宴の終りと三つ子会議

 屋敷に辿り着いた途端、エルダ姉さんはデリラを睨みつける。


「ヤーンバイン。ご褒美の時間は終わりよ。」


 ピタリと僕にくっついていたデリラが満足げな息を漏らした後、エルダ姉さんは不満げに少し唸ってから渋々とゆっくりな動きで馬から降りる。

 デリラは自慢げな微笑みを姉さんに向けて煽る。


「あまり、調子に乗らないでくれる。」


「そちら様もお誕生日には楽しんでおられたようですので、私は私の正当な権利主張をさせていただきました。」


「忌々しいその権利主張を認めてあげたのは、あくまでアレンの為だということを忘れないで頂戴。」


「ええ、勿論です。それにこれで貸し借りなしとして対等な条件で話し合いをいたしましょう。」


「そうね。これからのことに関しては話し合いが必要ね。安易な諍いは結果的にアレンを傷付けてしまうから。」


「そうですわね。まず、生誕の宴に関しては、今まで通りの姉妹として振舞いましょう。」


「それは認めましょう。そのあとで今生の父上と母上にも転生貴族であることは話す必要があるでしょう。」


「手順として問題ないと思います。最後にアレンお兄様とのあり方について話し合う必要がございます。」


 僕の目の前で嵐のように話が進んでいく。このまま流されるわけにはいかない。


「あの、最後のところは僕も話を一緒にさせてね。」


 二人は同時に僕を見て軽く頷く。

「アレン。貴方の望みも言うといいわ。」

「アレンお兄様を蔑ろには致しませんわ。」



 宴のデリラは淡い色合いをした青いドレスで清楚で可愛らしい雰囲気を強調しているデザインだ。アクセサリーは胸元の緑色の宝石を中心に据えて、他は余り主張の強くないものを散らした纏まりのある使い方をしていた。

 体の線は姉さんとかなり近いのに持っている雰囲気が全然違うのは不思議だ。デリラの持つ雰囲気は清楚で可憐なもので、艶やかで華麗な雰囲気を持つエルダ姉さんとは対極。


 エスコートしているデリラに手を添えて、花束を運んでいるような気持になる。


「デリラ、可憐な花のように美しいよ。」

 僕を見る目が少し潤んでいるのが分かる。


「嬉しい。アレン兄さんに認めてもらえるだけで私は嬉しいの。いつまでも一緒に居たい。」


 つい昨日までなら純粋に喜べたであろう言葉なのに今は喜ばしさだけではない複雑な感情が沸き上がる。

 主賓席にまでエスコートしてみんなでデリラを祝福する。何はなくとも目出度いのは確かなのだから。



「誕生日おめでとう。」


 デリラの幸せな笑顔に僕らの心にも幸せの火が灯る。デリラは父上と手を握り合い、母上と抱き合って喜びを表している。

 恒例のプレゼントは、父上と母上からは同じようにワインとドレスと宝飾品だった。結局三人とも違う種類のワインだったようだ。メッセージカードを添えた花束としてプレゼントが演出される。

 僕は大きな箱を渡した。デリラがそれを開けると中には帽子が入っている。広いツバに美しいリボンがついている帽子をデリラがかぶり、どうかなと聞いてくる。


「とてもよく似合っているよ。」


 当然、僕たちは口々に褒める。


「兄さん、ありがとう。大事にするわ。」


 最後にエルダ姉さんからのプレゼントになり、思わず緊張してくる。姉さんが用意したのは手鏡だった。歪みのない素晴らしい精度の鏡に木製の背面と柄には美しく優雅な彫刻が施され、貴石で花をあしらわれた職人による逸品だった。


「改めて誕生日おめでとう。妹としての貴方を憎からず思っているわ。ずっと一緒にいた今までのことも忘れないでおいて。」


「ありがとう。エルダ姉さん。」


 心配は杞憂に終わったみたいだ。それから宴は楽しい雰囲気のまま進んだ。



 宴が終わりつつある。気持ちが憂鬱に染まっていく。いつ始まるのだろうかという思いが迷走する。エルダ姉さんとデリラがアイコンタクトをとって軽く頷いたのが見えた。始まってしまうようだ。

 二人は立ち上がり、父上と母上の前に並び立つ。父上と母上は何か話があるのだろう程度に気構えている。

 最初に切り出したのはエルダ姉さんだった。


「父上、母上、今まで産み育てていただき誠に有難うございます。この度、12歳の年をもちまして、ご報告しなければならいことがあります。」


 妙に硬い雰囲気に父上と母上は戸惑っているが、姉さんはそれと知りつつ続ける。


「私の真の名はエレルディア・アルダ・ツァーリンク、転生貴族の公爵として誕生日に目覚めることができました。成人のお披露目時に広く知られることとはなりますが、今生の父と母として変わらぬ愛を約束します。」


 もはや驚きすぎて反応できていないのが見て取れるが、デリラが続く。


「父上、母上、今まで産み育てていただき誠に有難うございます。この度、12歳の年をもちまして、私もご報告いたします。

 私の真の名はデーリエッラ・エレナ・ヤーンバイン、転生貴族の公爵として誕生日に目覚めることができました。成人のお披露目時に広く知られることとはなりますが、今生の父と母として変わらぬ愛を約束します。」


