嵐の上陸

 バラザイン公爵領へつながる河口はボウンナートの港街から西の方角にある。河口付近は土地が安定していないため、小さな町があるのみだ。

 正直な話、この街に行くのはかなり行き難い。交通網は地上の道が貧弱で河川交通手段に頼っている。でも、いっそ遊びに来たと思って過ごすことにした。

 怠けているかのように見えるが、河口と海を見渡せる位置の家屋を手に入れて、交代で見張っている。見張り方がリラックスできるタイプの椅子なので、余暇を過ごしているようにしか見えないだけだ。貴族ならままある話なのに初めてで喜んでいるとか無いから。

 しかも不本意ながら海産物が豊富で、デリラが料理を張り切っているとか、それが日に日に楽しみになってきているとか、そういうことは偶然の産物だから、ほんとだよ。


 それにしてもサベラ自身がかなり驚いていたが、今回の海賊たちは既存の航海とは方法論がかけ離れている。それが故に対策が難しかった。今回の対策が成功したとしても防ぎ続けるのは難しいだろう。

 しかし、撃退して船を解析することでより対策が進むのは間違いない。

 彼らの拠点を押さえることができればいいのだが、堂々巡りになり終わりがみえそうにない。イードベックの蛮族のように土着化したり同化するには時間が掛かるだろう。しかも、その前提すら見えていない状況だ。とりあえず、大きな被害を出さないようにするしかない。


「そういえば、アレンは泳いだことはある?」

「いや、無いよ。海と川には縁がなかったからね。」

「そう、私も泳いだこと自体はあるけど、やり過ごしたという方が正しい経験だったわね。」

「急にどうしたの、エルダ?」

「遠視を使ってあの辺りを見てみなさい。楽しそうに泳いでいるでしょ。ちょっと、未知の経験だし楽しそうだなって思ったの。」

 あーあれは楽しそうだ。河口で子供たちが泳いでいる。難点は裸に近い格好だから、僕はともかくエルダは無理そうだ。

「服が問題だね。」

「誰もいない場所を探そうかしら。」

「敷地の中に大きな施設でも作るとか。」

「悪くないアイデアね。とりあえず予行演習に一緒にお風呂でも入る?」

 そんな冗談とも知れない話をしていたら、デリラがお昼の食事を持ってきた。いつ襲撃があっても良いように外を見たままで食事をとるつもりだ。

 ふと手元を見て食材に驚いた。見たこともない奇妙な生き物だ。毒はないのか。凶悪そうな爪を備えている。

「アレン兄さん、それヤシガニという生き物です。塩茹でが美味しいらしいです。食べてみて下さい。」

 デリラの新しいもの好きには困ったものだ。大抵は美味しいが、たまにとんでもないものが出る。殻を素手で引きちぎり、魔術を使って綺麗に割る。身を口に含むと弾力のある触感と甘さと旨さが広がっていく。これ良い。美味しい。


 そんな状態で1週間が過ぎ去った。季節が変わるか渇水でも起きない限り、この天国のようなぬるま湯空間は続いていく。だが、海賊には来てもらわないと困る。

 その頃には王都にも連絡して、正式に王の許可をもらった。海賊に関する知識を共有して、沿岸と河川の都市は全て対策を始めている。とはいえ実行は各領主に任されているので、そこはこの国のままならないところだろう。


 沿岸と河口を監視して2週間が過ぎた頃、奴らはやって来た。

 監視を続けていれば船を毎日見ることになり、目視での船速が分かってきていた。そうした経験で見ても倍以上の速度というのは、想定している速度で無意識に視線を動かしているとズレがでる。感覚的におかしいと感じる。

「来た。細長い船影。展開している帆、屈強な男達。そして黒い鎧。間違いない。」

「船は三隻、大型1隻、小型2隻、大型には37人、小型に各17人、まあまあの数で面倒ね。」

 71人対3人か、確かに多いが問題はないと思う。最近は上級騎士に囲まれた状態で集団戦の訓練をしている。不安定な足場というのも懐かしい状況だ。

「上手く、船を止めらるかどうかが勝負です。突破されたら追い付くのが難しいので楽ではありませんね。」

 一応作戦は決まっているが、臨機応変に対応しなければならないだろう。兵を動員することも考えたのだが、長期間の逗留と慣れない水上での戦いではかえって足手まといになる可能性が高い。結果、3人の力技でどうにかすることになってしまった。

