帝国の宮殿

 今日のケーキは濃厚なガトーショコラにクラッシュしたラズベリーを入れた生クリームとさらもう一つオレンジピール入りの生クリームをそえて、何度も楽しめるようにしてある。

 飲み物はローストフレーバーとバニラフレーバーの香る、甘くて濃い度数の高い黒ビール。一応チェイサーとして深い色合いと味わいの紅茶も用意しておいた。


「でさ、カザルハイトって帝国の情報に詳しすぎるよね。」

「私はベリーの方を多めにしておいてね。既に3回戦っているとしても、というのはあるわね。」

「はいどうぞ、お姉様。私はオレンジ派ですけど、アレンはどうします?将軍の顔を全部知っていらっしゃるんですよね。」

 さりげなく、罠にかけようとするデリラをさらりとかわそう。敵将の顔を知っているにしても説明がやけに詳細だった。ちなみにお姉様は突き放した言い方になる。

「僕は両方たっぷりで。帝都の街路を熟知しているって潜入してた経験があるのかな。」

 帝都の市街地の情報にしても必要以上に詳細な情報だ。

「お待たせしました、兄さん。でも宮殿の警備情報すらご存知でしたから。」

 アレンと呼ぶことが多くなったけど、たまに強調したり冗談でわざと兄と呼ぶことがある。どっちも捨てがたいらしい。


「美味しいわね、結婚を許してあげた甲斐があるわ。まあ頼もしいのだけど裏があるようなレベルで知っているのよね。」

 余計な一言が殲滅魔術みたいな破壊力をもっている。やめて、僕の為に争わないで。最近は余裕が出てきたのかな。

「心の広い私は許しましょう。アレン兄さん、あーん。転生の期間で私が知っている例は100年程度です、それでも難しい点があったと聞いています。」

 デリラが仕掛けてきた。差し出されたケーキは美味しく食べよう。

「狡い、私も。アレンこっちもよ。転生頻度が特殊すぎて500年って他に例がないけど、普通は無理じゃないかしら。」

 エルダのも美味しく食べる。お返しもしておこう。

「ただ、魔王と帝国に関する情報をかき集めてみたけど矛盾はないんだよね。それに嘘つくような必要はないっと。はい、デリラ。」

 オレンジクリームをつけてデリラに食べさせてあげる。

「愛を感じます。」

 直ぐにエルダにもベリークリームをつけて食べさせる。

「苦いのね。私のは甘酸っぱいわ。アレンの愛のお陰ね。嬉しい。」

 エルダがオレンジピールの苦みを揶揄する。危険な返しが想像できたので

行動しなければ。

「はい、そこまでにしましょうね。」

 そろそろ止めておかないと不味い。ツァーリンクVSヤーンバインが始まりそうだったのを阻止だ。僕は成長したよ。

「私の先生も知り合いも転生貴族は口伝で、カザルハイトには協力しろって言われていたのよね。」

「私の方も同じです。協力することは転生貴族の前提のようです。」

 ちなみにデリラの師は前世か前々世の兄だったらしい。僕とは一緒にするつもりはないから、できるだけ話には出さないとか。お兄様をオカワリするとは、デリラ恐ろしい子。

 魔王と転生者の関係については疑っていない。尋常ではないほどにカザルハイトは魔王との決着に拘っているのだろう。そうでなければ500年後の

転生は説明できない。詳細な情報もその産物と考えれば納得いく。


 僕は戦いに備えて指輪の力についてもっと知っておくべきだったことを思い出す。

「ところで二人から貰った指輪のことなんだけど、詳しく聞きたいんだけど。」

 二人は同時に僕の手を取る。

「二人きりで話がしたいわ。アレン。」

「いや、今はそういう意味でなくて。」

「では、夜にゆっくりといかがです?」

 あー、話が有耶無耶になって来た。とりあえず、ゆっくりケーキを食べよう。



 宮殿に入ってからのカザルハイトは気配が変わった。それは単に戦場の中心部へと突入する緊張感と言うだけでない。何か複雑な感情が掠めているように感じる。

 裏口にあたるだろう通路から侵入し、調理場と思われる場所へと抜ける。そこは調理の真っ最中で食欲をそそる匂いが立ち込めていた。血生臭い戦場とのあまりのギャップに身体が日常を求めるが、抑え込みながら対処する。

 僕とエルダは火の消化を魔術で行い、カザルハイトは旗を振るって調理人たちの意識を奪っていく。他は旗を逃れた調理人の無力化と扉周りを中心に警戒している。

「帝国の料理を食べるなら今の内だぞ。」

 カザルハイトは盛り付けされていた料理をつまみ、不意に口元を緩めて食べる。何故この期に及んでカザルハイトが、妙に人情のある態度ととるのかは分からないが場が和んだ。

 僕もそれに倣って手近にある料理を摘まむ。洗練された料理を乱雑に崩して食べたが、旨かった。もう二度と食べることもないだろうが、心なしか豪華な食事が並んでいる。ここが最後の休憩になるかもしれない。料理が遅すぎれば兵が確認に来るだろう。


