姉より優れた妹など認めない

 今こそ絶対的な断絶と共にエレルディアとデーリエッラは互いを敵として認識した。

 しかし、単純な戦闘などで勝利したとて自殺行為にしかならない結果が待ち受けていることも事実だ。

 何故なら互いはやはり姉妹という絆で結ばれているのだ。そして、相手を傷付けるということは、もう一方にあるアルガルドという最も大事な絆への重大な危険を伴うことになることは明らかだ。

 故に精神的に相手を屈服せしめなければならない。


 エレルディアは剣先を向けるが如く、攻撃的にデーリエッラを指差す。


「貴方、アレンの成長した逞しい手で握ってもらったことはあるかしら。」


 エレルディアが挑発的な視線で射貫く。デーリエッラは思わず息を呑む。


「そう、誕生日の後にアレンを私の部屋へ招いて告白したのよ。思い出すわ。その時にアレンは、私を愛に満ちた目で私を見つめ、気遣いと愛情に満ちた声、優しく力強い手で。この。」


 と一度言葉を区切り、手を掲げると突如として空中に魔術による演出効果の幻影が現れて、エレルディアの手をアルガルドの両の手が優しく包む。

 労わる様に片手で掴み、愛おしむ様にもう片手を添えて、エレルディアの手が包まれる。


「私の手と心を包んでくれたのよ。」


 幻影は飛沫のように弾け、そこから紫の光の矢が放たれてデーリエッラの胸へと突き刺さる。幻影を解き放った後に向けたエレルディアが手を伸ばした先には当然のようにアルガルドがいる。そのままアルガルドを見つめてわずかに震えて自分を抱きしめるように手を回す。

 突き刺さった光の矢は幻影でしかないはずなのにデーリエッラは思わず胸を押さえてよろめく。


〈羨ましい。でもそれくらいのことは。〉


「うぐぅっ、手を握ったことくらい私もあります。」


 デーリエッラは反論するが、エレルディアの悠然とした態度は崩れない。


〈分からない子ね。決定的な違いを教えてあげましょ。〉


「あらっそうかしら。ポイントは、アレンから進んで手を差し伸べ、情熱的かつ優しい瞳で見つめられ、この手を熱い両手に包んでもらったこと。貴方にあるかしら。」


 言葉の一区切りごとに演出効果の幻影が現れては弾け、光の矢が飛んでいく。演出時にはアルガルドがエレルディアの耳をくすぐる様に囁く声が繰り返される。

 余談だが、この演出のための幻術は、恐ろしく高度な魔術制御と大量の魔力によって行使されている。なんという無駄。なんという執念。いや妄念か。


〈無い、確かにそれは無かった。アレンお兄様は受け身だから、いつも私の方からだった。駄目よ。表情に出しては。〉



「いいでしょう。私には私のお兄様との絆があります。」


 デーリエッラとエレルディアの視線がぶつかり合う。


「では。ご経験はないかと思いますが、アレンお兄様へ膝枕をして差し上げたことはありますかしら。」


 デーリエッラは優雅にほほ笑む。


〈貴方と私の決定的な差、つまり属性を考えれば自明なこと。私にしかできないアレンお兄様の甘やかし方ですから。〉


「本日、私の手ずからの軽食をお兄様には楽しんでいただき、お褒めの言葉をいただきました。その後、ご休憩で横になられたお兄様は、私の、この膝へ、無防備に、頭を預け、お兄様は無垢な微笑みを浮かべて見上げ、私はお顔や頭を優しく撫で、その柔らかな髪を指に絡めました。お兄様は全てを私に委ねてくれますのよ。」


 負けず劣らず、一区切り毎に演出効果の幻影が浮かんでは弾けて光の矢が放たれる。はにかみながらアレルディアの頭を撫でるデーリエッラ、手を止めて見つめ合う二人は同時に微笑む。

