転生貴族って何ですか?

 動かないのにあそこまで体力を消費するとは思わなかった。

 何とか早朝に抜け出して短い睡眠時間を確保した僕は、そんな状態にもかかわらず周囲からは寝坊したようにしか見えなかった。誕生日に興奮しすぎたってことで大目に見てもらえないかな。

 そう、今日は僕の12歳の誕生日なのである。実際楽しみにしていたけれど、昨日のショックから立ち直り切れていない。


 姉さんは今日軽めの座学と自習がメインで晩餐まではあまり一緒にいる時間がない。おそらく僕の気持ちが整理できるように時間をくれているのではないかと思っている。

 僕とデリラは魔術関連の座学と実習の予定なので、いっそ勉強に集中して気分転換を図ろうかと考えた。


 朝、出遅れた僕は着替えてから簡単な朝食をつまみ、魔術の教師の待つ部屋へと移動した。


「アレン兄さん、おはようございます。」


 いつものデリラの挨拶で、何事もない日常へと回帰できる。昨日の夜の出来事はひょっとしたら夢じゃなかったのかと思うほどだ。

 けれど、夢にしては僕の想像力をはるかに上回る内容で、記憶が生々しすぎる。エルダ姉さんと顔を合わせた時にどういう反応をしていいのだろう。


「おはよう、デリラ。」


 頭の中でグルグルと悩みながらもいつも通りの返事をする。


「お疲れですか?それとも何か悩みでも。」


 こういう時ににデリラは良く気付く。誤魔化しきれる自信はないし、実際無理だろう。


「ほら、12歳になったらと色々と考え始めると少し寝ずらくて、気疲れしてしまったんだよ。」


 それだけではないけど、嘘はないから大丈夫だろう。


「アレン兄さん。一人で悩まないでくださいね。私にできることなら何でもしますから。」


 デリラは僕の悩みに敏感で、そうした時にはよく話し合った。そっとしておいて欲しい時には、最低限の声をかけて見守ってくれたり、今まで心地のいい距離感で僕を支えてくれた。でも、成人したらいつかデリラは嫁いで他の家に行ってしまうのだな。

 少し気の早い想像をして寂しい気分を味わう。その頃にはきっと美しく成長しているのだろうな。デリラを娶る相手は幸せだろう。


「いつもありがとう。大丈夫だよ。いつまでも頼ってばかりはいられないからね。」


「アレン兄さん、いつまでも私たちは家族ですわ。」


 ずっと続きそうな気配を察して、先生が咳払いをする。


「あっ。先生、今日もよろしくお願いします。」


 基礎課程から初級を終えて、今学んでいるのは中級になっている。提携から離れて色々な要素を幅広くコントロールし、効果の複合なども含む一番実践的な学習内容だ。

 一般的に魔術を職業的に使えるレベルはこの中級魔術を修めることが基準となっている。上級魔術は実用範囲から離れて複雑で学術的要素が大きいため、専門の研究を目指すことがなければ必要とされない。


「重要なのは事象を正確に把握し、魔力を注ぐ点を理解し、精度と速度をもって行使することです。では、目的別に考えてみましょう。もっとも役立つ魔法の使用方法に移動手段の強化があります。どのような手段で強化可能でしょうか。」


「そうですね。身体強化で速度を上げたり、疲労回復でペースを維持したり、足場を改善するとかですか。」


「あと、向かい風の緩和や追い風にしたりする風関係の制御は船だと特に重要ですね。」


 僕に続いてデリラが意見を言う。


「なかなか良い意見ですね。その際に重要なのは現場において、どの手段を実行することができ効果的かという視点です。過去の事例を知り、そうしたイメージを・・・・」


 今日の授業は移動の魔術を軸に続く。

 4大元素という考え方があるけど、魔力が別々にあるわけじゃないのに向き不向きができるのは、事象に対するイメージの問題らしい。教育や経験で補ったり向上できる要素はあるけど、先天的な要素はばかにならない。幼少期の教育が重要だとか、生まれもってのものだとか色々な議論があり決着はついていない。

 ちなみに僕は突出した天才的なセンスはないが、苦手らしい苦手な系統はない。エルダ姉さんは一通りできるんだけど、アクティブな要素に適性が偏りがちで、デリラは逆に回復や補助的な要素が得意だ。三つ子なのに個性が分かれるものだ。

