第042次元 君を待つ木花19

 

 ローノから送られてくる定期報告書を入念に読みこんでいたというセブンだが、彼が確認したかったのはローノの現状ではないと、ロクアンズは断言した。

 幼なじみのセブンとフィラは13年前、ともにベルク村を飛び出し此花隊に入隊した。しかしセブンは本部、フィラはローノ支部に配属となり、以来2人は疎遠になっていた。セブンはローノにいるフィラのことが気になっているからこそ報告書を読んでいるのだ。ロクはこくこくと、1人で何度も頷いた。

 当然、セブンとフィラの関係を知らないコルドは首を傾げた。


 「逆というのはなんのことだ。ロク、1人で盛り上がらないで俺にもわかるように説明してくれ」

 「えっとね、うーん……つまり~……」


 セブンとフィラのことを説明するのには、一言や二言では足りない。コルドはベルク村で起こったことをフィラの口から聞いてはいたが、あくまでも断片的にだ。そこにセブンの名前は出されていなかった。

 一から説明したい気持ちもやまやまだがその手のことが大の苦手であるロクは案の定すべての過程をかなぐり捨て、極論を述べた。


 「コルド副班、フィラさんが戦闘部班に入ってくれたらうれしいよね!?」

 「な、なんだ急に。まあ、それはもちろん願ってもないことだが。班長も言っていたよ。各支部にいる次元師たちに声をかけているところだ、ってな。だがそもそも世界に100人しかいない次元師がどれくらいの数此花隊にいるのかと聞かれれば、難しい問題だ。あの人が異動してくれたら班長もお喜びになるだろう」

 「だよね! よ~しっ。コルド副班、2人でフィラさんを説得しよう!」

 「よし。そういうことなら俺も協力しよう」


 ロクアンズとコルドは結託し、まっさらな報告書を置き去りにして資料室を出た。談話スペースにいるフィラのもとへと急ぐ。

 フィラは、腰掛けで横になって寝ているレトヴェールのそばについていた。


 「フィラさんっ」

 「あら。おかえりなさい。どうかした?」

 「あのねフィラさん、あたしどうしてもフィラさんに戦闘部班に入ってほしいんだ」

 「え? ええ……。それは考えて……」

 「戦闘部班は立ち上がったばかりで、班員も少ないんです。各支部にいる次元師に声をかけているところですが結果は芳しくありません」

 「立ち上がったばかり……そういえば、今年の初め頃から活動されているんでしたよね」


 噂を耳にした程度だったフィラは何の気なしに聞き返した。


 「ええ、そうなんです。戦闘部班の班長と総隊長様の類まれなるご尽力のおかげで、今年から。特に、十何年という時間の中寝る間も惜しんで政府にかけ合ってきたセブ」

 「わあああっ!」


 握りこぶしをたたえ熱をこめて語り出したコルドを制するように、ロクは彼のコートの裾を引っ張った。伸びる衣服につられてコルドはたたらを踏んだ。

 ロクはできるだけ声をひそめて、コルドに耳打ちした。


 「だめだよコルド副班! セブン班長の名前出しちゃ」

 「え、そうなのか? お前がさっきしきりにセブン班長セブン班長って言ってたから、てっきり2人に関係があるのかと思って俺は……」

 「だからだよっ! まったく、これだからコルド副班は。わかってないなあっ」

 「な、なんだと?」


 コルドは眉をぴくりとしかめた。まだ年端もいかないロクに、男女のことがわかっていないと言われたような気がしたコルドは、ロクの襟元にある分厚いフードを掴んで持ち上げた。足がわずかに浮き、ロクは慌ててつま先で宙を掻いた。


 「うっわわ! こ、コルド副班!?」

 「報告書を書くのを忘れていたな。手伝え」

 「ええ~! 急!」

 「いいから行くぞ!」


 フードを引っ張られ連行されていく姿を呆然と見送っていたフィラに向かって、ロクは叫んだ。


 「ふ、フィラさん、またあとでね! 戦闘部班の班長さんに、いっしょにあいさつ行こうねー!」


 ロクの姿が視界から消えてなくなると、フィラはぽつりと呟いた。


 「……本部、か……」


 もう二度と訪れることはないと思っていた。ともに故郷を飛び出してくれた幼なじみと離れ離れになってしまった場所でもある。そしていま、彼は、どういう顔になっていてどう毎日を過ごしているのだろうか。

 フィラはすぐに顔を横に振った。13年という時間の厚さを感じ取ってしまっただけで、虚しく思えてきたからだ。

 

 

 

 ローノを出発して、半日が経過した。エントリアの街並みにはほんのりと橙が差している。もうすぐ夕刻を迎えるという頃に、ロクたち4人は此花隊本部の門をくぐった。ヴィース、リリアン、リリエンの3人はローノ支部に引き渡したため、4人で戻ってくるという形になった。