 デーリエッラの光の矢はエレルディアとは色が異なり、緑色に煌めいていた。勿論、実像以上にアルガルドの姿と無防備で嬉し気な顔、そして見つめ合う二人が強調されている。

 デーリエッラは、うっとりとした喜悦の表情でため息を吐く。


〈食事から休憩の膝枕までの完璧な流れで、身も心もアレンお兄様を癒せるのは私なのです。〉


 エレルディアは思わず一歩後ずさりかけ、崩れそうになった上体を何事もなかったかのように立て直しながら呟く。


「ぐぅっ、中々やるじゃない。」


〈確かに私にはできない。けれど、それだけではまだまだよ。〉


 しかし、デーリエッラは怒涛の連続攻撃を仕掛ける。デーリエッラのターンが続く。



「ふふふっ、それだけではありません。他にも私はアレンお兄様のお着替えを手伝いましたの。」


 その衝撃に耐え切れず、エレルディアは呻き声をあげてしまう。


〈アレンのあられもない姿を間近で見るとは。腕はともかく、胸と足っ。それは・・・見たい、触りたい。〉


 エレルディアは我知らず震える。

 デーリエッラは突き放すかのような視線を浴びせ、敢えて一呼吸置きエレルディアの反応を楽しむ。


「ご理解いただけますでしょうか。お兄様の逞しい腕、鼓動が聞こえそうな胸、美しいおみ足、お兄様の全てを私は確認して、一つ一つ手ずからお着替えを手伝いましたの。」


 やはり、演出過剰に腕・胸・足などの演出効果の幻影が浮かんでは光の矢が放たれるが、先ほどとは違い連続して光の矢が乱れ飛ぶ。

 エレルディアはあまりの衝撃で姿勢をそのままに後ろへ引きずられる。もちろん、幻影にそんな力はない。


〈アレンお兄様の懐に入ることに関して、やはり私の方が圧倒的優位なのです。〉



「ふぐぅっ。よろしい。貴方への手加減は必要ななそうですね。これを受け止められるかしら。」


 エレルディアは俯き加減の角度から睨み、デーリエッラは受け手の懐の深さを見せつけるが如く微笑む。


「いいですわ。受けて立ちましょう。」


 エレルディアは不敵な笑みを浮かべ、言葉を放つ。


「私の誕生日の夜、私のベッドでアレンとは添い寝をしたのよ。」


 デーリエッラは何とか踏みとどまったが、その眼は驚愕に揺れているのは明らかだった。或いは、あまりの衝撃にリアクションすらままならなかったのかも知れない。


〈何ということを。何という破廉恥で強引で厚かましい。〉


 その反応にエレルディアは満足げに口元を緩める。


〈そうよ、私の様なアクティブな攻め方はあなたの属性ではできないでしょう。牽制程度の小技に揺さぶられる必要なない。決定力は常に行動と共にやってくるのよ。指を加えて見ていなさい。〉


「あの夜、私たちはお互いを確かめ合ったのよ。一つのベッドの中で感じるアレンの温かさ、手をつないだ時には脈動する熱さを感じたわ。」


 少しの間を開け、大袈裟に息を吸い込む。


「すごく心が満たされたわ。最初は昂っていた感情も少しずつ落ち着き、穏やかな温かさが残るの。それから少しづつアレンとの距離を縮める。やがて、私は有るべき姿としてアレンの腕に私の腕を絡めて安らかな眠りへと誘われた。起きてアレンが居なくなった後の喪失感ですら愛おしかったわ。だって、それは満たされていたからこそだから。」


 背景では語りを進めるにつれて進む演出効果の幻影が、ベッドの布団の中にいる二人を外から映して鼓動の演出として光が明滅する。それから徐々にベッドの布団が透けていき二人が近づき、腕を絡め合って最後にフェードアウトする。

 そこから放たれる光は大きな光の槍となってデーリエッラを貫く。

 槍を受けたデーリエッラは束の間、目の焦点が合わずに胸を押さえ全身を硬直させて震えたが、倒れそうな自分を足を踏み出して何とか支えて持ち直す。

 相変わらず、どこまでも演出だけで物理的なダメージは全くない。


〈ベッドで、一晩をお兄様と過ごす。何という、何という、羨ましさ。妬ましい。その様な手段を行使したことを後悔させて差し上げますわ。貴方はご自分の力によって自滅するのです。〉



「ふっふふふっ。私を甘く見ないでいただきませんか。」


 再びデーリエッラは強い意志を取り戻した目でゆらりと体を起こす。


「今朝方のアレンお兄様の朝の目覚ましは私がしました。お兄様は熟睡しておられて、それは無防備な様子でした。」


 デーリエッラはその時の様子を思い出しながら、例の如く演出効果で無防備なアルガルドの幻影を作り出す。


〈なに、何を言い出すの。たかだか目を覚ます程度のことをこの期に及んで持ち出して。〉


「その時、私は思ったのです。このままただ起こすだけでは勿体ないと。」


 この言葉にエレルディアは反射的に声を上げる。


「まさか、寝ている無防備なアレンに・・・」


 頷いているともそうでないとも言えるほどゆっくりと首を傾けて、視線をエレルディアへ向け、次いで幻影の無防備なアルガルドに向けるデーリエッラ。


〈この女、やったんだわ。なんて卑怯な手段を使うの。何を、どこまで・・・。〉


「ええ、勿論ただ単に起こしたのではありません。アレンお兄様の布団へと潜り込み、どれだけのことで起きるのか試しながら起こしました。」


 これを聞いたエレルディアは、歯噛みこそしたが激情を飲み下した。その様子を見たデーリエッラがもうひと押しとばかりに次の言葉を継ぐ。


「もっとも、起こす前にアレンお兄様を心行くまで堪能したのは言うまでもありません。想像できるでしょうか。それはもう、素晴らしい体験でした。」


 幻影は無防備なアルガルドのままで、敢えて想像に任せる形になっている。エレルディアは無防備なアルガルドの幻影を見つめて想像してしまったのだ。

 自分がもしその場に居たら、その様なチャンスが巡って来たらやってしまいたいことを。想像なんてしなければ良いのに。あんなことや、こんなことや、そんなことまで。



 勝敗の流れが出来上がったかに見えたその矢先、少し離れた場所で音がした。姉妹は音に気付いてそこに目を向ける。ガラガラと二人だけの空間は崩れ、いるはずのアレンを探して素早く目を走らせる。


 そこにいたのは余りのダメージに膝をついたアルガルドの姿があった。何となれば互いの攻撃は常に範囲を巻き込むものであり、アルガルドは常に範囲攻撃の渦中に曝されていたのであるから。

 二人にとっての思い出はアルガルドにとって過剰演出された恥ずかしい暴露話に他ならなかった。

 

 前のめりに倒れたアルガルドのHPは今や0である。

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