道の選択

「君は君の道を進みなさい。」

「でも先生がいないと私は・・・」

「私の道はここで終わりだ。」


アナンラーダであったもっと前の記憶。

温かく懐かしく悲しく。

涙が流れる。感情が押し流される。

押し出した後は、前を向くだけ。

振り返る時は、手を差し伸べましょう。

きっと握り返してもらえるから。



 最初の転生者に会いに行く旅が無事に終わり、その旅が切っ掛けで始まった外交も順調に進んでいった。その後も転生者へは定期的に会いに行く旅を季節に一度くらい継続的に続けている。

 多くの転生者に会って考えるようになったのは、色々な理由の不運や不幸を期に望みを持つ者が多いように思う。転生者に関しては望みと能力は近い関係になっている。もっと彼ら同士は近付けないのだろうか。

 僕はエルダ姉さんとデリラの力を借りて、幾らかそれに近いことを望んでいるのだろう。転生者は孤独な者が多いのだから。

 ブランダール伯領の加工技術は王都などの職人を招集すると同時に僕の姉妹が指導した甲斐あって、1年目にして遜色ないレベルに引き上げて以降は質がさらに上がっている。輸入品交易と薬剤の貿易はこれらの技術をベースに軌道に乗りつつある。

 政務と転生者と訓練で忙しく過ごしている内にもうすぐ15歳を迎えそうだ。エルダ姉さんとデリラは益々美しく成長している。僕も多少は逞しくなっただろう。


 今日も執務を終えて、まとめているとエルダ姉さんに呼ばれた。今回は姉さんの部屋に行くことになっているのだが、実は12歳の誕生日以来姉さんの部屋でじっくり話をすることがなかったことを入る直前に思い出した。

 ドアをノックすると暫くして、扉がゆっくり開けられ隙間から姉さんの姿が見えてくる。

「アレン、待っていたわ。」

 いつも以上に優しい表情の姉さんの顔が見える。薄い青色のワンピースは以前より身体の線が良く見える気がする。

 さあと誘われて部屋の中へと案内され部屋の中へと入ると、テーブルが脇に置かれていて何も挟まずに向かい合った椅子に座る。

 エルダ姉さんは二つのグラスに水を注ぎ、片方を僕の方へと渡してくれた。グラスを受け取った僕は軽く水を口に含み、グラスは脇に除けてあるテーブルに置く。

 姉さんは椅子に腰を落ち着けて同じようにグラスを置いて、ゆっくりと僕を見つめる。ふと三年の歳月を感じる。

 エルダ姉さんは落ち着いた声で話しかける。

「ねえ、アレン。私は十分待ったと思うの。」

 ゆっくりと瞬いているのが見える。改めて感じる魅力に少し息を呑む。

「苦しんでいるのかい。姉さん。」

 姉さんは軽く頭を振り、胸に手を添える。

「いいえ、でも先延ばしにはできない。」

 二人は目を合わせる。

「貴方は3年、私は30年。もう十分ではないかしら。」

 そう、前世から思われているのだ。答えには問いが必要だ。

「僕は、答えを出せるのかな。」

 姉さんは優しい微笑みを浮かべる。

「アレンは良い男になった。私はずうっと貴方を見てる。」

 エルダ姉さんの瞳に僕が映っているのが見える。

「確かに大人にはなった、3年で成長もしたよ。」

 姉さんは手を差し伸べる。今まで何度もあったようにだが、いつもとは違う意味で。

「分かるでしょ、間に横たわっているのは私の思いを受け取れるかどうかだけ。だから、私からの問いは。一人の女として私の手を、とって。」

 僕は右手をゆっくり少しだけ上げて、何も握れずにいる掌を見つめる。

 同親は少ないが貴族の近親婚は珍しくない。子供の問題すら僕らにはない。問題が技術的に解決されるなら後は気持ちだけのはずだ。機会があるたびにそのメッセージは繰り返されてきた。

「16歳の誕生日には答えをちょうだい。私は貴方の姉でもあるけれど、エレルディア・ツァーリンクでもあるの。エレルディアとして私を見て。目をそらさないで。」

 一人きりになってから僕は呟く。

「エレルディア」

 翌日の15歳の宴は、何事もなかったかのように楽しく過ぎ去った。


 これからの一年を考えながら、目の前の情報を考える。

 森の隠者マーフルに頼まれて各地の情報と薬剤原料を収集している。その関連で気になる情報があった。人を癒す聖者の伝説が報告されていた。

 特異な情報と背景から転生者であることを疑っている。実際そうなのではないかとの情報を他の転生者からも聞いており、癒しの業が魔術によるものなのか、或いは固有の秘薬によるものなのかを調べたい。

