ネイフラルタの隠者
翌日、ネイフラルタ伯爵は快く会談に応じてくれた。
ネイフラルタの都市はブランダールの都市より田舎っぽく多くの面積が木工所とその関連建物、他にも大きな木材倉庫が数多くあった。都市の作りは防衛向きではなく、館も同様に防衛機能はあまり期待できそうにない作りをしている。
反面で人の生活を優先している部分が大きく、都会的な混乱はないので住みやすいのかも知れない。
僕らは馬を館にあずけたが、土地柄として馬を多用するためか厩舎は立派なものだった。
招かれた応接室には既にネイフラルタ伯爵とその弟である森の隠者マーフルが待っていた。伯爵は壮年のガッチリした筋肉質な体格の男で、マーフルも似ていて伯爵より少し若く痩せていた。
「ようこそ、ネイフラルタへ。」
続いて、ネイフラルタの兄弟が自己紹介をしてくれる。僕ら三つ子も順番に挨拶をする。
変わったフレーバーのハーブティーと近隣で採れるのだろうフレッシュなフルーツが用意されている。どの土地も自分達の特産を用意するのは面白い。
「随分小ぎれいで立派になったわね。マーフル。」
エルダ姉さんが冗談めかして、笑いながら声を掛ける。
「今となっては反省しているんですよ。あの頃の私が知を求めるだなんて誰が信じただろう。」
「貴方の求めていた。知の恩恵は十分に受けられて?」
「それはおいおい話すとしましょう。」
一段落ついたのを見て、まずは文書を伯爵へと渡す。
「やはり薬草や薬に関しての取引の申し出でだったか。」
ネイフラルタでは従来、材木や木工ばかりが注目されていたが、フラルタ大森林内で独自の植物が多数あり、薬草や薬剤の原料としての価値が出てきている。
今なら分かるが、それらは恐らくマーフルの功績で彼の研究による成果なのだろう。薬剤となれば王都に最大の需要があるのは言うまでもない。
「まだ、産出量が十分ではないので全量をブランダールに回すわけにはいかない。ボウンナート侯爵も輸出品目として欲しがるだろう。」
当然、ボウンナートも薬剤を交易品として要求する。
「それは当然理解できますが、交易経路としてボウンナート経由に絞るのはリスクが高いでしょう。
ブランダール経由は整備した方が良い点はありますが、経路として劣りはしません。」
「その点が問題なのだ。経路として信頼がないのとブランダールとの間にあるボウンセイドルは街道の整備が甘く、特産物もないから交易路として商人に魅力がない。」
確かにそうなのだ。ボウンセイドル子爵領は特産物がなく街道の整備も甘いため、材木と木工の交易はボウンナート側に集中していた。
「これからネイフラルタの薬剤生産を拡大するうえで、器材確保が問題になるでしょう。それらはブランダールで製造できるようになります。」
姉妹の指導によりブランダールで生産できるようになれば、王都などから持ってくるよりコスト的にも維持管理的にもメリットがある。
「ボウンセイドルとも協議して街道整備も進める予定です。ブランダールで様々な加工品が作られる様になれば、商人も見過ごしはないでしょう。」
他にも様々な工芸品を製造することを匂わせて、商人の鼻に嗅がせる餌の存在を示唆しておく。
更にかぶせる様にエルダ姉さんが付け加える。
「大口一本に任せるとその内に買い叩かれるわよ。」
「兄上、姉妹から反撃が来る前に話を進めることにだけは同意しましょう。ここで全て決める必要もありません。」
ネイフラルタ伯爵は弟の言葉に肩をすくめる。
「どうやらその方が良さそうだ。ところで、薬剤以外には興味はないかね。」
そこからは色々な産物の話に移った。大森林独特の植物や魔獣の素材、木工などの工芸品、農産物や牧畜関連の生産物など多岐に及ぶ。
「薬剤の生成を研究していくとどうしても二つの点が課題になりました。
一つは原料の適切な保存と処理方法、もう一つは多様な原料の入手。前者は前進していますが、後者は他の生産地の物を取り寄せる必要があります。」
これはマーフルからの依頼なのだろう。単なる原料産地の延長ではなく、薬剤の中心に持っていこうとする野心を感じる。
「なるほど、ここでは手に入らない材料の調達にも協力しましょう。」
会話しながら思ったのだが、目の前に座っている男の前世が野人のような姿だったというのが全然想像できなかった。
夜はストックから魔獣の肉とドラゴンの肉を提供してちょっとした宴になり、皆でネイフラルタの兄弟とは随分と話をした。転生者の兄弟を持つ身の上での苦労話などで共感したり驚いたりだ。
エルダ姉さんやデリラはマーフルに森の資源に関して幾つかの情報交換をしていた。
「マーフルさん、今一番知りたいのはきっと次に生まれ変わる土地の候補ですよね。」
デリラの言葉にマーフルはただ笑って答えるだけだった。
大森林での疲れはまだ残っていたので、翌日は休養日にした。
ネイフラルタから4日移動してボウンセイドル子爵領に到着し子爵に挨拶をした。街道整備に関して協議したい旨のみ連絡して旅立ち、さらに2日移動してブランダール領へ予定より早く帰還することができた。
ボウンセイドル子爵とは何処かやる気のない口先だけの対応やり過ごされ、書状の取り交しは無かった。
「あの子爵は脅すくらいの圧力が必要そうね。」
「座ってるだけで決定権のない領主かも知れません。」
とりあえず気晴らしを兼ねて、途中で見つけた盗賊と魔獣を派手目に撃退して子爵宛に送りつけておいた。少しは考えてくれるだろう。
長い様で短い旅は終わった。
旅から戻って使っていた道具や服に靴や手袋を確認する。毎日使い込んだそれらの品が、旅に出る前と後で全く違って見える。傷や汚れの一つ一つが色々な情景を思い出させてくれる。こんな旅では2・3回も経験したら、すぐにくたびれてしまうのだろう。
酷い目にも合ったけど、僕を引っ張り時に押してくれる姉妹に僕から旅に使える品を贈ろうかと思った。同じ職人の作った品で旅に出るのも悪くない。魔獣の素材もたくさん集まったし、今度も一緒に出掛けたいと思える。
すぐ次があるだろう旅を思って、ありがとう、また宜しくねと彼らに伝えよう。
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