04 転生貴族と魔王
英雄の休息
5年近くの歳月、ずーっとずっとずっと何時までも幸せな生活が続いていた。物語が終わった後の幸せな英雄。それが僕、アルガルドという存在だ。
最高にして最強の嫁を手に入れ(この表現はエルダが嫌いなやつだな)、素晴らしすぎて知らない間に不幸が近付いているのか、ほんとは夢なのか毎日疑うほどだ。
デリラとも一緒にいたいと言った時のエルダの反応は実にあっさりしたものだった。
「アレンがそうしたいなら、別にいいわよ。でも、私が一番だから、そこは譲らない。」
「うん、いいんだ。」
「私が貴方とどうありたいかということが大事なの。」
「はい。」
「でも、私の妹に手抜きしたら許さないわ。」
凄くいい笑顔しているよ。エレルディア。
それから結婚式でまた大変な目にあった。王様とか来ないで欲しい。それから妹が生まれた。母上がデリラに影響されてか、次男からは自分の手を使って育てているのは幸せそうで何よりだ。子供の時の母上の記憶は療養中が長かった。
実際のところ僕たちの生活は大きくは変わっていなかった。変わったのは時代の方だ。
海賊船団を撃退した僕らの権威はさらに強化された。転生貴族が一軍に匹敵するという話を実感している。彼らはティエイラ国に対しての略奪をやめた。彼らなりの言い方では、割に合わないらしい。
しかし、まだギーベンス国では略奪は発生しているし、マルデイン国は内陸だがその内に襲撃を受けることもあると思っている。警告は既にしてあるが、自分たちで対策できなければ意味がない。
もう一方の当事者である元海賊は何食わぬ顔でボウンナートに現れ、何事もなかったかのように真っ当な交易を始めた。しかも最初に来た船の船長は、あの日に逃亡した船の船長でクバルという男だった。何たる面の皮の厚さだろうか。
ティエイラではまだないが、各地に入植して拠点を増やしているようだ。やがて、実質的な新領地となる日も来るのだろう。彼らを排除することはもはや不可能なのだ。
死んだスカラグリムは、行動と言動から転生者だと思われるから、早ければあと10年もしたら再会するのかも知れない。いや、あの男はもうどこかで生まれて、そのうち絶対に会いに来るだろう。なんて迷惑な野郎だ。
だが、あの男の執念が時代を変えてしまった。好むと好まざるにかかわらず不可逆な力で時代は変わっていく。なぜ国が転生貴族なんて立場に封じようとするのか良く分かった。
スカラグリムの船に関してはサベラ・バラスが研究して、全容が分かってきた。特殊な木材加工を駆使し、魔術を併用した非常に軽量な船体。海賊たちのように漕ぎ手であり戦士でもある乗員が揃っていれば、乗員だけで陸上でも運ぶことが可能らしい。風の魔術を使用して帆を駆使できる高速移動と合わせると海から河川領域への進行速度は異常だ。だが、構造と運用上の制限として沿岸を主軸に航海しているのが重要な点だ。
彼らの数は決して多くはないし、正面から戦えば負けるわけでもないが、正面から戦うことが難しい相手なのだ。今後とも脅威であるのは間違いない。全ての海賊がスカラグリムの影響下にあったわけではないから、ティエイラの平和もいつまで続くか分からない。
彼らを海賊と呼んではいるが、その後の情報収集により遠方の国から来ていることが分かった。彼らは自称探検家であり冒険者であるのだが、今では彼らの出身地の名称に由来してエクタフ人と呼び始めている。
「とりあえずサベラが元気になったのは良かったね。」
「それにしても、あの元海賊たちと真っ先に交易を始めたのがサベラというのは驚きました。」
サベラは商人としての戦いを選んだようだ。最近は商会に所属しているというよりも独立した商人として認識されつつある。
「でも、あの船はこの辺の国であんまり使えないのよね。」
使うのは不可能ではないが、乗員同士が連携できる船乗りで漕ぎ手というのは、雇った船員で主に運用しているティエイラ近隣の商人には用意できない。運用する上での文化的な背景が違いすぎるのだ。
「船の構造はかなり参考になったと言っていますので、新しい設計には生かせるみたいです。」
サベラの構想では大型で積載量のある船の設計を考えているようだ。沿岸に縛られない安定性があれば、新しい航路は全く違うものになるだろう。
ところでボウンナート侯爵は婚姻を諦めていなかったらしく、僕の弟との話を進めようとしている。末の妹が狙われる可能性もあるな。
時代は進むもの。漫然と常識と考えていたのだが、そうではないと明かされた時の衝撃を憶えている。
ある男が転生貴族のもう一つの役割は魔王と戦うことだと言うのだ。
一人の転生貴族がブランダール伯爵領へと辿り着いた。その男の名をカザルハイト・タラス・ツェラナレガーダという。
