第一転生者発見
街道はボウンナートから見た場合、王都へと続く道であるため街道は整備され、巡回する兵の数も比較的多めのようだ。
しかし、ブランダールとボウンナートをつなぐ街道の商業流通量はあまり多くはない。これから相互交易の強化を進めていく連絡の使者として僕は赴くことになっている。
その際に輸出入の品目として何が求められるか、市場の品目調査も実施する。僕の意見だけで話が進むわけではないが、知見を広げて来いとの意図だろう。
特に盗賊らしい気配もなく三日間の旅程で領都を超えて、交易の要である港町に辿り着いた。初めて嗅ぐ海の匂いに若干やられ気味で、あまり気分が良くない。僕の姉妹達はこの臭いにも直ぐに慣れると言っていた。
ここに探している転生者のいるらしい。お披露目以降のやり取りで、手紙をやり取りしていたのでほぼ確実だ。相手は船で何処まで行けるかを追い求めている人物だ。
僕の姉妹以外の転生者と初めて会うことになった。
船と海に憑りつかれた男バラスの前世は、出身不明の奴隷出身であった。
偶然、船員を補充しようとしていた船長の目に留まり船員として買われ、才能と好奇心を認められて鍛え上げられた。長い航海の末に自由の身になり航海長まで上り詰めたが、ティエイラ国付近で座礁して船を追われることになる。
最初の航海の時に地平線まで広がる海に魅了され、海を離れることができなかった彼は何度もティエイラを中心に航海をした。彼の望みは地平の彼方まで続く海の先にあり、超遠距離の航海によって新しい航路や国の発見を夢見ている。
この夢に対して現実のティエイラ付近の船事情は、近隣諸国との航海のみで航路は限られていた。自分の望む遠距離の航海には、既知の船より過酷な航海に耐えられる船が必要ということを知り、自前の船を建造する資金も知識もない事で転生を望んだ。
「後半生はボウンナートに拠点を置く海運商と懇意になり、共同経営に近い形で貢献したのですが、子のいないバラスは資産を全て渡したようです。
その海運商へいつか生まれる孫に自分と同じ名前を付けることを遺言としました。その孫こそバラスの現世の姿です。」
「船と海に憑りつかれた男バラスか。中々壮大な夢だよね。噂や伝説でしか知られていない国に行くのにも憧れるな。」
「いつか、一緒にそういう旅に出てみる?」
エルダ姉さんは答えを知っていて悪戯っぽく僕に言う。
「でも、僕はブランダールが好きなんだよ。」
最初に紹介に行ってみたのだが、港の造船所にいると言われて移動した。造船所は各部を作り上げる工房と設計事務所などから成り立っている他、本格的に船を建造する乾ドッグの仮設建造物という構成になっている。大きな船は仮設建造物内で作るらしく、完成後に解体して船を海へと送り出すようだ。
造船所内でも色々と探し回ることになったが、最終的に設計事務所でようやく会うことができた。
「お久しぶりです。サベラ・バラスです。どちらがヤーンバイン公ですか。」
そう声を掛けてきたのは、成熟した若い女性だった。海の男だったはずなのに何故だ。振り向くとデリラは微笑んでいる。
「現世では始めましてですね。デーリエッラ・ヤーンバインです。デーリエッラと呼んでもらって構いませんよ。」
「そのパターンか。性別を選び損ねたのね。」
エルダ姉さんは呆れたように仰ぎ見ながら言い放つ。
話はサベラ・バラスの馴染みの酒場で、ゆっくり腰を落ち着けて話をすることになった。
テーブルには魚の塩漬けを使った料理と全く知らない海産物の料理に風変わりな酸味と塩気のあるエールが並んだ。どちらも経験したことのない味だが悪くない。庶民的ながらこの地へ来ないと味わえないもので興味深かった。
「成人した時には想像していた性別と違ったもので混乱して、どうしていいか分からなかったのですが。何とか折り合いをつけている内に旦那と知り合って、結婚してしまったんです。
今となっては悪くない人生ですよ。旦那が海の男だから、なかなか子供ができないことだけが悩みです。」
「サベラも現世を共に生きられる人を見つけられたのですね。私としてはそれが何よりです。」
「結婚するくだりの所をもっと詳しく話しなさいよ。」
あっこれは全然転生者の話に聞こえないやつだ。エルダ姉さんとデリラは楽しそうだが、僕はここに居ずらい。とりあえず、エールをおかわりしよう。
親しくなる過程とプロポーズの言葉で盛り上がり始めた。旦那を船長にしてやったのは私、他の港で女を作ってたら海に沈めるなどの話が続く。海の男を待つ女の気持ちか。
長い会話の旅路を経て、ようやく僕の待つ港へ三人は戻ってきた。サベラ・バラスは夢を諦めていなかった。
「今でこそ航海に出ていませんが、何とか認められて航海に出たこともありました。
それよりも遠い他国の船の情報を集めて、造船技術を上げていくことが現世で一番重要なことだと思ってます。夢も大事ですけど、今も大事です。」
そう言い放つ彼女の瞳は真っ直ぐで輝いていた。その後も情報交換を行い色々な話を聞くことができた。
造船技術と航海技術に関しては進歩を見せ始めて、新しい航路ができつつあるようだ。離れた国との直接貿易も今後は視野に入ってくるのだろう。他にも交易品や海産物などの情報を得ることができたのは非常に大きかった。
商会の交易情報に関してやり取りできる様に繋ぎをとってもらえる約束を交わして分かれた。ボウンナート侯爵との交渉に役立ってくれるに違いない。
「悪意がないのは良く分かるでしょう。でも、航海技術の発展が悲劇の引き金になるかもしれないのよね。」
「ですが、発展を恐れていても何も進歩がないのは事実です。こちらから行かなくても向こうからくる可能性もあります。」
「不安の芽を摘むか、未来を信じるか、答え合わせをしてしまうのが転生者の悩みなのかもね。」
僕にとってみれば転生者が悩み過ぎているように思えたんだ。
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