転生貴族の注意事項

 エルダ姉さんの挨拶は3人の国王全てをいっぺんに済ませるという力技だった。マルデイン国王は若い時分に即位して、当時はかなり苦労したらしい。外見と会話内容のちぐはくさが想像を絶するレベルだ。


「あの日の言葉に支えられて今日という日を迎えることができた。

 当時50歳を超えてなお美しかった姿を鮮明に憶えている貴方が、今こんなに愛らしい姿をしているとは。運命の悪戯か或いは神の意志を感じますな。」

「マルデイン国王は女性の扱いも随分上手になられたようで、嬉しい言葉をかけてくれますね。」


 デリラはデリラでギーベンス国王の子供の頃の話をふる。

「成人お披露目の席でつまらないからと早々に席を外していましたね。でも本当はお隠れになったお母様を偲びたかったのでしたね。」

「今となっては恥ずかしい思い出です。その思いをどう形にしていいか分からなかったのですから。そうやって隠れていたのを貴方に見つけられた。」

 完全に年上の親戚に対する態度である。表面的関係のあべこべさに話題を振られていないティエイラ国王と思わず共感してしまった。

「陛下、転生貴族との付き合いって大変ですよね。」

「外交の殆どは相手を選べぬものだ。早めに慣れることだな。」


 過去の話が落ち着いた辺りで話題は僕の方へと移った。

「よもやということはないと信じているが、ブランダール子爵がブルードラゴンを討伐したというのは本当か。

 年齢からは信じられるほどの実力があることは分かるのだが、それほどまでの力を持っているという確信が持てない。」

 エルダ姉さんが待ち受けていたかのように応じる。

「ブルードラゴンを仕留めたのは真実です。その前に私が戦い方の手本としてレッドドラゴンを討伐しました。それがこれ。」

 と言いながら、懐から掌大のレッドドラゴンの鱗を一枚づつ王達に渡していく。

 ドレスに懐なんてものはないので、魔術で取り出しているのだろう。


「私達がドラゴンとの戦い方を指導いたしました。そして、ブルードラゴンを討伐するに至ったのです。その時の収穫物がこちらです。」

 同じようにデリラが懐から掌大のブルードラゴンの鱗を取り出して、やはり一枚づつ王達に渡していく。

「アルガルドの実力は既に近隣諸国屈指。さらにドラゴンと戦うためのアーティファクトを授けて、ドラゴンとの戦う術を磨いてもらいました。」

 王達が感嘆の声を漏らす。おそらく真実の信憑性に関して高いと考え、この場で迂闊な疑義を挟まない様にしている。

 転生貴族の戦力としての評価は個人で一軍に匹敵すると伝えられており、貴族として封じているのは通常とは逆に国の方を保護することが目的と考えられているからだ。

 間違っても迂闊な言動で、目の前にいる友好的な態度の3人を敵に回すのは悪手にも程がある。また、転生貴族は名の如く転生する。敵に回した場合のリスクは計り知れない。

 だが、アレンはまだそこまで状況を把握してはいない。


「アルガルドお兄様は、現状ですらまだまだ荒削りの原石に過ぎないのです。しかし、私達二人の契約者でありますので同等以上の存在へと昇華なされるでしょう。」

 転生貴族二人の助力と指導を受けたとはいえ、ドラゴンの単独討伐は控えめに言っても英雄的な偉業である。

 それだけの強さを身に着けて尚その先があるとは、想像を絶する話だろう。

「助力を期待して要請することや儀礼的や外交的な諸々において接触することはあるが、友好的な関係を続けていくためにも余計な干渉はしないつもりだ。」

 他の王達も同意するように頷く。

「我々の関係の為にも知っておきたいのだが、今生での希望は如何なものであるのだろう。」

 よもや敵対することはないと感じているが、何が目的であり望みであるかは王達の関心事である。

「言葉にすると単純なのだけど。アルガルドと共にあり導くこと。それが今生での望み。」

「アルガルドお兄様と共にあり支えること。それが今生での望みでございます。ご理解いただけるかは分かりませぬが、配慮いただければ幸いでございます。」

 それが配慮で済まないという言外の意味を王達は理解した。踏み込むなとの念押しである。


「陛下。アルガルドはこの国に生まれブランダールで育ち、愛を与えてくれた者達を愛しております。

 愛する者達のために手を携えて生きたいと考えています。」

 これよりアレンはティエイラ国にとって外交手段や戦略物資たる存在になったといえる。国にとって有利なカードではあるが、迂闊な運用ができないカードでもある。

 二人の王はそれを羨むと同時に扱いの難しさもあるだろうと頭を巡らせる。

「そう、一つだけご注意がありますわ。婚姻関連の交渉事は私達の同意なしに進めないこと。」

「言っても聞かない輩が出るのは仕方のない事とは存じています。ですが、私達の同意なしに先へと進めないでいただきとうございます。」

 王達は戦慄した。懐柔策として姫などをあてがい、婚姻を結ぶ選択肢は真っ先に考えていたが、それが最悪の手段であると明言されてしまったのだから。

 王達は貴族達にもこの情報を流さねばならぬことを理解した。


 そうこうしているうちに音楽の演奏が始まりダンスの時間がやってきたようだ。

「デリラ。一曲、踊ってもらえないか。」

 アレンの方から誘うが、実はダンスの順番に関して話はついている。何でもアーティファクト作成時の貢献度でデリラが1番の権利を勝ち取ったのだとか。

 形ばかりとは言えデリラは当然のように満面の笑顔でお願いいたしますと言う。仕方ないとばかりにエルダはティエイラ王にダンスを誘えと視線を送る。王は内心ではヤレヤレと思いながらもそれに応じる。

「一曲、踊っていただけますかな。」

 当然、この後でアレンとエルダで踊ることになっている。誘う者は多数いたのだが、姉妹は最後までアレンと王以外とは踊らなかった。

 二人に囲まれているアレンに手を出す命知らずが近付きはしたが、あえなく追い払われていった。

 この後の歓談の席では多少マシだったが、三人と歓談した者達は多数いたがあまり実のある成果を持って帰れる者はいなかった。


 お披露目が終わって、姉妹はともかくアレンはくたびれていた。だが、その口からどうしても漏れ出てしまう言葉があった。

「先々ずっと一人は嫌だな。」

「一人になんてさせないわ。」

「ずっとずっと一緒ですよ。」

 そうじゃないんだけどなぁとアレンは思っているが、姉妹の方の思いもまた届いていないのだった。


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