契約と淑女協定
目を覚ますと青空が広がっている。遠くにポツンと雲も見えた。身体を起こさずに暫くそのまま眺めていると2つの顔が左右から覗いてくる。
エルダ姉さんとデリラの心配げな顔。妙に疲れる夢から覚めて、あやふやな記憶のまま気だるげに体が目を覚ましていく。
「ごめんなさい。」「ごめんなさい。」
どちらだろう。いつもは分かるのにこういう時だけ二人の声は似ているので分からないけど、一人の後にもう一人も続いて謝っている。
ということはあれは夢じゃなかったということだろう。目覚めたばかりで現実感のない今だけは、他人事のように冷静に事実だったと感じる。
ゆっくりと身体を起こすと二人は合わせ鏡のように僕の左右から前に移動する。昔も同じようなことがあったなと懐かしい気分が妙に持ち上がってくる。
「アレン、あなたを傷つけてしまう結果になったことは認めるし、謝罪したいのだけれど、本意ではなかったことだけは分かって頂戴。」
「ごめんなさい。アレンお兄様。自分たちの都合を優先してしまって。もっとお兄様のことを考えて行動するべきでした。」
元気のない二人の様子を見ていると僕の心が痛む。
「今後はアレンの負担を考えて私たちの直接対決は可能な限り控えることにするから。」
そう言いながらエルダ姉さんは僕の右手を両手で包む。
「今後はアレン兄様の関係することはキチンと話をしてから行動することにいたします。」
デリラも僕の左手を両手で包む。
「分かったよ。エルダ姉さん、デリラ。出来るだけ今まで通りでいて欲しい。いきなり他人だったとか嫌だ。」
ちょっと涙が出てきた。
二人は僕を見て頷いてくれた。心の重圧が少し軽くなる。俯き加減の二人は何故か僕の手を撫でまわして手を見つめている。
今更ながら僕の両手を交互に見るとそこには身に覚えのない指輪があった。右手の薬指に紫色に輝くのはエルダ姉さんのプレゼント、左手の薬指に緑色に輝くのはデリラがプレゼントとして今日持ってきていた指輪。二人ともそれをじっと見ている。二人は指輪を見つめて凄く嬉しそうに微笑んでいる。
「アレンお兄様の手に指輪が。左手の薬指に。」
デリラがウットリとした吐息の後にチラリとエレルディアに視線を送る。
「アレンの手に指輪がおさまっている。嬉しい。私の方の慣習では右手が正しい契約を示していて伴侶を導くのよ。」
エルダが溜息を吐いてからチラリとデーリエッラに視線を送る。
二人は申し渡したかのように口元から笑い声をポロポロと漏らす。薬指の指輪は婚姻契約の意味であることは明白だ。なんなら涎が出かかっている。
いや、えー、あー、あの、そのー。
「でも、僕たち三つ子で二人は僕の姉妹だよ。」
何か僕が理解しているのとは違う意味があるのかもしれない。それなら説明してほしい。とか思いながら言葉を絞り出す。
「良く聞きなさい、アレン。転生貴族にとって伴侶が血縁かどうかなど些細な問題なのよ。」
えー。今まで築いた価値観やモラルにヒビの入る音が聞こえる。貴族の近親婚は確かにあるが、大抵は従姉妹くらいで完全に同親の子供は流石に少ない。事例が無いわけでもないが。
「そうなのです。アレンお兄様が血縁であったとしても転生するので血を残すかどうかは副次的なものにすぎません。」
そこは協力するのー。ブランダールとしては少々困るんですけど。
「まあ、あなたが望むのなら吝かではありません。デメリットは技術的にもカバーできますし、一般の慣習にとらわれる必要もありません。」
僕は困るよ、姉さん。心がついて行かない。
「その点に関しては私も同意いたします。より重要なのはそうしたしがらみから解放された先にある愛なのです。」
デリラも落ち着こうよ。僕が二人に持っている愛の形とは違うんだよ。
「私の指輪はアレンへ力を分け与え、前へと押し進め、より先へと私たちを導いていくのよ。」
「私の指輪はアレンお兄様へ力を注ぎ、重荷を分かち合い、共に進むための支えとなります。」
「私は貴方を導くべく転生した導きの派閥。その子は貴方を支えるべく転生した介添えの派閥よ。」
「奇しくも同じ方を支えることになるとは思いませんでしたが、それだけブランダールの血統が優秀だったということでしょう。」
「まあ、アレンとの巡り会わせはある意味必然だったかもしれないわね。目的も似通っているところもあるから無闇に敵対する心配はないので安心しなさい。慣れるのには少し時間がかかりそうだけど。」
「焦点はあくまでお兄様です。決して今までを蔑ろにはしないとお約束します。あとは最終的に私を選んでいただければ、それ以上のことはございません。」
「アレン、きっと私を選ばせてみせるわ。」
「いいえ、選ばれるのは私でございます。」
二人が再び火花を散らし始めるのを横目に僕の身体から力が抜けて弛んでいく。収拾がつかなくなる前に僕はとりあえず口を挟む。
「その辺はおいおいでお願いします。」
「ところでアレンお兄様。」
デリラが満面の笑みで僕に話しかける。同時に姉さんは顔を曇らせる。
「本日は私の誕生日ですわ。宴もございますし、もうそろそろお屋敷へ帰還いたしましょう。」
姉さんから不機嫌そうな唸り声がわずかに漏れる。
「あらあら、お姉様。ここまで馬ではない手段で来られたご様子。魔力もだいぶ消耗されているでしょうから、ご帰還時には私の愛馬に股がって下さいませ。」
姉さんの表情が苦虫を嚙み潰したようなものになっている。
「アレンお兄様。申し訳ないのですが、相乗りさせていただけませんか。」
実に晴れやかな笑顔である。視界をこの笑顔だけを切り取れるなら、僕も笑顔で返せただろうなぁ。今、姉さんの顔を見るのが怖すぎて見れない。
「今日だけは見逃して上げてもいいわ。」
呪詛がかかりそうなほど恐ろしい響きの呪文だ。
「ありがとうございます。お姉様。」
デリラの笑顔を見て頭をよぎるのは、砂漠の中で煌々と照る太陽であった。
エルダ姉さんは素早く馬に跨ると振り向かずに行ってしまった。
「アレンお兄様、私たちも参りましょう。」
デリラに押されるように、馬に跨り手を差し伸べる。デリラは微笑んで一礼してから手を握って馬へと引き上げて跨り、僕の後ろにおさまる。
「行くよ、デリラ。」
声を掛けてから馬を前に進めるとデリラが密着してくるのに気付いた。最初は馬が動き始めたからだと思ったのだけど、腕を絡めて何か必要以上にくっついている気がして仕方ない。
背中越しからデリラが姉さんに負けず劣らず成長が窺えるのは如何なものだろうか。乗馬の振動が何とも言えない緩急を演出するのが悩ましい。しかも時々、デリラの息が僕にかかってくすぐられてしまうのだ。
乗馬に集中できないのをなんとか神経を使って意識を無理やり持っていくと身体が熱くなっているのを感じる。熱いのは僕か、いやデリラも何故か身体が熱い気がする。
そういえば、考えないようにしていたけど、屋敷に戻った後のことも少し気が重い。
今日はまだ続くのである。
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