 姉妹を交互に見て言葉が出ない状態に僕は深い同情をよせる。僕の視線を感じたのか、こっちの方を見つめてきた。父上と母上がまさかお前までと言いたげな表情で僕を見るが、僕は軽く首を振った。


「大丈夫だよ。僕は父上と母上の子供のまま。アルガルド・ブランダールのままだよ。二人のことは少しだけ先に聞いたんだ。僕も未だに落ち着かない。」


 結局、報告をするだけして有耶無耶の内に宴は終わった。




 僕の部屋のテーブルを囲んで、右手にエルダ姉さん、左手にデリラが座っている。


「それじゃあ、始めようか。何から話したらいいか分からないけど、とりあえず僕の要望を言うよ。僕はできるだけ今まで通りでいて欲しい。」


 二人の様子を見て、デリラに向き直る。


「特にデリラ。口調が変わりすぎて、ちょっとついていけない。」


 軽くショックを受けた感じのデリラが悲しそうな顔をする。


「アレンお兄様。いえ、今まで通り、アレン兄さんと呼びます。出来るだけ頑張ります。」


「あんた、キャラ変わりすぎなのよ。」


「姉さん、煽らない。挑発とかしないで。」


 姉さんの生返事が返ってくる。


「これだけは守っていただきたいのですが。抜け駆けは許せません。」


「でも、アレンが選んだ場合は許してね。」


「程度問題ですが、基本的な行動指針を勝手にするのは絶対許しません。」


「流石に了解もなく二人だけで何処かに行ったりはしないわよ。」


「勝手に誘惑や騙して、そういうことをするのがダメなんですよ。分かってて言ってますよね。」


「それは今日の貴方でしょう。」


「追求しないって言ったじゃないですか。」


「もう、怒らないでよ。私の可愛い妹の顔が台無しよ。」


「エルダ姉さん、やめてあげてよ。」


 うん、基本的にエルダ姉さんのままなのだけど、悪いところが全開過ぎて間に入らざるを得ない。


「ごめんなさい。冗談で済むのはこの辺りまでね。怒ったアレンも可愛いけど、デリラに味方されちゃいけないものね。」


 あぁ、本当に悪い意味で輝いているよ、姉さん。


「それで基本的な条件としてはスケジュールに関しては抜け駆けなしで、勝手に決めない。それは同意するわ。」


「姉妹は同行すること、やむを得ない場合や同意している場合は除く。そうした日常の行動規範は細かく積み重ねていきましょう。決まった内容はアレン兄さんには報告することでいいでしょうか。」


「うん、出来るだけ遅滞なく教えてくれれば問題ないよ。」


「これからのアレンの訓練は私たち主導になるわよね。武術関係は基本的に私。魔術関連はデリラで問題ないわよね。」


「それに関しては問題ありません。個別案件で調整は必要でしょうが。一対一の時間比で実施して、総合的な内容に関しては立ち合いで共同開催で如何でしょうか。」


「あの、ちょっといい?二人は超高レベルなんだけど僕はついていけるの?」


「大丈夫ですわ。兄さんの総合能力は並みの上級騎士と魔術士に既に匹敵しています。これ以上の引き上げはむしろ私たちがすべきです。」


「伊達に二人から転生ボーナス振られていないんだから安心しなさい。」


 二人はすごい満足げな顔をしている。確かに言われてみれば実技は今までの師匠格の人に接近しているのは事実だ。同年代と比べれば想像以上に自分が強くなっているということなのだろうか。

 でも転生ボーナスってなんだよ。


「今後のスケジュールに関してですが、まず6か月後に貴族のお披露目があります。それまでは能力の底上げとしての修業期間でいいでしょうか。」


「いいわ。暫定的な目標を交換しておきましょうか。私は最低限として英雄、出来れば転生貴族への引き上げよ。」


「最終目標に関して、ほぼ同じといっていいのは悔しいけれど事実です。私の場合は、英雄というよりも兄さんの希望や夢の実現の方が強いですね。」


 確かに僕自身も英雄願望があるわけだが、それを最低限の目標に据えられる人生が待ち受けているとは思わなかった。


「でも、英雄って自分で選べるものじゃないし時代にもよるけど、頑張るけどなれるか分からないよ。」


「大丈夫ですよ。」

「全然大丈夫よ。」


「「私が選んだ人ですもの。」」


 しかも前世からね。


「あとはアレンが選んでくれたら、文句は言わないこと。」


「いいですよ。私を選んでもらえる日が待ち遠しいですね。」


「言ってなさい。」


 何だか、僕が尊重されているのかどうか怪しい流れだな。僕はやはり二人を一緒に育った姉妹としてみてしまう。求められているのは、そういう関係ではないということくらいは分かっているのだけど、今はまだ先を考えることができない。

 悩んで何も言えない僕を見て二人は優しい目を向ける。


「いい、私たちはずっと前に選んだの。貴方にとっては急な話だとは思うけど、考えてちょうだい。」


「そうです。ずっとずっと前に選び終えているんです。お返事をお待ちしています。」


 ついこの間までの僕たちと同じではいられないのかもしれないけど、急がないでいて欲しい。まだ、分からないことが多すぎるから、時間が欲しいんだ。何が変わってしまって、何を求められているか、混乱して考えることができていない。

 今日は疲れた、とても疲れたから、ゆっくり休んで考える時間を下さい。

 両手の指輪を見ながら僕は眠りについた。

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