 レトヴェールはというと、いまだ目を覚まさないという状態が続いていて、コルドの背中で大人しくしていた。到着してすぐ医務室で休ませることになった。

 医務室の扉を閉め、3人は長廊下へと出る。いまいる場所は中央棟の2階だ。3人は、戦闘部班の班長室がある東棟へ向けて歩きだしていた。


 「ねえロクちゃん、戦闘部班の班長ってどんなお方?」

 「えっ」


 フィラは純粋に知りたがっているようだったが、ロクにとってそれは核心を突く質問だった。ロクは目を泳がせ、しどろもどろになりながら答えた。


 「え、えっとね~……うーんと……や、やさしい、人!」

 「そう。優しいお方なのね」

 「う、うん……。たま~に抜けてるけど」

 「そうなの?」

 「うん。あとね、班長室入ったら、居眠りしてることもあるんだ~」

 「まあ」

 「でもほんとにいい人だよ。あたしやレトのこと、子どもだってバカにしたりしないし、すっごい面倒見てくれる。次元師を戦争の道具にしないためだからって国の上の人たちは次元師の集団をつくるのをだめにしたでしょ? でも班長は、次元師をちゃんと育てるんだって、仲間をつくるんだって、そう思って立ち上げたんだって。ここに入るときに班長がそう言ってたんだ」

 「そう……素敵な人ね」

 「……。班長はいい人だよ。フィラさんも、会えばきっとすぐにわかるよっ」

 「ええ。お会いするのが楽しみだわ」


 中央棟と東棟を繋いでいる長い通路を渡り、3人は東棟に足を踏み入れた。階段を昇り、『班長室』と明記されている部屋の前までやってくる。すると、ロクはそわそわしながらコルドのほうを見やった。が、彼がいつもの真面目顔を据えて突っ立っていたので、見かねたロクはわざとらしく「あ!」と大きく声をあげた。


 「そういえば~、今日のこの時間って、班長は部屋にいないとかなんとか言ってなかったっけ~? ねえ、コルド副班?」

 「え? ……あ、ああ! そうだそうだ~。忘れてたよ。いまは会議の時間で、班長はいないんだったー」

 「そうなんですか? じゃあ、また改めて」

 「や! すぐ戻るよ班長! もうすぐ終わるはずだから! ねっ、コルド副班!」

 「そ、そそ、そうだなロク! ということでフィラさん、どうぞ部屋の中でお待ちください。俺たちが行って、班長にお伝えしてきますので」

 「え? そ、そうですか?」

 「ええ。なのでどうぞ、中へ。あ、ついでに今回のことを書いたこの報告書を、班長の机の上に置いておいてくれませんか」

 「はあ……」


 なかば無理やり書類を持たされ、フィラは班長室の中へと押しこまれた。扉を閉めてから、はあ、と一息つくコルドに対してロクは小さな声で叱責を浴びせた。


 「コルド副班! ローノを出る前にちゃんと話し合いしたのに! もー!」

 「ちゃ、ちゃんとできたんだからいいだろう。それに班長が会議のときを狙おうって提案したのは俺だぞ」

 「……うん。たしかにそうだ。あとは班長がちゃんと戻ってくるかどうか、どこかから見守っとかないと」

 「本当に、2人きりにできるだろうか」

 「できるよ! あたしたちがここまでやったんだもん。ぜったい成功するって!」


 廊下の突き当たりにある階段から2人は身を乗り出して、様子を伺っていた。逸る心を抑えながら、セブンの登場を今か今かと待ち構えていた2人の真横を、

 人影が過ぎった。


 「……え?」


 その人物は、班長室に向かって歩いていた。



 室内で1人、フィラは棒のように立ったまま辺りをきょろきょろと見渡していた。壁沿いには本棚がずらりと並べられている。部屋の扉と向かい合うように、班長の仕事場であろう長机が奥の窓際に置かれていた。フィラは、手に持っていた報告書を机の上に置こうと動きだした。

 机の上には筆やら書類やらが散漫していた。整理する時間がないのだろうか。それとも整理する能力が欠けているのだろうか。フィラは、ロクから聞いた「たまに抜けている」という言葉を思い出し、後者かなと小さく笑った。

 机の左側には紙束が山のように積まれている。フィラはふいに、その山に目をやった。その山の一番上にあった書面は、ローノの報告文だった。


 「ローノの報告書だわ。ひと月前のものね。……あら? 下にあるのは半年前のものね。こっちは……1年以上前のだわ。なんでこんなにバラつきがあるのかしら」


 定期報告書はひと月ごとに作成される。ローノの情勢を確認したいのであれば少なくとも直近の数か月のものに目を通すはずだが、ここにある書類のまとめ方、およびその内容はまちまちで、なんの目的で搔い摘まれたものだかフィラにはさっぱりわからなかった。

 しかし、そのどれもに、自分が書いた報告文が載っていることに気がついた。


 「これ、ぜんぶ、私が書いた文章が載ってる……?」


 そのときだった。

 ギィ、と扉を開く音がした。

 

 フィラは振り返った。班長室の扉を押し開け、中へ入ってきたその人物は──


 「……え……」


 入り口の上部にぶつかってしまうのを避けるためか、高い位置にある白頭をすこし下げていた。いままでに出会った男性の中では群を抜いて背丈が高い。その上、体格は暴れ馬を悠に手懐けられそうなほどがっしりしていた。隊服の袖に腕を通さずただ両肩に引っかけているだけの彼は、毅然とした態度で班長室へと足を踏み入れた。

 彼はフィラを視認した。


 「おじい、……総隊長」


 ラッドウール・ボキシス。此花隊の総隊長という責務を背負うその男の視線から、フィラは一瞬で逃れられなくなった。

 

 

 

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