。魔王を胎児のままで探し出し、殺すことは難しいと考えているようだ。今できるのは戦力の拡充だと言う。

 帝国の復活とは、何もないところから帝国の都ができあがり、臣民ごと復活するらしい。常軌を逸した話だ。

 しかも臣民の戦士階級は最低でも上級騎士並みの戦闘力を持ち、精鋭に至っては転生者の戦力に匹敵するらしい。それだけでも厄介なのに帝国領土が広がると旧帝国の都市が同じように復活するようだ。

 そうなってくると悪夢の再来となり防衛線が下がり続けることになり、近隣諸国は灰燼と化すだろう。


 カザルハイトの言葉が大袈裟でなかったことが理解できる。魔王は普通の意味で転生者と考えてはいけない。魔王を核とした帝国が全て転生するようなものだ。半年程度の猶予があると思っているが、それ以上は分からない。


「悲しいことに平和で幸せな時代が終わろうとしているらしいね。」

 ちょっと厭世的な気分で、他人事のように語りたい気分だった。

「いつか終わりが来るかもしれないから、素晴らしいのよ。例え明日で世界が終わっても幸せよ。」

 エルダが僕の手を握って見つめる。キスしてOKな誘惑を感じる。明日などいらないくらい輝いているよエレルディア、と思って見つめ合う。

「今までの生涯で一番幸せな時期だったので、惜しむ気持ちはありますけどね。」

 対抗してデリラも僕の手を取って、頬にすりすりしている。君と築き上げた幸福は永遠さデーリエッラ、と思いながら見つめ合う。

 いかん、話が進まない。


「転生者を巻き込んだ質の悪いジョークでもない限り、あれは本当だと思う。だから、最初に僕達3人が生き残る道を考えよう。」

 なんとか少しまじめな空気に戻した。戦う以上犠牲は避けられない。だけど、自分たちの生存率を高くする努力はすべきだ。

「最初の段階で国を巻き込むのは難しいわね。500年前の伝説の魔王が復活するなんて信じてもらえないわ。」

「そうですよね。信じたとしても半端な対応なら逆効果かもしれません。単に防衛力を強化してもらうようにしましょう。」

 ツェラナレガーダ大公領に接するマルデインとギーベンスの領地には建国当初から砦があるようだ。形骸化している可能性も高いが、カザルハイトからも防衛に関して働きかけているだろうが、僕らからも働きかけておこう。

「海賊をだしにして防衛拠点の強化をしてもらうくらいかな。」

「ちょっとした悪だくみの匂いがするわね。西側への働きかけには商人と海賊に協力してもらいましょう。」

 悪いが便利に使わせてもらおう。一応の働きかけはするが、西国に関しては力が及ばないかもしれない。残りはカザルハイトの活躍に期待しよう。

「近隣国内の転生者へ協力を要請する必要がありますので、情報を整理して何を担当してもらうか考えましょう。」

 この10年余りで会った転生者は三十数名程度だ。全てが協力してくれるとは限らないのは悩ましいが、要請しておかなければならない。

 前線での戦闘ができるのは十人もいないかもしれない。しかし、補給物資の調達や交渉面で頼れる者もいる。場合によっては、純粋に取引を強化することで目的を達成することもできるだろう。今のブランダールは交易で潤っているため、その範囲で可能なことはやっておくべきだ。



