始まりは姉さんの誕生日

 話を戻して考えよう。

 エレルディア姉さん12歳の誕生日、今考えればこの日からおかしかったのだ。


 いつも通りの日常だけど、僕らが夢中になっている乗馬の訓練の比重が高かった。理由は10歳になった時に自分の馬をもらって、12歳の成人になったら一人前に愛馬を乗りこなしたいという思いがあったからだ。実際だいぶ上手くなったし、愛馬とも通じ合えるようになってきている。

 三つ子は全員そう思っていたから、みんなで一緒に遠乗りをする機会も増えて余計に馬との付き合いが深くなっていった。姉さんの誕生日の今日も三人で出かけていた。

 凄く楽しかったし充実していたのだけど、気になったことがあった。エルダ姉さんの上達がここに来て極まってきている。今日が姉さんの誕生日だから気合が入っているとかいうレベルではない。何かにとり憑かれた別人のようにレベルが一気に上がった。

 もともと相性の良い組み合わせで、姉さんが気にしないといけないのはペース配分とか人間側が注意しないといけけない点ばかりだったのだけれど、今まであった乗馬時のロスや迷いが今日は全然なかった。

 まるでエルダ姉さんの感じるように馬が感じ、馬が思うように姉さんが思っているようだった。


「エルダ姉さん。 今日は凄いね。人馬一体の境地でも掴んだのかい。」


 僕が興奮気味に声をかけるとエルダ姉さんは意外なほど落ち着いた声で返事をしてくれた。


「色々分かったことがあるの。アレンにも今度教えてあげるわ。」


 気のせいか微笑み方すら大人の余裕を感じる。この時は乗馬が上手くなった余裕が姉さんを大きく見せているのだと思っていた。


「アレン、後で武術の方でも手合わせしましょう。」


 驚いていたのは僕だけじゃなくて、デリラも目を丸くしていた。エルダ姉さんは出発の合図を出して、僕たちも頷いてそれに続く。


 武術の訓練場でのエルダ姉さんの調子の良さが続く。いや、調子が良いどころではなくて、明らかに何段階も上の存在になっていた。それは手合わせの時に身をもって知ることになる。

 僕は一番得意な槍を持ち、姉さんも同じように槍を持っての馬上形式の手合せをする。昔とは違い身体的な成長ではエルダ姉さんを上回ったと思っていたが、この日は全く通用しなかった。


 遠乗りの時から感じていた馬の扱いの上手さに舌を巻き、間合いはエルダ姉さんの優位を崩せない。馬と僕の体の高さで若干の打ち下すことによる高さの優位があるのに勢いはすべて綺麗に流される。

 いや、それどころか僕は簡単に隙を見せて付け込まれるのだ。たぶん何時でも決まり手を叩き込めたのにエルダ姉さんは試すかのように僕に全ての手を尽くすよう誘導する。

 敗北を決定づけた三手攻めが圧巻で、一手毎に僕の自信のあったはずの戦いの構えが崩され、二手目には馬上でのバランスさえ危うくなり、最後にはただの標的になっていく。いつもなら出てくるはずの悔しいとかそういう思いすら浮かばなかった。一体どうしたっていうんだ、というのが僕の叫びたいことだった。思わず呻いてしまった。


「アレン、単に今日の私が凄かっただけよ。」

 姉さんは堂々と言う。最近はいい勝負に持ち込んでいたのに僕の心はへし折れそうだ。

 デリラも最初は姉さん凄いと言っていたのにいつの間にか姉さん狡いと言っていた。

 前からエルダ姉さんは、ここぞという時や覚悟を決めた時に強さを発揮するタイプだったけど、今日の出来が本当に凄すぎて別格な強さで畏敬の念すら覚えた。

 うっかり、姉さんの旦那は大変だなぁなんて、暢気なことをその時は思っていたけど、ギリギリ声には出さなかった。


「ねえ、デリラ。今日のエルダ姉さんは凄すぎて悔しさとかいうのを通り越していっそ憧れるよ。僕もついて行きたいと思っているけど、半面ではついて行けない不安も感じるんだよね。」


 こういう時にデリラには弱音を吐きやすい。


「ねえ、アレン兄さん。不安に思う気持ちも分かります。ですけど、私は兄さんを支えます。姉さんがどれだけの高さに達するかは分からないけど、許される限り支えるから、一人で悩まないで下さい。」