 準備を整えた僕らの斥候役が二人、扉の前にいるだろう帝国兵を制圧するために突入する。同時にデリラが音を遮断するための障壁を作り上げる。潜入時の応用として使う、通常の障壁とは質の違うものだ。

 斥候に続いて僕らも扉を潜ると二人の帝国兵のうち一人は制圧したが、もう一人が剣を振るっている。直ぐにそちらに参戦しようとするが、直前に斥候が攻撃を受けて崩れ落ちる。僕は斥候の影から飛び出す様に一撃を繰り出して、相手を一撃で沈める。

 斥候を見ると剣が深く突き刺さり、ギリギリ生きているが普通なら致命傷だ。意を決して応急処置の魔術と呼吸を合わせて剣を引き抜く。タイミングと条件が悪ければ止めになってしまうが、何とか賭けには勝った。

 しかし、彼をこのまま連れて行くことはできない。彼を調理場に戻して、治療薬を手に持たせる。後は自力で生き残るか、作戦の成功を祈ってもらうしかない。突き刺さっていた帝国の剣を護身用に残して、僕らは進むことにした。

 二人の帝国兵の亡骸も調理場に運び込んだ。カザルハイトは殺した帝国兵の顔を確認して言う。

「二人は近衛兵だった。下手な転生者より技量もあり、強力な装備に身を固めている。気を付けてくれ。」

 エルダが確かめる様に問う。

「まるでその人たちを知っているかのようね。」

「そうだ。以前に見かけたことがある。近衛の装備もな。」

 まだ言いたいことがある雰囲気だが、カザルハイトを見ながらもそれ以上の追求はしなかった。

「作戦通りに進める。」


 それからも角を曲がり、階段を横切るたび、そうした時に巡回兵と遭遇するたびに帝国兵との戦いを幾度か重ねる。彼らは強力な短槍を使い手強く連戦を強いられ、傷を負っては回復させながら進む。

 傷を塞いでも内部を完治されることができないので消耗は免れなかった。僕ら3人とカザルハイトはともかく、他3人は転生貴族ほどの力が無いのでかなり消耗していた。

「次が最後になる。扉は制圧が終わってからだ。」

 今度は今までで一番厄介な状況で、回廊は長く兵の数も8人と多い。

「警備状況からも大本命と言ったところですね。」

 回廊の角に立っていた衛兵は既に討ち取って、幻影を立たせている。パターンが不自然になる前に仕掛けなければならない。

 デリラは消音の障壁維持、エルダが幻影の維持をしながら戦いに備えている。カザルハイトと僕が突入の主力だ。手にドラゴンの短剣を2本持ち魔術を構成して、合図を待つ。


 エルダの次の幻術の準備が整い、視線で合図を送ると僕らは駆け出す。先ほどまであった幻影は消え去り、扉の前の状況を外に対して見せ続けるものへと変化させる。

 相手が反応する前に2本のナイフを投げ、白熱する炎を上げながら2人に命中する。背後ではデリラが槍を投擲して一人に突き立てる。カザルハイトも戦旗を投げ一人を討ち取り、駆け付けながら伸ばした旗を掴み引き寄せる。

 デリラは続けざまに槍を遠隔操作して振るい、近衛兵へと打ち掛かる。近衛兵は声を上げているが周囲へは声が伝わらない。

 しかし、直ぐに態勢を整えて対応してくる。

 そこにエルダが高速移動して斬撃を加え、槍ごと断ち切り僕らも続く。このまま押し切れるかと思ったが、背後で角を確保していた3人が巡回兵と戦っているのが見える。運が悪い。


 デリラが槍の遠隔操作をやめ懐の剣を抜いて参戦するが、疲労の濃い彼らは押されている。助けに行ける距離ではないので、仕方なく僕らは扉前の戦闘を早く片付けようとする。

 エルダは剣をあえて受けさせると絶妙の制御で衝破を放ち、槍を断ち切れこそしなかったが相手は壁に激しく叩きつけられ、身動きの取れないところ止めを刺す。

 僕も倣って剣を合わせて押し込もうとするとエルダの業を見た近衛は身を逸らそす。隙だらけになったところを盾の縁で殴打し、引き倒したところで喉を踏み抜く。

 見渡すとカザルハイトも旗で相手を拘束して、穂先を突き刺し止めに入っていた。角の戦況を見ると何とか相手を討ち取っているが、また一人倒れてしまった。

 彼は一撃で死を迎えている。100年以上の重みのある命だが、僕は彼の名前も目的も知らない。せめて来世のために魔王と戦おう。


 僕らが扉を開けると中は晩餐会場の大広間だった。

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