「補給物資に関して、何処かに拠点があれば助かるのですが、ギーベンスには何処かないでしょうか。」

「現世で他に活動してる転生貴族は他に誰かいない。」

「カザルハイトが把握していない奴と言えば、迷子のレクティくらいかなぁ。」

「レクティ・フェン・ベスゲイトさんですか。確かにリストにはいませんでしたけど、探せますかね。」

「誰なの?」

「名前の通り、探すのが大変なのよ。極度の本好きで知識欲の権化、本だけでなく民話や伝承、各地の歌まで手を出している。」

「それで?」

「興味のあるものを常に追いかけているのです。つまり、何処にいるか分からない。無駄に高い転生貴族のスペックと神出鬼没で忍び込みの常習犯だと言われています。」

「それは、転生貴族でなかったら犯罪者じゃないの。」

「ほんとそれよ。何かしてくれることも多いから、相手が訴えないだけだし、もし訴えても捕まらないから。」

「他の転生者の皆さんにも情報収集を依頼しておきましょう。」

「あとは戦闘用のアーティファクトかな。このあたりは私達の優位性がある分野だから、前線に出る人を想定して作っておくしかないかしら。」

「戦闘訓練も必要ですよね。対転生者レベルの訓練と大規模戦闘用の訓練。特に火の殲滅魔術とか訓練しないと危なすぎますから。」

「普通の戦闘では過剰火力になるし、類焼の問題で火の魔術は使わなかったんだよね。」

 火の戦闘用魔術は攻撃力は見込めるが、類焼などもあり被害範囲の制御が利かないので限定的な使い方しかできない。

「そこまでの殲滅魔術を転生者が使うことって、戦争でもなければいらないのよね。転生貴族は普通は戦争に参加しないし。」

 総じて火の魔術の評価はボロクソに言われる理由の一つは、平時に生活レベルを超える火の魔術を行使すると罪に問われることが多い点にあるが、ここにきて猛特訓が必要になってしまった。


 そういう分けで、書面で出来ることは全部やったら火の魔術を試射することになった。

「じゃ、今回一番使いやすそうな。炎の槍を試射しましょ。」

 炎の槍は使い捨ての槍型術式限定魔術兵器だ。エルダが身体を引き絞り槍を投擲する。少し飛んでから槍は炎に包まれ、爆炎を後方に噴射しながら凄い速度で飛ぶ。ほとんど白光の槍が飛んでいるように見える。

 標的として使う岩壁に命中すると岩壁を熱で溶かしながらめり込んでいく。勢いを失うと破裂して周囲を砕く。岩壁は炎の槍によって抉り取られ、岩に大きな亀裂ができていた。

 実は使用するのが非常に危険な武器で、投擲後に障壁を展開しないと使用者も推進の爆炎に巻き込まれるのが仕様だ。障壁の作り方を上手くできれば、より速度が上がるらしい。

 これは人に使ってはいけないヤツだ。重装甲の騎士を三人以上貫くと言われている。それどころか城壁に穴を穿つことができるだろう。転生貴族を戦争に巻き込まないわけだ。蛇足だがエルダとの結婚を機に僕も転生貴族に準じるものとして扱われている。

 炎の槍の扱い自体は慣れれば難しくない。十分な強度の魔力があって、魔術の適性がそれなりにあれば使えるが、転生者以外に炎の槍の調達は難しく、訓練せずに使用する危険性が大きすぎる。転生貴族でも実戦で使うためには慣れが必要だ。

 真っ当な相手には使ってはいけないが、帝国と戦う上でこういった禁じ手を使っていかなければならないのだろう。むしろ、その為にこそ受け継がれてきたと考えられる。


 レクティの捜索は意外なことに上手くいっている。エクタフ人のお陰で交易範囲と速度が変わったことによって、商人たちからの情報が早く届くようになっている。

 大げさに言えば世界の広さは半分になった。転生者のネットワークでも近隣国の網に引っかかり、一応情報は伝わったと考えていい。

 完全に同意が取れたわけではないので不確定要素はあるが、一番の課題であった捜索と情報伝達ができたので、あとは本人の動向次第といったところだ。

「レクティは時代に取り残されかけているのかも知れないわね。」

「ここ最近の変遷はかなり激しかったからね。」


 エルダとデリラはアーティファクトの作成にかなりの時間を使うようになった。カザルハイト曰く、前衛よりのサポート要員の流れを汲んでいるのが二人の派閥らしい。

 今まで付き合いのある同盟者はアーティファクトを贈って補助してきたので、今回必要とされるのは汎用的な量産品と主に消耗品の類だ。一点一点調整が必要な物は時間が掛かりすぎる。この十年でため込んでいた素材が一気に消費されていくだろう。デリラがハードワークで時々ピークを迎えと口調がおかしくなる。

「お兄様、これが終わりましたらケーキをご用意させていただきます。」

「デリラ、分かったから一緒にティータイムにしよう。」


 半年後に始まる戦いを生き残るために着々と準備を進めていた。物資は中継地となるギーベンスの都市とエクタフ人たちの入植地へと運び込まれている。一方で今の僕らは互いの掛け替えのなさを確かめ合う。

 いつ終わりが来ても後悔しないために。

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