 時間はない、用意していた小さな川船へと走り出す。河口は広いからどうにかして脇を抜けられないようにできるかずっと考えていた。身体強化で強引に漕ぎ進み、上流方向に陣取るために船を走らせる。デリラは魔術で水流を制御して動きを補助し、エルダが海賊を監視しながら大きな規模の魔術を構築していく。

「船の上で戦うのは初めてなのよ。アレンと一緒にこんな経験出来て幸せだわ。」

「それは、とても、光栄だね。」

 僕は漕ぎながらで、あまり喋り方に余裕がない。

「私も船の上で戦うの始めでですよ。三人一緒ですね。」

 海賊たちは川船には気付いているだろうが、まだ警戒するほどの反応は見せていない。早くも河口近くまでやって来ている。船の隊列は大型船を挟むように縦一直線の縦列だ。ポジションを漕いでキープしながら、僕が水流の制御を引き継ぎデリラが次の魔術の構築に力を注ぐ。

「船を相手にする魔術なんて始めてよ。今日は初めて尽くしで、楽しい日ね。」

「それは、とても、良いね。」

 僕は漕いでいて余裕がないので、喋りが適当になっている。

「この目に見えない空間の戦いとか、水面下の戦いとか、外から見てたら戦いの激しさが伝わらないですよね。」

 海賊の船速は通常の船の優に三倍を超えているだろう。圧倒的な速力で、伝令を千切って都市を襲撃できるに違いない。そして、撤退時には誰も追いつけない。要塞なら海賊の襲撃に耐えられるが、彼らが狙うのは隙だらけの交易都市だ。完全な防衛などは不可能。


「構築完了、いくわよ。風の踊り子たち、向こうで相手を見つけて一緒に踊りなさい。」

 まず、船速を鈍らせる。エルダが準備していた風の魔術を解放する。海賊船3隻を巻き込む範囲の大規模で強力な風を吹かせて維持していく。普通なら帆を張っている船を曳き倒すか少なくとも止められる筈だ。

 しかし、結果は受けていた風を失い帆が垂れる程度でしかない。やはり海賊船の帆が張っていた理由は、乗員に風の魔術を使う者が風を送り込んでいたからだ。

 海賊の術者は各々の帆の直ぐ近くで魔法を使用できるからロスが無いがない。いくらエルダが強力な魔術士でも距離に範囲に術者の数まで悪条件が重なっては、拮抗させるのがせいぜいだったようだ。

 これで相手は完全にこちらが敵と気付いただろう。大型船に乗っている他より立派な黒い鎧を着た男と視線が合い、睨んでいるのが見える。睨んでいるが、口元が笑っている。

「あんまり何曲も踊り続けないで欲しいわね。」

「また、一緒に、踊りたいね。」

「これが終わりましたら、ちょっとした宴を開きましょう。」

「それは、やる気が、出るな。」


 海賊船はまだ勢いが残っている。このままでは躱されて抜かれてしまうので、相対速度を縮めるために上流に向かって漕ぐ。漕ぎながら自分たちの位置を海賊の縦列の先頭に来るように調整していく。船と船が近付いていき、海賊たちの瞳と表情が見えてくる。

「そろそろパーティー会場へと案内する時間になりました。」

「待ち遠しかったよ。」

 デリラは河川の水流を止めて限界まで船の周囲の水温を下げ、水面下で船から氷を伸ばしていた。その先端が先頭の海賊船に触れ、大規模な魔術をさらに発動する。水面下の氷は瞬く間に僕らの川船と海賊船をつなぐ橋へと変わる。船が連結されて僕の肉体労働の時間が終わった。

 次は頭脳労働というか魔術の時間だ。先頭の海賊船に混乱が生じて船速が鈍り、エルダの風の魔術が止まって海賊船の帆は再び張られていった。すると後続の大型船との距離が縮まる。

「エルダ、デリラ、ついでに皆を招待しようと思うんだけど良いよね。」

「あら、奇遇ね。ちょうど私も同じことを考えていたのよ。」

 実際のところ打ち合わせ通り、僕とエルダも氷の魔術を発動する。冷え切っていた河川の水は瞬く間に凍り付き、氷の橋が伸びて4隻の船が連結した。

 ちょっと広めの会場の設営がようやく終わったよ。パーティーを楽しもうじゃないか。

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