季節の終り

 入場する前に最後のドレスアップといこう。

 僕はいつもの長剣を抜く。船上では少し扱いにくいが、一番慣れている武器だ。下手に変えない方が良いだろう。流石に盾は持って来ていないが、アーティファクトのベルトは身に付けたままで、ナイフも持っているが川に沈むと大変だから投げたくない。

 エルダとデリラはティアラの角度を直して、ドラゴンの素材で作った綺麗に装飾されてた短めの細身の剣を抜く。それはこのパーティ会場にピッタリだね。ドレスでない事が残念だけど、ティアラはよく似合っている。

 エルダとデリラが僕のプレゼントした手袋を身に着けている。始めて三人で長旅に出た時を思い出す。


「さあ、ダンスの時間よ。」

 エルダが続けざまに川面を隆起させて水流を海賊船の甲板にぶつける。水が先頭の海賊船の船内に降り注ぎ辺りを濡らす。僕はすかさず、濡れた甲板を凍らせる。それから、僕を先頭に会場へと続く氷の橋を駆けていく。

 凍り付いて滑りやすくなった甲板に僕は何事もなく降り立つ。先頭の船の海賊たちの何人かは靴が甲板と一緒に凍り付いて身動きが取れない。さらに甲板に降り立ったデリラが術者を即座に無力化して、止めとばかりに氷を強化していく。

「流石にこの距離で一対一なら簡単です。」

 僕らは動ける者を即座に見分けて、次々に無力化していく。一撃を加えて引き倒して、氷で甲板に固定する。直ぐに全員を無力化した。無力化した中に船をまとめていた男が、ドラゴンの鎧を身に着けていた。

「おイタが過ぎたから、頭冷やすだけでは済まないわよ。」


 大型の船を見るとあの男が見える。奴はガハハと笑い大きく鬨の声を上げてから、名乗り始める。

「スカラグリム。西海の波の乗り手バルデアグスの子、魔法の船アウゼルグキッフェに乗り、7つの国を超えてやって来た。3つの船団を滅ぼし、ブラックドラゴンを討ち取った。風の乗り手、スカラグリムだ。お前も名乗れ。」

 海上で慣らしたバカでかい声が響き渡る。

「ツァーリンクの夫にして導かれし者、ヤーンバインと共に歩む者、険しき山にて氷竜を討ち取りし者、ブランダール伯の長男にしてブランダール子爵、癒し手にしてティエイラの守護者アルガルド・ブランダールだ。」

 後ろでエルダが満足げに頷いているのが分かる。デリラが目をそらした。

「お前もドラゴンスレイヤーか。その強さなら頷けるな。」

「我々は三人ともドラゴンスレイヤーだ。二人は転生貴族でもある。」

「そうか、お前たちが。噂は本当だったか。まったく、とんでもない奴に喧嘩を売っちまったもんだ。」

 悪戯がバレた子供のように天を仰いで頭に手を当てている。

「お前たちは狡猾で知恵が回る。一方で交易をしているはずなのになぜ海賊をする。」

「何を言っとるか、獲れるなら獲るだろ。野になっとる実を獲るのに躊躇うか。金貨の摑み取りができる時期が終わっちまったのは残念だな。」

「そんな理由で。街を襲い、人を殺し、略奪したのか。」

「なんか勘違いしとらんか。獲れる内は獲れるところから盗る。貴族さんもやっとるだろ。」

「やってない。我々は国を・・」

 話の途中を大声で遮られる。信じられないくらい大音声だ。

「結局、逆らったら首を刎ねるんだろ。違うか。」

 絶句して、二の句が継げない。

「それより取引しようぜ。お前は交渉に足る奴だ。お前たち相手なら勝つのも逃げるのも難しい。身代金払うから見逃してくれ。」

「お前、何を言っているんだ。」

「分かっとる、もうお前らんとこは襲わん。今度は商売だ。ちゃんと先祖と船と船員達の前で誓うぞ。どうだ。」

「アレン、説得とか無駄よ。取引するかどうかだけ考えなさい。」

「おう、話が分かるじゃねぇか。秘蔵の酒も付けるぞ。」

 深呼吸して頭を冷やす。乗せられてはいけない。

「お前たちを捕まえて裁きの場に出す。取引はしない。」

「駄目かぁ。首刎ねられちまうなぁ、しゃあねぇかぁ。」


 次の瞬間にスカラグリムの目つきが変わる。そして笑う。

「クバルの船は逃げろ。」

 スカラグリムは強力だが無理のある魔術を強引に行使した。最後尾の船をつなげていた氷が砕け、強烈な水流が船を海側へと押し流していく。

「残りは俺と一緒に楽しむぞ。」

 奴は強引な魔術の反動と思われる血を口から吐き出して、右手に剣、左手に斧を持って、空中に作った魔術の足場を蹴って躍りかかってきた。

 船から船の間に二歩三歩と空中を蹴って加速した剣戟は重く、受け流したがバランスを崩された。奴は勢い余ってそのまま通り過ぎるが、斧を張ってあるロープに引っかけ、軌道修正してまた空中を蹴って向かってくる。

