嵐の痕跡
緊急時に駆けつけるというのは、かなり心身共に消耗する。焦れば身体が潰れるし、自分だけでなく愛馬が潰れるかもしれない。彼らは潰れるまで走れるから、気を付けなければならない。
身体能力が高い者だけができる裏技を併用することにした。ようは、ある程度馬に乗って消耗したら、馬から降りて自分の足で走り馬を魔術で回復させる。今回の三人とも身体強化と治療術の併用ができるから使える手段だ。
馬に身体強化を施して走り、降りて自分に身体強化を施し馬に治療術を施し自分が走る。馬が回復したら馬に身体強化を施し自分を治療しながら馬で走る。
この繰り返しで一日かけて翌日の昼にボウンナート侯爵領に入る。そしてしばらく行った町で消耗した馬を預けて置いていく。食事と休憩を挟んで、今度こそ自分たちだけの足で移動することにした。その甲斐あって2日目の昼に都市まで辿り着くことができた。
海賊は立ち去り門は小さく開けられて厳戒態勢をとっていた。魔術で紋章を掲げて身の証を立てて入門し、さっそく侯爵の元へと向かう。直ぐに会うことができた。
「よく来た。海賊は一旦引き下がった。奴らは城門を見て容易に突破できないと知るや去っていった。手際が良いと褒めてもいいくらいだ。港街はかなりの被害を受けている。」
「海賊とは戦っていないということですか。」
「そうだな。実際に戦ったのは港街の方だけだ。判断の難しい情報があった。黒いスケイルメイルを着ている者が何人か目撃された。」
通常のスケイルメイルは鱗状の金属片を連ねた重量のある鎧だ。海賊たちの武装として報告があるのはチェインメイルで、リング状の金属片を編んだタイプだった。
「海賊が普通のスケイルメイルを着ているとは思えない。ブラックドラゴンの鎧だというのですか。」
「可能性があるということしか言えない。」
「もし、海賊たちがドラゴンスレイヤーなら非常に厄介なことになっているわね。」
エルダの最悪の予想は転生者レベルの戦力を持っているということになる。数が限られていても並の兵では相手にならない。
「それより、なぜむざむざと襲われたのですか?」
「船速が異常に早かったせいだと考えている。少なくとも倍以上。それでは情報と対応が間に合わない。」
「侯爵の慎重な都市計画のお陰で港街だけの被害で済んだともいえるけど。再建する時には防衛対策が必要なのが頭痛いわ。」
「造船技師のサベラ・バラスは無事ですか?」
「彼女は子供をこの都市で育てるため、都市内を拠点にしているから無事だった。」
「では僕らは、サベラ・バラスに話を聞いて、港町を確認しに行きます。」
他に幾つかの確認をしてサベラに会いに行った。
再開したサベラ・バラスは無事であったが、憔悴していた。
「久しぶりですね、サベラ。」
「デーリエッラ様、あの人が、旦那が死にました。」
デリラは優しく手を添えて励まそうとする。
「私は酷い人間です。死んだ旦那の悲しみと海賊船への興味を天秤にかけているんです。」
「止めなさい、今はそれ以上考えてはいけません。今は休みが必要な時期です。」
デリラは彼女に魔術を使用した。思考を制限し良く眠れるようにだ。寝ずに苦悶し続けていたサベラには眠りが必要だ。
「僕らは情報をかき集めます。だから、貴方は貴方が必要とされる時に備えてくれませんか。だから今は休んで下さい。」
「貴方の好奇心で次の被害を押さえられるなら、許してくれるのではないかしら。貴方の旦那はそんな貴方も愛してくれてたんでしょ。」
今はせめて良い夢を見れるように祈っておこう。僕らには僕らのできることをしなければならない。
港街の状況を確認しに移動した。都市と離れていることが以前は不便だと感じていたが、この距離が被害を最小限にしたのかも知れない。
被害は港の衛兵や船乗りたちに多かった。他には商人たちの倉庫が集中的に狙われていた。侵攻した海賊の数は約50人とみられるが、相当な混乱で実態をつかめているか不確かだ。
予想以上に狡猾で統率が取れている集団だと言わざるを得ない。新しい海賊に付随している噂が蛮族との風評だったことで、侮っていたことが悔やまれる。
