僕の外交問題

 更に一日を港街で過ごして僕らはボウンナート侯爵の元へと向かった。旅に出て八日目のことだ。

 先に転生者と会うことを優先させたのは、それが本来の目的であっただけでなく交渉前の状況確認と情報収集のためだ。実際、想定以上に有益な情報と港街での協力者を得ることができたのは望外の幸運だった。


 ボウンナート侯爵の館は港街から離れた場所に作られ、館を中心に都市を形成している。これは港街の汚れや臭いを嫌ったためだとか、海側からの防衛のためだとかいう説があるが、都市部としての主要機能は都市部にまとめられている。

 港町から近くにあるため、二つは緩やかにつながっており、海産物も盛んに輸送されて日常の食事として消費されている。

 館は防衛機能をもつ城館として作られ、幾度かの改修によって増築と補強を繰り返している。良く言えば歴史の後の残る、悪く言えば継ぎはぎした痕跡が残っている。

 馬で古めかしく重い門を潜り抜けて馬丁に馬をあずけた。


 城館で応接室へと案内され、暫しの待ち時間となった。

「交渉の席は始めてだから緊張する。」

 少し震えていたかもしれない声が出る。

「大丈夫よ。転生貴族とドラゴンスレイヤーが揃っているんだから、なめたりはしないでしょ。」

「はい、こういう場で名声は役に立ちます。あとは堂々とすることですよ。」

 例によって、お決まりのポジション僕の右手にエルダ姉さん、左手にエルダの二人が手を握って僕を励ます。

 先にメイドがやってきて、紅茶を入れる。皿に盛りつけたドライフルーツとナッツは恐らく輸入品で国内で生産していないものだろう。紅茶の香りには独特の癖を感じる。


 紅茶に関して話をしていると侯爵らしき人物がやってきた。

「ボウンナート侯爵アルダードだ。今日は儀礼的なことは省略して話をしたいが、宜しいかな。」

 侯爵は分かりやすいくらい中年太りの中年で、口元と眉間に深い皺があり、目元は油断なく周りを見ているような印象だ。

 余談だがティエイラでの儀礼として、爵位が低位の方が先に名乗ることが多いが、実際には各家の経済や名声で大きく変動するため、爵位の上下はあまり当てにならない。今回は公爵が二人いるので気を利かせてくれたのだろう。なめられてはいないようだ。

「勿論、今回は会話を開始するための席ですので問題ありません。

 僕はアルガルド・ブランダール、右手が姉のエレルディア、左手が妹のデーリエッラです。よろしくお願いします。」

 懐から手紙と書類を取り出し、侯爵へと差し出す。

「本日の用件は父の名代として、この文書を届けることです。」


 侯爵は文書の外観を良く確認してから、失礼と言って開封して読み出す。油断なく文面に素早く目を走らせる。

「用件は理解した。交易の強化には応じても良いが、荷が片道では商人は納得しない。そのことは考えているのだろうね。」

 今まで交易が盛んでなかった理由の一つとして、ボウンナートからブランダールへ運ぶ需要はあっても、逆の需要がなかったことが挙げられる。

 丘陵地帯や平原の産物に需要はあるが、他からでも仕入れることができるものが多く固有の産物が弱い。

「問題ありません。現在、ブランダールの名声は非常に高まっています。工芸品の質も上がり、これらを王都向けに出荷できればお互いの良さが生きるでしょう。」

 ブランダールの三つ子によって、伯爵領の知名度は周辺諸国に知れ渡っている。転生貴族やドラゴンスレイヤーにあやかりたいものは枚挙に暇がないし、中でも転生貴族による指導の効果で生産と加工の質が急激に上がってきているのは事実だ。

 これに加えて国外の輸入素材の加工技術も指導していけば、輸入する利点は大きい。関連して人口増加した場合にも交易路が強化されていれば、食料不足への対策もしやすくなる。

「なるほど、確かにブランダールの名声は著しく高まっている。お互いに早く結束を高めることは利点が多い。

 ところで、協力体制を築くにあたって出来れば血縁を結びたいが、出来ぬ相談かね。」

 あーそうですね、確かに。左右から物凄く視線を感じます。

「いや、少し話を進めすぎたようだ。今はお互いの利益を最大化することを考えよう。」

 ボウンナート侯爵、状況をくんでいただいて本当に有難うございます。さりげなく、二人が僕に手を添える。

「ところで侯爵はボウンナートの輸入品を主として考えていると理解していますが、海産物なども良い資源となるのではないでしょうか。」

「海産物は内陸では馴染みがなかろう。調理方法が広がらねばなるまい。」

 実際、王都でのお披露目の席でもごく少数だけしか海鮮料理はなかった。珍味扱いだろう。

「でしたら、まずブランダールへ入れてみて下さい。少なくとも僕達は価値を理解できます。加工方法も話し合いましょう。」

 ガルドペイグに出回っていたのは一部の魚の乾物だけだった。港街ではもっと豊富な食材があり、その内の幾つかは交易品として使えるはずだ。

「了解した。お互いに利点のある話になりそうだ。伝言を頼みたいことがある。交易だけでなく他の点に関しても協議したい旨を伝えてくれ。」

 話し合いは概ねこれで終わり、この日は簡単な宴に招待された。その席では多種多様な海鮮を用いた料理の数々と輸入した酒が供された。

 僕たちは舌鼓を打ちながら、輸入する品目を相談するのだった。

「アレン、次回はハッキリ断るのよ。」

「アレンお兄様、私は信じています。」

 宴の帰りに極寒の地へと案内された。

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