 僕はデリラの手を取り、手の暖か味と信頼を確かめ合う。


「ちょっと、今日の主役は私よ。アレンは心配しなくても私が何とかしてあげるんだから。」


 僕の手を奪って姉さんが慰めてくれた。少し拗ねた表情が大人っぽく見せていた姉さんを等身大に戻してくれる。それを見て少し安心してしまう僕はちょっと情けないかもしれない。


「そろそろ、晩餐の時間ですよ。戻りましょう。」

 頷いて返事をし、みんなで屋敷へと戻っていく。


 今日からの三日間は恒例の三つ子の誕生日だから晩餐と言いながらもちょっとした宴が続く。今年は後日に成人のお披露目を行う予定だから、例年とは比較にならない濃密なスケジュールが続く予定になっている。


 この日のエルダ姉さんは大人っぽい深い色合いなワインレッドのロングドレスを誂えていた。アクセサリーは比較的シンプルなクリア系の宝石や瞳と合わせた紫色の宝石や貴石を使用して姉さんを引き立てるようにしている。

 最近の姉さんの体の成長具合もあってドキッとするほどの色気が出てる。高めのヒールと相まって実際以上の見上げるような角度を感じさせて魅せる。

 成人のお披露目する前の慣らしを兼ねているにしても本気度が高すぎて、僕らを魅了してやまない。今日は晩餐のテーブルまでエスコートするように頼まれていたのだけれど、思わず横をチラ見してしまう始末だ。


「今日のエルダ姉さんは、今までで一番輝いているよ。綺麗だ。」


 エルダ姉さんの腕を僕の腕に絡ませながら。


「ありがとう。嬉しいわ。アレンこそ、そんな言葉をかけてくれるなんて、日に日に男らしくなっていくのね。」


 二人で目を見合わせて微笑み、僕の心はトロトロに溶かされたままにエスコートの歩みを踏み出す。

 部屋へとエルダ姉さんを主賓席へエスコートして行く間、綺麗になった、美しい等々の皆が口々に愛しさを声に出して炸裂させる。

 姉妹は凄く似ているけれどエルダ姉さんを分類するならやはり綺麗系なのだ。こんなに似ているのにデリラが可愛い系と対極な雰囲気を持つのは不思議だ。

 エスコートしながら姉さんの胸が腕を掠めるのが嬉しいけど、一方で理性がそれを喜んでいいのかと叫び声を上げる。でも、それはそれとして良いんじゃないかなぁとの甘い囁きがその後に続く。

 主賓席にエルダ姉さんが辿り着くとみんなが祝福の言葉を掛ける。


「誕生日おめでとう。」

 エルダ姉さんの笑顔が艶やかに大輪の花を咲かせる。僕らもその笑顔に答える。


 席について落ち着くと次はプレゼントだ。

 父上が秘蔵していたエルダ姉さんの生まれ年に醸造されたワインが開封される。これはきっと僕とデリラの分もあるに違いない。今日のワインは樽の香りが芳醇で果実の凝縮感のあるフルボティ系、個性を強調しながらもエレガントな強すぎない素晴らしい余韻のある味わいだった。今日の姉さんが好む料理を主軸にした食事との相性も抜群だ。

 父上と母上のプレゼントは、この生まれ年のワインを1ダースにドレスと宝飾品だった。ワインを譲る旨を書いた書面と一緒に花束として渡された。 僕がプレゼントしたのは猪の革で作られた手袋で、黒と茶の組み合わせで作られた少し野性的な雰囲気の混じったデザインなので乗馬や狩野時に使ってもらうのをイメージしている。

 妹のデリラからのプレゼントは繊細なレースで編まれた飾り布で、多分デリラが手ずから編んだものだと思う。


「みんな、ありがとう。」


 一つずつ受け取り礼を言い、最後に姉さんがプレゼントを抱えながら改めて礼を言う。何度でもいうけど、今日の姉さんは輝いている。

 この宴の中のエスコート前にエルダ姉さんが僕に耳打ちした言葉が甦る。


「アレン、二人きりで話がしたいの。あとで私の部屋へきて。」


 頭の中で言葉が繰り返される。

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