いいえ、妹こそが最新です

 吾輩はアレン。HPはもうない。がふっ。


 先ほどの姉妹の戦いを前にアレンは思わず距離をとっていた。しかも、戦いの最中には通常では考えられぬほどの魔術の応酬と自分の身が悶えるような幻影が言葉を紡いでは動いているのだ。

 全部言った、やった、やられた、憶えているだけにツライ。

 何か演出効果が起きる毎に一歩また一歩と後退していたため、膝をついて崩れ落ちた時にはかなり遠巻きにしているくらいの距離になっていた。

 前向きに後退、である。

 覚悟して進んだ歩数よりも後退した歩数の方が多かった事実が刻まれている。


 そうした精神疲労がピークに到達して膝をつき頽れてしまったアルガルド。前倒れなのがせめてもの救いか、その姿を見て常人の判断は如何様なものであろうか。

 悔悟を胸にするのであろうか、哀れと思うであろうか、慰めねばならぬと思うであろうか。

 いや、この姉妹の思いは唯一つだった。むしろ今がチャンス、である。



 指輪戦争の開幕

〈指輪を先につけた方が勝つ〉


 それが共通した思い。まさに至上命題である。

 この瞬間先ほどの戦いは単に恥ずかしい口喧嘩とも惚気大会ともつかぬ愚行へと堕してしまうのだが、過去は過去であり置いておいて、二人は未来に生きる転生貴族の鑑ような割り切りをみせる。

 流石だな転生貴族、アルガルドのために転生したというのは伊達ではないのだ。彼を手に入れる方法の一つが、デーリエッラがやろうとしていた手ずから作り上げた指輪を身に付けさせて契約することなのだ。


 先ほどの流れなど完全に断ち切られた中で、新たな戦いの火蓋が切って落とされる。

 初動はエレルディアの方が一瞬早かった。素早く前傾を取りながら魔術を練る。最初に必要なのは物品の転移、呼び出すのは昨日のプレゼントである指輪だ。

 紫色の宝石に驚くべき複雑かつ正確なカットを施された逸品であり、リングは優雅な幾何学的デザインを基調に魔術的な装飾が施されている。


〈アレン、悪い子ね。早く私の指輪を身に着けていればこんな面倒なことにはならなかったものを。厭わしいけれど、それも可愛い貴方の為ですもの。〉


 次いでデーリエッラも動き出す。同じく魔術を練るが転移ではない。何故なら彼女は必要な物を既に持っている。即ちプレゼントの指輪である。

 緑色の宝石にやはり高精度の加工だが対極的なカット、何よりリングは植物の図案を組み合わせた優美さをもちデザインで魔術的要素を満たしている。

 その指輪を始めから持っているため、彼女が真っ先に必要としたのは身体強化による移動速度の向上であった。魔術の発動によって速度の優位を得ることに成功する。体が軽くなり、動きに早さと力強さがでる。だが、まだ油断はできない。


〈流石の反応速度ですね。けれど、全ての状況は私に有利です。始めから手の中にある指輪に速度向上の先手。あとは油断しなければ。〉



 対してエレルディアは次の手として魔術の二重発動を選択する。一つは同じく身体強化であるが、多重発動のため効果は通常よりやや劣る。

 しかし、素体の身体能力はエレルディアの方が勝っているため、差し引きで互角に持ち込めるはずだ。

 もう一方の魔術は妨害用の爆破を仕掛けようとするが、確実な妨害には範囲攻撃が望ましいのだが、アルガルドを巻き込む可能性からそれは選べない。そこで小規模多発型の魔術を選択する。

 驚くべき判断力と魔術展開速度で組み上げると妨害魔法が起動する。


〈簡単にいくとでも思ったの。確実な足止めをして速攻を決めてあげるわ。威力はそれ程ないけれど多重射出型で発射時に照準が可能なタイプ。簡単には避けられないでしょう。〉