 聖者はイードベック侯爵領にいるらしい。一人で向かうことも考えたが、情報を共有せずにブランダールを出るわけにもいかないので、父上と姉妹には話をすることにした。

 父上は特に言伝を頼むでもなく了解し、エルダ姉さんは同行しないことになった。

「今回、私は同行しないから、デリラと二人で行ってきなさい。」

 むしろ、このことに驚いたのはデリラだった。

「同行しない理由を聞いてもよろしいですか?」

 困った子ねという風に姉さんは答える。

「アレンには、そういう時間も経験も必要なのよ。アレンも納得しているわ。」

 僕の感情は漏れて少し顔に出ているだろう。

「うん。デリラ、姉さんとは話し合ったよ。」

 デリラには反対するほどの理由はない。

「デーリエッラはデーリエッラ、エレルディアはエレルディア。そうではなくて。」


 イードベック侯爵領はブランダール伯爵領からは遠く、ティエイラ国の南方の国境に隣接する場所にある。レッドドラゴンが住んでいた砂漠に隣接しているだけでなく、魔獣の活動が盛んな土地だった。

 かつては豊かだった土地が魔獣の活動に戦力が疲弊した所を蛮族に追い打ちを受けて、穀物が豊かに実る土地であったのに荒廃してしまった。

 レッドドラゴンの討伐と蛮族との融和政策により現在はかなり落ち着きを取り戻しているが、まだまだ復興途中という状況だ。外地に隣接する辺境防衛のためにも支援を受けてはいるが、産業に受けたダメージが大きく復興は進んでいない。

 この地に癒しの聖者が現れたのにはこうした背景が関係したに違いない。


 イードベック侯爵領に辿り着いた僕とデリラはその環境の酷さに顔をしかめた。痩せた住人ばかりで、いかに生活が苦難に見舞われているか目に見えて分かったからだ。

 街に入る前に衛兵に随分ジロジロと観察される。何かと思い誰何する。

「いや,食料を持って来ていないかと思ったんですよ。ここでは食糧が不足しているもので。知り合いにそういう貴族や商人がいれば伝えてもらえませんか。」

 少し話を聞いてみると侯爵領の入り口にあたるこの町はまだマシな方で、南方の国境付近であれば悲惨なようだ。ついでに癒しの聖者について聞いてみる。

「最近、近郊の町で疫病が発生してえらい騒ぎになったんですが、そこに癒しの聖者が現れたといって噂になりました。そのお陰か疫病は早々に治まったんです。」

「彼の出身や名前は分かるかい。」

 心付けの貨幣と共に聞くが、その街に出入りしている商人に関して教えてもらったくらいで目立った成果はなかった。商人の所在をを探り出し、聖者の話を聞いて名前は分かったが他は良く分からないままだ。

 疫病が落ち着くと彼はまた旅に出た。


「結局分かったのは。ディロンドという名前くらい。デリラは彼が転生者だと思うかい。」

「可能性は高いです。イードベックに執着して領内から出ていないように思います。随分若いのに年齢に釣り合わない能力もそれを示唆します。」

 そう、伝え聞くには彼はイードベック生まれで、領内から出ていない。また、非常に若く20歳程度の年齢と言われていた。

 しかし、高度な教育を受けてはいないらしい。

「病気は魔法で治療できない例も多いから、かなりの知識と経験が必要なんだよね。」

 僕の治療術に関して師匠でもあるデリラに確認をとる。

「病気の治療は非常に高度な知識が必要です。知識と経験に元ずく見立てを元に適切な治療をしなければなりません。安易に魔術による治療を施せば、かえって悪化させ死を招きます。」

 魔術による治療は一時的な処置に向いていて、傷を塞いだり再生させる回復を促進することはできる。長期的な治療として、部位欠損などの治療も可能ではあるが、長い時間のかかる処置だ。

 ひるがえって、病気は病状に合った適切な治療が個別に必要で、必要な知識の複雑さは負傷の比ではない。薬剤の需要がなくならないのは、魔術だけで解決できない例が多岐にわたるためだ。

「僕は薬草の入手をどうしているのかという点と」

「不明な手段で重病患者を治療している点ですね。」

 彼には謎が多い。

 彼は何処から来て、何処に行くつもりなのだろう。

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