失われた七つの王国の大公、煉獄の生還者、悲運の運び手など様々な異名を持つ伝説上の存在、それがカザルハイト・タラス・ツェラナレガーダである。
1000年前のマルデイン建国史に登場し、500年前のギーベンス建国においても登場しており、如何な転生貴族であろうとこれ以上長期間活動してる例は他にない。いったい何年前から活動しているんだ。
接客には、ブドウ、プルーン、アプリコットのドライフルーツをたっぷり詰め込んで焼き上げたケーキにブランデーを塗っては寝かせと何度も繰り返したケーキと香りの良いドライフラワーをブレンドした紅茶を並べた。
エルダですら緊張している気配がしている。デリラは敢えてゆっくりとケーキとお茶を用意するルーチンで落ち着こうとする作戦だ。僕はひたすら漂う香りに思いを馳せて現実逃避する。
「この時代のものは素晴らしい香りだな。」
現世で活動している転生貴族は十指に満たないが、彼は断トツで謎めいた存在である。マルデインとブランダールより西にある国の公子だという。
エルダが最初に切り出した。
「私の活動期の中でも初めて会うと思いますが、なぜ今になって接触をしようとしたのですか?」
「転生貴族の中では珍しく俺には所領がある。ツェラナレガーダ大公領は知っているか?」
「マルデインとブランダールに挟まれた西の荒野、そう聞いたことがあります。大公領というのは初めて聞きました。」
「そうか、そうとしか伝わっていなくても仕方がない。あの地が大公領であることには理由がある。あそこは魔王が再臨する地であるからだ。」
それこそ伝説上の存在で、500年前に魔王討伐者がギーベンスという国を興した伝説があるくらいだ。僕も話に加わる。
「それはギーベンス建国時の伝説が真実だというんですか。」
「全てではないが概ね真実だ。そして、もうすぐ魔王は再臨する。それが俺の転生する理由でもある。」
軽くジャブを振ったつもりが、カウンターでノックダウン寸前のダメージだ。膝が震えて立てない。座っているけど。
「つまり、魔王と戦うことが貴方の転生する理由ということ?」
ダメージで動けない僕に代わってエルダが引き継ぐ。
「その推測もほぼ正しい、実際には、魔王の完全放逐が望みだが。」
魔王が再臨するということは転生者なのだろうが、それほど恐れなければならない理由が分からない。
「ということは、魔王は転生者なんですか?」
「そうでもあるが、そうではない。あれはそんな真面な存在ではない。
俺は3度戦っているが、所詮は唯の転生者でしかないため、甚大な被害を防ぐことができない。」
伝説の転生貴族が自嘲で所詮とか言わせるってどういうことだ。
「魔王というのはそれ程なのですか?」
「理解できないのも無理はない。転生貴族の始まり‐ルーツは魔王討伐にある。
魔王の実力を古代概念で指標を言うならば、魔王のレベルは300だ。」
伝説の概念、レベルが飛び出して魔王のヤバさが大津波です。通常の手段では勝てないということか。尺度が分からない。
「つまり、一代で作り上げた力では対抗できないということでしょうか?」
「その通りだ。転生なしで到達できるのはLv100と伝えられている。転生貴族ですらレベル150から180を超えない程度だ。
魔王との戦いには鍛え上げた転生貴族が最低数人必要だ。
加えて、魔王は生誕から間もなく本来の力を取り戻す。」
三人とも絶句してしまった。数字の通りの強さ評価であれば震えるほどヤバいではないか。
それにしても、こんなに息があっているのは中々ない。
「全盛期の肉体を手に入れ、魔王の支配する帝国が臣民ごと復活する。」
言葉のままに理解していいのかという疑問を通り越して、正直言って全く理解ができない。どういうことだ。
「これは文字通り、魔王だけでなく帝国の都市と軍ごと復活する。それが歴史上の国々を滅ぼし壊滅的な打撃を与えた理由だ。」
ヤバいのは魔王だけではないということか。
「その話の真偽はともかく、僕たちに魔王との戦いに協力することを要請したいんですよね。」
全部端折って、自分たちに要求している内容に焦点を合わせよう。
「その通りだ。魔王が復活すれば500年前と同じようにマルデインとギーベンスは壊滅的打撃を受けるだろう。そして、ティエイラも無事では済まない。」
初動で二国が確実に壊滅するって、今まではそういう展開なんですね。
「もう少し詳しくお願いします。」
世界の危機はすぐ傍まで来ていたようだ。残念ながら僕らの幸せな生活は、舞台の幕間でしかなった。
*****
突然ですが、本作の世界観が実はレベル制でしたという話です。
時点時点でのレベルも転生時のレベル継承も裏で計算していたりしてます。
あと、アーティファクトの解説とかもあったりして、かくして裏設定が溜まっていくのですな。
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