02 転生貴族の証明
ドラゴン狩りに行こう
騎士団長や魔術の教師が建前上の存在というか、僕の悩み相談相手に成り下がる日常へと変わって3ヶ月が過ぎていた。
師事している誰に聞いても僕は既に彼ら全てを凌駕する領域に来ていると言われ、驚愕しながらもそれを事実として受け止めざるを得ない状況に来ている。
なるほど、確かに僕の先生たり得るのは僕の姉妹達だけのようだ。漸くだがそのことを認めざるを得ない現実を実感している。あとは実績だけらしい。
そんなある日の朝食後に紅茶を飲んでいると僕の姉妹は何やら機嫌が良さげだ。
ワン ヒュージィ、トゥー ヒュージィ、スリー ヒュージィ ドラゴンズ
フォー ヒュージィ、ファイブ ヒュージィ、シックス ヒュージィ ドラゴンズ
セブン ヒュージィ、エイト ヒュージィ、ナイン ヒュージィ ドラゴンズ
テン ヒュージィ ドラゴンズ ネスト
エルダ姉さんの物凄く不吉な歌が部屋に響き渡る。デリラも機嫌よさそうに紅茶のお代わりとお茶菓子の準備を始めている。今日はあっさりしたフワフワのシフォンケーキに柑橘のコンフィチュールと無花果のコンポートを添えている。美味しそうだと現実逃避をする。
それにしても何故ドラゴンなのか、しかもヒュージィなのか、異論がありすぎる。どう考えても戦ってはいけない相手だ。
僕の心の急降下が激しい。悪い意味でドキドキし始めている。次に来る展開が予想できるのが怖すぎる。
「何だい、エルダ姉さん。その歌は?」
僕ははからずしも聞かざるを得ない状況に追い込まれていることに気付いた。
エルダ姉さんがニッコリと笑う。デリラもニコニコしている。二人は座って、今日のケーキは美味しそうねと暢気にかわしてから、次の言葉を続ける。
「ちょっとした伝統的な童謡よ。よく聞く類のものじゃない。」
そんな物騒な童謡を初めて聞きました。そして続く言葉が。
「そろそろ、ドラゴンの一匹でも狩りに行くべきかと思ったのよ。」
思わず紅茶を吹きかけてむせる。当然の如く、ドラゴンは種族として最強クラスだ。
「大丈夫よ。武器は誕生日の件に魔術を念入りに付与しているから。」
「防具は私が丁寧に仕上げていますわ。アレン兄さん。」
随分前から外堀を埋められていたことに戦慄する。二人の目はキラキラしている。
「基本的な加護に関しては、二つの指輪の実力がようやく分かってもらえるから楽しみね。」
「兄さん、今回は盾が有用なので用意していますよ。」
「ありがとう、デリラ。」
思わず反射的に礼を言ってしまった。完全にドラゴン狩りに同意している形だ。というか、前もって準備が終わっている話になっている。
「というか何でドラゴン狩りに行かないといけないの。」
根本命題である。かなり気軽に、まるで鹿や猪を狩りに行くように言われてしまったので、もっともな反論なはずだが二人は転生貴族、普通だと思って油断してはいけない。
「ほら、私達はあと3ヶ月でお披露目でデビューするじゃない。その際にドラゴンくらいは狩っておかないと格好がつかないじゃない。」
もはや見栄のレベルが違う。どこに反論していいのかすら分からない。手土産感覚か。流石だな転生貴族は。
「大丈夫ですよ、兄さん。私達でサポートして兄さん単独で一頭を仕留めてもらう計画ですから。」
単独討伐なんて完全に不必要な気遣いは理解できたが、僕の懸念が理解されていないことがショックだ。
「いや、なんで今なのかなって思ったんだけど。」
二人はニッコリ笑って答えてくれたよ。
「だって、非転生者の最年少記録だから。」
二人は完全にドラゴン狩りの打ち合わせを完了している模様だ。相談するって、二人だけの間なのか、マジか。
英雄に求められる基準が高すぎる気もする。というか、生きて帰れる自信がない。
「大丈夫よ。アレンの剣はドラゴンの鱗くらい余裕で切り裂けるわ。」
「大丈夫ですよ。兄さんの防具も完璧でドラゴンのブレスくらいはそよ風ですわ。」
姉さんは聞き分けのない子を丁寧に諭すように言い、デリラは怖がっている子をあやす様に言ってくる。
やばい、迂闊に頷いたら最後だ。つまり、イージーな狩りだと言いたいんだろうが、相手がドラゴンでは普通は戦争するようなものだから狩りなんて想像ができない。
しかも、いつの間にか剣と盾がアーティファクトになっている。アーティファクトというのは強力な魔法の物品のことだ。
「ほら、僕は対人戦の訓練しか積んだことないから。」
「大丈夫よ。ちゃんと対ドラゴン戦術の訓練をして行くつもりよ。」
「大丈夫ですよ。対ドラゴンに有効な装備や魔術の訓練もしますよ。」
信じられないくらい二人が息を合わせて、僕の籠城戦を遂行している。どうする、どうしたらいいんだ。
「ほら、僕はドラゴン見たことないから、イメージできないから。」
エルダ姉さんが仕方ないわねという表情で、デリラが分かりましたという表情をしている。これは悪手だったか。
「そっか、じゃあ先にドラゴンを狩るところを観戦してもらったらいいわ。」
「アレン兄さん、遠慮せず最初からそう言ってくれれば良かったんですわ。」
違うんだ、二人とも。問題はそこじゃないんだ。でも僕の口から出た言葉は。というかまたもや言葉の意味が理解できない。観戦って、どういうことだ。しかし僕の口から出たのは。
「え、あぁ。そうなんだ。」
という何とも煮え切らない台詞だった。
「近くに手頃なドラゴンは、何処にいたかなぁ。」
姉さんが魔術で地図を広げて、領内周辺を中心に見渡す。
「ここにレッドドラゴンとここにブルードラゴンがいますわ。」
デリラが恐ろしい情報を追加していく。
「あぁ、ここにブラックドラゴンがいたわね。他にもこの辺りにも・・・」
こんなに近いのに遠くから幻聴が聞こえる様に音が響く。
「ってことは5色は揃うってことが分かったわけね。」
「そうですね。配色からするとブルーかシルバーをアレン兄さんに回すのが良いかと考えています。」
「そうね、とすると私達は対になるレッドドラゴンの狩りをして、アレンに観戦してもらえたらカラー的にも相性的にもいいと思うわ。」
「姉妹でレッドドラゴン、アレン兄さんにブルードラゴン。コーディネートとしても悪くない組み合わせですね。」
何故ドラゴン狩りの話題がファッションにすり替わるのか、話が高度すぎてついていけない。お揃いのドラゴンを狩りに行きましたっていうのは重要なのだろうか。
「ドラゴンの素材で何を作るか楽しみね。」
「わー、楽しみ。早くドラゴン狩りに行きたいなぁ。」
図らずしも本当にファッションの問題だったことに愕然とする。僕はできるだけ先に延ばしたい。出来れば行きたくない。
かくして、なし崩し的にドラゴン狩りは決定した。
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