姉さんと密会と告白

 宴の間中、僕は気が気でならなかった。二人きりでの話。エルダ姉さんの蠱惑的な響きが、耳元で囁く声が何度も何度も何度も繰り返される。くすぐられる様な、それでいて焦らされる様な耳障りがまた戻ってくる。

 特に今日の姉さんはいつも以上に魅力的に見えて、姉以上の存在として意識しているではないかと自分でも感じてる。

 宴が終わっても真っ直ぐ歩けていないのではないかと思うようなフワフワした感覚で、姉さんの部屋までフラフラと歩いていく。

 辿り着くと僕は胸のドキドキを押さえるべく、深呼吸してからエルダ姉さんの部屋の扉を恐る恐るノックする。暫くして、扉がゆっくり開けられ隙間から姉さんの姿が見えてくる。

 少しイケないことをしているような気になってしまった。


「アレン、待っていたわ。」


 いつになく優しい表情で微笑んだ姉さんは、部屋着へと着替えていた。白いワンピースで着心地を優先させた地味なデザインは、普段の姉さんならあまり見せないだろう隙のある雰囲気を出している。

 さあ、と言いながら部屋の中へと案内され、部屋の中へと入ると向かい合った椅子の脇にテーブルが置かれていて、二人の間には何も挟まずに向かい合った形で椅子に座る。エルダ姉さんは二つのグラスに水を注ぎ、片方を僕の方へと渡してくれた。

 グラスを受け取った僕は軽く水を口に含み、グラスを脇に除けてあるテーブルに置く。姉さんは椅子に腰を落ち着けて同じようにテーブルにグラスを置いて、ゆっくりと僕を見つめた。

 絶対に見つめ合うであろう椅子の配置が、否応なしに二人の視線をぶつけ合う。僕はたまらなくなって、何でもいいからと声を出そうとするけど、姉さんが手を上げてそれを止める。

 僕は思わず息を止める。


「手を・・・」


 エルダ姉さんの手が僕の手を求めて伸びてくる。僕も吸い寄せられるように手を伸ばす。僕の右手が姉さんの両手に包まれる。また見つめ合い、どちらともなく息を飲み込む。姉さんの綺麗な目が瞬く。


「ありがとう、アレン。少し勇気がいる話なの。受け止めてくれるかしら。」


 いつも自信にあふれているエルダ姉さんが、こんなにも心揺さぶられているのは初めてかもしれない。僕はもう片方の手も添えて姉さんの手を包み込み心持ち握りしめ、少し身を乗り出して頷いて答えた。


「大丈夫だよ、姉さん。僕はいつでも姉さんの味方だから。」


 喩えどんな話だろうが受け止める覚悟を決めて僕は微笑み、それを受け止めた姉さんは小さく嬉しいと漏らす。

 エルダ姉さんは少し強めに手を握り返しながら話し出す。


「アレン、貴方を偽りたくなかったかったから、誰よりも先に告白しておきたいことがあるの。このままでは貴方を偽ったままの日々を過ごしてしまう。」


 それ程の秘密が姉さんに有ることには驚いたが、僕の胸は姉さんの思いやりを感じて温かくなっていくのを感じる。何よりも僕に一番最初に告白するという信頼が嬉しかった。


「今までが偽りだったわけではないのだけど、誕生日を迎えて本当の自分が分かったの。私は転生貴族のエレルディア・ツァーリンクだったの。」


 僕の頭と胸は姉さんの言葉で凍り付いたのを感じる。呼吸ができないほど思考が停止する。いや、止まっているのは世界の方だろうか。僕も姉さんも動きが止まって見える。実際に止まったのか確信が持てない。

 姉さんは言葉をさらに次ぐ。


「安心してアレン、貴方への愛は変わらないわ。むしろ・・・」


 続いて聞こえる声が、時間も世界も止まっていないことを証明しているけれど、声が耳に届いているのを感じるけれど、心がついてこない。

 僕は心の中だけで絶叫する。言葉が頭に入ってこないよ姉さん。


「今日は急に馬術や武術が上達したでしょ。あれは私が覚醒して転生前の記憶と力を取り戻したからなのよ。」


 遠い。遠いよ、姉さん。行かないで。


「それだけではないの。成人後はツァーリンク公爵へと返り咲く予定なのだけど、そんな些細なことで誤解されたくなかった。」


 へー、そんな爵位あったんですか。というか些細なことなのでせうか。


「アレンは今生の弟だし、愛しい気持ちに偽りはないの。それだけは分かって。」


 ありがとう姉さん、僕もだよ。


「驚くのも無理はないわよね。ごめんなさい、アレン。覚醒のショックで心が少し不安定で。」


 いつの間にか握り合っていた手は緩んでいた。離れた手が冷えていくようで、何ともやるせない気分になる。


「エルダ姉さん、僕は変わらないよ。」


 多分、きごちない微笑みになっているだろうけど、これが僕の精いっぱいだった。



 アレン、僕の名が姉さんの口から零れ落ち、腰を浮かせて座っている僕の方へと歩み寄ってくる。わずかに躊躇いを見せながら僕を優しく包むように抱き着いてきた。

 僕も何か壊れやすいものを包むかのように柔らかく抱きしめる。少しづつ姉さんの身体から強張りが少し抜ける。姉さんは少し身体を離して、手は僕に付けたまま目を合わせる。


「アレン、今日はわたくしの我儘を聞いてくれる。」


 いつもの姉さんなら絶対にやらない甘えるような眼差し。


「手をつないで添い寝して欲しいの。」


 えっあっあの、姉さん。


「不安なの、安心させて。」


 追い打ちをかけるように言葉を放つ。これはきっと魔法だ。昔からエルダ姉さんの頼みは断れなかった。暫く見つめられると答えずにはいられなくなり、すっかり魔法のかかってしまった僕は折れた。


 まったく、人払いしているのには気付いていたけど、内密な話どころじゃなかった。

 エルダ姉さんのベッドに先に入ると凄くいい匂いがする。少し離れても二人で寝ても余裕のある大きさだ。姉さんもベッドに入ると首だけで向き直って見つめ合う。自然に二人で手をつないで寝るために上を向いた。

 つないだ手は武術をしているのに繊細な女性らしらがあって、そのままジッとしていると姉さんの髪の匂いがふわりと僕の元へ漂ってくる。

 手をつなぐだけじゃないの?ジワジワと近付いてくるよ。それで腕搦めてきたよ。あっダメ姉さん、当たってる、当たってるから。

 結局は全然寝れないまま過ごして、朝方早めに抜け出して自分の部屋で寝なおした。

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