 デーリエッラへと襲い掛かる妨害魔術だが、初弾の魔術の輝きが着弾する地点を難なく最小限の動きでよけると爆発音がして辺りを巻き込む。殺傷力はない構成がゆえに魔術障壁で無効化しにくく、だがそれでいて足止めする効果を確実に発揮する。

 しかし、こういった妨害系を一々回避しては移動のロスが大きくなってしまう。

 次弾の発射前にデコイの魔術を完成させる。数発続く妨害魔術はデコイへと誤誘導され、上空で爆発が作動して空しく爆風の余波である風だけが虚しく吹き荒れる。

 妨害魔法をしのいだ後にステップを踏むと分身を作り出す魔術を発動する。デーリエッラが三つに分かれて、どれが本体なのか一見して分からなくなる。

 彼女は直接戦闘を得意分野としてはいないが、防御や回避などの経戦能力スキルには精通している故にこの選択をした。


〈くぅっ、初弾時のロスが痛いですね。けど、危ういところでデコイ対応が間に合いました。分身で直接妨害の予防線もできたのでまだまだです。〉



 それを見て舌打ちをするエレルディアであるが回避のステップでロスを与えたことで一定の成果を得ていた。続く手は土の魔術である。相手側の広範囲の大地へ魔術を放ち地面を沼のような極端な軟質に変化させる。

 デーリエッラの進む先にある地面は、踏めば足がめり込む悪地へと変わってしまった。このまま踏み込めば分身など関係なく次の一歩で大きなロスが出るだろう。


〈直接妨害以外もあるのよ。特に足場の悪化は対応が難しいから、速度低下は免れないでしょ。〉



 デーリエッラの対応は迅速であった。魔術で靴にスキー状の形を瞬間的に与えて、同時に魔力で帆を張って背後に風の魔術を追い風で発動する。

 極軟質になっていた地面は、まるで雪の上であるかの様にスムースな滑りをスキーに与え、暴風に近い追い風によって走る以上の加速を得ることができた。


〈逆手にとってあげましたわ。もう、アレンお兄様の近くだから有効な手はあまりないけれど、この手段であれば。〉



 今度はデーリエッラは優位を確信して今度は逆に仕掛ける。アルガルドの目の前を包むように光のカーテンを作り視界を遮る。

 さざ波のように細かく波打つ光のカーテンが囲むように現れてアルガルドを見えなくする。同時に自分にはアルガルドの動きをトレースする幻影が見えるように魔術を放っている。

 つまり、自分だけが見える有利な状況を作り上げてた。相手には最終目標のアルガルドへの視界を遮って、判断を狂わせて目標達成の精度を下げることができる。生じるロスで致命的な状況になるだろう。

 エレルディアは狙いを正確に察知して、対策に超音波探査を併用して視覚妨害を無効化するとともに対閃光の能力を使用して光の幕で目が眩まないようにする。

 喩ていうなら蝙蝠のように視覚に頼らずに動ける状態にしたのだ。


〈身体系の超感覚はマスターしているのよ。それくらいで妨害できると思って。〉



 アルガルドを包む光のカーテンに二人は同時に突入する。対策ができている二人にはロスがないが、既に相手を確認する様な余裕はないためそのまま突き進む。

 どちらもカーテンの後ろにいるアルガルドを正確に把握し素早く行動する。あとわずかの距離を飛び込むように身を乗り出し、アルガルドの手を持ち上げ薬指を特定する。

 他の指を狙ってもいいが、これだけは譲れない。


〈これで、私の勝ちが・・・〉



 指輪を構えて、正確に。そして何よりも素早く指へと滑り込ませる。相手の気配がする。わずかでも早い方が勝つ。迷うことも躊躇うこともない。


〈決まるのよ!〉


 今、勝者が決まった。


 二人は天を仰ぎ、我知らず止めていた呼吸が再開してようやく息をつくことが許された。

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