 とはいえ、12歳にして三人とも既に一人前の武術と魔術を修めているので、世間的には十分な才能をもっていると評価されるだろう自覚はある。


 授業は実践編になって、外で魔術を使った長距離走を試すことになった。


「身体強化は基礎値が高い僕の方が有利だよね。」


「回復なら私の方が上手い自信があります。」


「足場はスポット的に対応する内容だから、今回は使えないね。」


「風は追い風にすると多少有利ですけど、二人とも近くにいたら意味ないですね。自分だけだとかなり繊細なコントロールが必要ですので、効果的には使えないでしょう。」


 確かにその通りだろう。


 そんなこんなで実際に走って競争してみた。勝ったのは僕なんだけど褒められているのはデリラだった。えっ何で?って思ったんだけど理由を聞いて納得だった。


「気付いたと思いますが、走りながら回復するというのは非常に高等な技術がいります。デーリエッラ様は走りながらの回復を実践していました。その上、身体強化と風のコントロールを同時に行うという非常に難しいことまでやっていたのです。」


「僕は早々に諦めて身体強化に絞ったから勝てたけど、チャレンジとしてはデリラの方が凄かったってことか。」


 素直にデリラの技術に感心した。確かにこれは魔術の授業だから結果よりも技術的なことが重要なだろう。


「勝ったのはアレン兄さんだから、兄さんの判断は正しいわ。私は中途半端にできたからどっちつかずになってた。」


「お二人とも間違ってはないのです。可能性ではデーリエッラ様、結果の出し方はアルガルド様が優れていました。其々に学びがあり、教師としては満足いく結果で嬉しく思います。本日はここまでといたします。」


 僕は気になっていたことを聞いてみることにした。


「先生は転生貴族についてご存知ですか?」


 エルダ姉さんがそうだったという転生貴族は、ほとんど伝説上の存在と言っていい。実在するのは知っているが貴族でも会うことがなくて当たり前の存在だからだ。

 だから、噂ばかりが先行して話の上の存在としてばかり知られた実態がわからない英雄のような人。

 僕の質問にデリラは不思議な顔をしていた。


「転生貴族ですか。あまり多くのことは知らないのですが。そうですね。前世の記憶と力を受け継ぐ転生者と呼ばれる人達がいることはご存知ですよね。」


「はい。」


「転生者は非常に強力な力や知識を持っています。その力は転生する度に強力になり常人には到達できない高みに至ります。その中でも特に強力な存在に対して国々は放置できなかったので、特別な爵位を与えて同盟関係を結びました。

 一説によれば個人で一軍に匹敵するとまで言われている転生貴族と主従ではなく同盟関係というのが面白いですね。

 ただこれは、個別のケースで違うらしいです。与えられる爵位は大抵の場合は公爵で、継承者は転生した当人で血族が引き継ぐことはできない。そういった非常に特殊な爵位です。」


「何か特権とかあるんですか。」


「土地も報酬も無いようですが、王と直接交渉できる権利があります。

 彼らの権威は公爵といった名目以上に何代も前から自身が直接影響力を行使してきたことで成り立っているようです。

 実力もさることながら、堂々と名乗っている珍しい転生者なので逸話に事欠かないので歌や芝居のネタにされやすいので、調べてみると面白いですよ。」




 転生貴族の話が聞けて良かった。お蔭で幾らか頭の中を整理して考えることができそうだ。

 エルダ姉さんは転生貴族だったけど僕との個人的な関係はたぶん変わっていないはず。というか妙に近づいてしまっているのは気のせいだろうか。

 とりあえず、切り替えて晩餐での再会に備えよう。


「デリラ、かなり汗もかいただろうから、汗を流してから昼食にしようよ。」


 デリラを見ると運動で上気した姿にいつもと違う雰囲気を感じる。キラリと光る汗と可憐な雰囲気をまとったデリラが振り返る様子を思わず見つめてしまう。いや、デリラはいつも通り可愛いだけなはずだ。


「どうしたんですか。アレン兄さん。」


 思わず反射的に身を強張らせる。


「何でもないよ、さあ行こうか。」


 エルダ姉さんの変化に影響されて、デリラまで意識してしまっているのだろうか。

 

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