 エルダとデリラは後続の大型船から迫る海賊たちの元へ向かい。僕はスカラグリムとの戦いに集中する。風の乗り手とはこういう意味だったか、今までにない特殊で厄介な動きで間合いがつかめない。

「なあ、集中しろよ。この船の奴らに当たらないよう気にして戦ってるだろ。」

 スカラグリムは甲板に氷で張り付けられた部下たちを足場として蹴り飛ばして進む。下手に動けない僕は足を止めて迎え撃つ。左手でナイフを抜いて構える。

 さっきほどではないが重い一撃を受け流す、斧がさらに襲ってくるのをナイフで払う。スカラグリムが風の足場を蹴る前に僕が魔術で破壊する。

 足場を失ったスカラグリムは踏み外して落下し、甲板を転げまわる。スカラグリムはすぐさま立ち上がり、ようやく足を着けた真っ当に切り結ぶ戦いを始める。スカラグリムは手強い相手だが、転生貴族のエルダほどではない。

「強ぇなぁ、楽しいなぁ。最後にふさわしい相手だ。肩を並べて戦ってみたかったな。」

「ごめん、こうむる。お前とはこれっきりだ。」

 僕はスカラグリムの連撃を受け流した後、反撃に出て剣で斧の柄を切り飛ばす。

「じゃあ、今度は商売だ。西にも色々なものがあるからな。」

「それはお前とじゃない。」

「そう言うなよ。俺とお前の仲じゃないか。」

 柄だけになった斧を投げつけて、追いかける様に切り込んでくる。

「今日、初めて会った他人だ。」

 斧の柄を避けて、攻撃の手を伸ばしたスカラグリムの利き腕を浅く切り裂く。

「じゃあ、生まれ変わったら仲良くしようぜ。」

「生まれ変わったら、考えてもいい。」

 追撃して体勢を崩し、スカラグリムの膝を切り裂き砕いた。

「そうか、約束だぞ。酒を持っていくから、20年くらい待ってくれ。」

 スカラグリムは懐から短剣を抜いて自分の首を切り裂いた。信じられないくらい深く切り込んだ短剣は首の骨を砕いていた。。即死だった。

「なんて迷惑な奴。無茶苦茶だ。」

 そのあと、僕が茫然と突っ立っている間にエルダとデリラが後始末をしてくれた。僕は血溜まりになった甲板で、海賊が逃げないように見ているだけだった。

 あいつ。笑っていた。楽しそうに。



 事後処理は近くの町に待機させていた騎士たちに任せて、海賊たちは王都へと搬送されていった。海賊の持っていた金で雇った人手を使って、海賊たちが運ばれるという皮肉な結果になったわけだ。

 あいつら意外といい装備を持っていて、蛮族とか侮っていい相手じゃなかった。でも、なんか、もうあいつらと関わりたくない。二人と話し合って二、三日の休養をすることにした。

 約束通り宴の準備をした。演奏のできる人を探したけど、宮廷の曲とは全然違ったのでこの土地のダンスを三人で練習した。豪華な海の幸を揃えて、お店を貸し切って、花を用意して、踊れるように店の真ん中を空けた。

 その日は楽しかった。楽しまないといけない気がした。不本意ながら何か吹っ切れてしまった。


 手袋を見て思い出したこと。12歳の時には、こんなにも一緒に旅に出ると思ってなかったな。初めて転生者に会いに行った旅の間、ずっとデリラはエルダの手袋を見ていた。最初はそれほど気にしていなかったけど、あの時の視線の意味をすぐには理解してあげられなかった。

 翌年の誕生日に旅の感謝と次の旅も一緒にいてくれるよう願いながら、手袋を贈るべきだと思った。デリラはいつも一緒にいてくれた。けど、ほんとの望みを言うことを恐れているように思える。

 翌日、デリラと海岸へ散歩に行った。デリラは昔に僕がプレゼントした帽子を着けていた。

「ねぇ、デリラ。もう待たなくてもいいよ。」

 デリラはキョトンとした表情で僕を見つめる。

「でも、二人目というのは許してくれるかな。」

 デリラは恥ずかしそうに俯いてから見上げる。

「ずっと一緒にいてくれるなら、許してあげてもいいです。」

 僕はデリラにゆっくりと近付いて、帽子を少し上にずらしてキスをする。

「デーリエッラ、一緒にいてくれるかい。」

 デリラは僕に抱き着いてくる。

 僕もデリラを抱きしめる。

「ずっと前から手遅れなんです。私は、私の方がエレルディアよりもずっと前からです。」

「えっ。」

 流石に僕は驚いた。それってもしかしなくても生まれる前の話だよね。姉より先に妹が。どういうことだ。

 デリラは抱きしめる力をギュッと込める。

「ずっと、ずっとです。」

 エレルディアになんて言おうか、と少し思ったが、考えるのは止めた。

「一緒にいよう。」

 また、デーリエッラの望みを知りながら、それが僕の望みだと気付くのに時間がかかったよ。


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