フラルタ大森林
ネイフラルタ伯爵領はフラルタ大森林を抱える大領地を含んでいるが、実効支配できているのは大森林にそった細長い領地のみである。これは地図上に記せば五分の一以下でしかないので、面積のわりに収益の上がらない管理の大変な土地として知られている。
そんなネイフラルタ伯爵領には重要な特産品がある。勿論、森林から算出される木材である。特に隣接領に造船所を抱えるボウンナート侯爵領への輸出は、ネイフラルタの経済を支えるといっても過言ではない重要品目である。
この地形のため移動距離が長く時間がかかるのだが、次の転生者はフラルタ大森林の中にいるのであった。二日目には大森林に到着したが、長時間の探索が必要なことは分かっていた。
世に知られた広大な面積の森林の中から所在不明な人物を探すのは、常人であれば狂気の沙汰であったろう。しかも、大森林の中には多数の魔獣が徘徊しており、いや正確には彼らの巣に人間が徘徊するという方が正しいという状況だ。ともかく眼前に森林が広がっている。
「それでエルダ姉さん、この広大な森林の中をどうやって探すのさ。」
「私の紋章を魔術で展開しているから簡単に見つけてくれるわ。」
「この見通しの最悪な大森林の中を?本当に?」
エルダ姉さんが沈黙して目をそらす。ジト目で僕も沈黙で返す。
「冗談よ。あいつは幾つかある巨木を拠点にしていたから、それを順番に移動するのよ。紋章の魔術サインを併用するのは本当よ。」
こうして大森林を突き進んで行くのだが、困難な道を馬を引きながら移動すると中々の頻度で魔獣と遭遇する。巨大な魔獣がいない代わりに奇襲をかけてくる相手が多いので神経を使う。
森林の中を熱探知に引っかからない爬虫類タイプに手を焼き、幻術を使って奇襲する虎タイプに驚き、鉛のような質量の猪タイプを受け止め、群がる虫タイプに慌てふためきながら進んでいった。
馬を守りながら森の不整地を歩き続け、今までに経験のない緊張をとけない行軍に疲労が溜まる。思わす口から出たのは。
「ある意味、ドラゴンを相手にする方が楽かもしれない。」
「場合によっては本当にそうかもね。」
「ほんとに?どういうこと?」
「長時間の緊張と慣れない環境は、想像している以上に疲労が蓄積するのです。」
「それにしても結構な数の魔獣を倒したよね。全部回収しているけど、素材として使うの?」
「素材に使う物も有りますし、調理に使う物も有ります。」
「これでしばらく肉に困らないや。」
「アレン、あそこが最初の目的地。着いたら休憩しましょ。」
なるほど、森の中は見晴らしが悪いから全容が分からなかったけど確かに巨木だ。山を見るよりも高く首が痛くなるほど見上げる。巨木の周りは少し開けていた。
手近にある使えそうな木々をかき集め、収納魔術で取り出した野外用ストーブに薪をつめる。ストーブと言っても暖房器具というより、簡易設置の竈という用途に使うタイプだ。
ドラゴンのナイフで枝を薄く削るような切り込みを幾つも入れ、薄くスライスした木片の塊状にして火付け用に細工する。
何本か作って、他にも順番に火を焚き付けるのにいいサイズに枝を子割にする。ストーブの中にこれらの木をセットしたら、薄く削った木片へと魔術でナイフから火を出して着火する。
順調に火が燃えてあとは僕が火の番をして火加減を調整し、デリラが火を使って調理を受け持つことになっている。一応、デリラ姉さんは周辺の警戒をしている。
猪のような魔獣の肉をシンプルに焼いて塩の他にボウンナートで手に入れたスパイスを使っている。他に野菜とキノコが入ったスープを作り、焼いた肉塊とパンをスライスする。準備ができたら円陣を組んで、周辺を見るように警戒しながら食べる。
「この肉は火加減が完璧だね。それにスパイスの香りが利いている。」
「キノコは移動中に採取したやつよね。食感がいいわ。」
「お粗末様でした。お口に合ったようで光栄です。」
僕らはデリラに最大限の賛辞を贈る。もうデリラなしでは旅ができないだろう。時折、デリラが僕とエルダ姉さんをぼんやりと見ているのが気になる。
「エルダ姉さんの言う巨木は全部で何本あるの?」
「現実的にカウントできるのは五ヵ所、三日目に見つからなければ諦めるしかないわね。」
「見つかると思う?」
「五分五分よりは確率高いかしら。」
「時に探索行では、そういうこともありますわ。」
フォローしながらデリラがエルダ姉さんを見る。
その日はもう一つの巨木を見つけたが、そこでも見つからなかったので野営をすることになった。相変わらず食事は簡素ながら美味しいのだが、野外で順番に警戒して寝るので休まらない。
続けて三日目まで探索して昼過ぎに五つ目の巨木に辿り着いたが、とうとう出会うことができなかった。気を落としながらネイフラルタ伯爵領の都市へと向かうことになった。
都市についたのは四日目の昼で肉体的にはともかく精神的に疲れた。この日は休んで翌日に伯爵へと会談を申し込むことにした。でも、この都市にいたんだ目的の転生者が。
森の隠者マーフル、貧しい農村の生まれの彼は口減らしのために森へ住まざるを得なくなった。森の中で獲物をとる術を会得するものの冬の厳しさで飢えて死ぬかも知れなかったが、あらゆる植物を口に含み土を掘り返して食べられるものを探した。
幸運にも彼は寒さを凌げる洞穴を見つけたり、糖分を蓄える樹液を見つけたりして生き残った。
次の春から植物を調べつくし、次の冬は余裕をもって越すことができるようになった。野人のように生活するマーフルが人の集落へ行くのは、大きな獲物か数多くの獲物を狩った時くらいで、その時に必要な物資を物々交換していた。
ある時、流行り病に襲われてた村に偶然立寄り、手持ちの薬草で治療を行った。全員を救うことはできなかったが、救った人達から大いに感謝され、薬草と治療について独学で学ぶようになる。旅先で多くの薬草と薬に出会い、時に教えを受けることがあったが、彼は文盲であり帰る場所のない人であった。
長年の過酷な生活で体は傷み、先が長くないと知った時に誰にも引き継ぐことができないことを悔やんだ。まだまだ知らぬことが多すぎることに思いを馳せた。その知識欲が彼に転生者としての道を選ばせた。
「そんな、マーフルが伯爵の弟だったなんて。」
僕は心から叫んだ。
「アレン、ごめんね。」
エルダ姉さんは悪戯がバレた子供のような表情をしている。
「兄さん、ごめんなさい。」
デリラは騙して犯罪に巻き込んだことを後悔している顔だ。
「しかも、二人とも最初から知ってたなんて。」
騙された。信じてたのに。僕一人だけ。
「野外訓練の良い機会だと思ったのよ。」
「戦場の緊張感を部分的に体験してもらおうという話でした。」
「私の紋章の魔術サインで魔獣が寄ってくるしね。」
そりゃ魔獣が多いはずだよ。もう、茫然として言葉が出なかった。
「アレン、ねえ今回は疲れたかもしれないけど、安全で良い経験だったのよ。」
「アレン兄さん、不本意ですが実戦前に経験しておいた方が良いのです。」
「美味しいもの食べて、ゆっくり寝ましょうね。」
子供の様に扱われながら、不覚にも街での食事は美味しくて、ベッドでゆっくり寝れるのが嬉しかった。
拗ねる僕をあやす様に添い寝をしてもらった。
後から考えれば僕は苦労知らずの坊ちゃんでしかなかっただけなんだ。
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