倉庫を中心に価値ある品を選んで奪ったなら、西方で商品として売り捌く意図なのだろう。読みが当たっているなら、交易経路としてはサベラや僕らが望んでいた部分と重なることが非常に癪に障る。
衛兵や船乗り達から海賊のことやその船に関して話を聞いたのだが、不明な点が多い。
「数日前から蛮族風の男たちを見かけてはいたらしい。」
「でも、その時期に船影は発見されていないのよね。」
「効率的な行動からも先に侵入した海賊が、下調べして手引きしたのは間違いないと思います。」
「肝心の船影の目撃情報は、細長い形状で帆があって櫂が両側に多数装備されていた。そんな船をエルダとデリラは見たことあるかい?」
曖昧な証言から描かれた船の絵を見ながら聞いてみる。
「ないわね。」
「ないですね。」
「恐らく西方領域の技術ね。このあたりの情報に関しては、サベラに聞かないと分からないわ。」
「風がなくても櫂で移動できて、船速は極めて速いということだけが分かってる情報ですね。」
「何処かに拠点が作られていなければ良いけど、再襲撃に多少時間があるとは思う。でも、次に襲う場所が分からない。」
「ここから東に行ってもティエイラ国なら森林しかないから、他の港関連の警戒が必要かしら。」
「人手を使って沿岸の漁村などから、情報収取したいところですね。海賊と船の情報が少なすぎます。」
情報収集の間、デリラはサベラの治療するために残ることにした。
僕らは足を運ぶとともに侯爵に進言して沿岸から情報を収集してもらった。その情報は信じられないものだった。海賊たちの船速は付近の国で運用されている船の3倍以上の船速があり、砂浜に上陸できるらしい。
曖昧だった船の形も複数の証言とスケッチから、かなり形を絞ることができた。海賊はこのあたりの国で話す言葉を流暢に話していたようで、漁村とは食料品の取引をしていた。
僕らだけの情報収集では手詰まりになってきたのだが、そろそろサベラと話をする時期になってきたのだろう。デリラは時折様子を見て復帰できるように療養させていた。
「デリラ、サベラはもう大丈夫かな。そろそろ彼女の力が必要な時期になってる。」
「アレン兄さん、もう大丈夫よ。きっと、彼女に子供がいたことが良かったのね。」
僕らは早速サベラに話を持ち込んだ。彼女の予想は考えもつかない内容だ。
「今一番危険なのは、バラザイン公爵領かもしれない。」
バラザイン侯爵領は内陸にあるのに。海賊の対策の話だというのに。
バラザイン公爵領は王都の近接領であり、文化商業共に王都に準じて豊かな土地柄だ。内陸のこの領地が狙われる可能性がある理由は、この豊かさにあるが実行可能なのだろうか。
まずサベラから海賊船に関して解説してもらった情報を整理したい。極端に細長い形状そして浅い喫水は船速が出る船の特性らしい。帆でも櫂でも進める時と場所を選ばない機動力、それに乗るのは屈強な戦士たちのみ。つまり、移動も戦闘も常に高水準で維持できる集団だ。
目撃証言からも砂浜に上陸でき、恐らく軽量な船を海賊たちは陸上で運ぶことすら可能だという。この時点で海岸線全てが彼らの上陸地点になりうるということだ。恐らく、手引きするための人員は先に砂浜から上陸している。漁村と真っ当に取引していたのは行動を把握させないためだろう。こうした動きを防ぐのは難しい。港や都市は常に襲撃を想定して警備を強化するしかない。
船の幅がなく喫水が浅いということは、そのまま河川を航行できるということを意味する。船は前後対称に近い形状で作られているので旋回せずに後退というか、そのまま逆走させることが可能だ。
大げさに言えば彼らはあらゆる地形を移動してくる。流石に水場から大きく離れることはないだろうが、豊かな地で安定した河川が存在するバラザイン公爵領は、まだ内陸被害のないティエイラ国の標的には最適といえる。
「今の季節は河川に十分な水位がある。だから、河口付近をもっとも警戒すべきだと考えている。」
もはやボウンナート侯爵領だけの話ですらなくなってきている。
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