第040次元 君を待つ木花17
村に戻るとすでに村人たちは寝静まっていて、聞こえてくるのは夜虫の鳴き声だけだった。手元の暗い中でもフィラはさすがの身のこなしでロクアンズとレトヴェールに治療を施した。もとより疲労で眠り続けているレト同様に、ロクも施しを受けてすぐに眠りについた。
翌日。ロクは村人たちを連れて湖へと向かった。
広大な湖をその目にした村人たちは歓喜に身を震わせていた。お互いを抱きしめ合い、涙を流し、湖の水を飲んだり浴びたりし、「白蛇様」と唱えている者もいた。
はしゃぎ回る村人たちの姿をロクは嬉しそうに眺めていた。するとロクのもとに村人たちがどっと押し寄せてきて、各々が感謝の言葉を述べた。
「ありがとう! ありがとう!」
「あなたたちのおかげよ」
「本当にありがとう!」
「ありがとう、じげんしさま!」
ロクは照れ臭いように頬を掻いて、「どういたしまして!」と満面の笑みで返した。
レトはいうと、いまだ床の上で眠り続けていた。昨日の戦闘で負った傷が癒えないのと身体を酷使しすぎた結果だろうと、フィラがレトの様子を伺いながら言った。
「ロクアンズちゃんはもう元気そうね」
「うん! あたしは1日寝たら、元気になった!」
「ふふっ。それはよかったわ」
「お前はそこだけが取り柄みたいなところあるもんな」
「そ、そんなことないよコルド副班! だってあたし、昨日六元の扉を開くことができたんだよ! ね、すごいでしょ!」
「そうだったのか。みるみるうちに成長していくな、お前。置いていかれそうだ」
「へへ。コルド副班なんかこてんぱんにできるくらい強くなるんだもんね~」
「頼もしくてなによりだ」
果実の絞り汁を湯で溶かしたものを口にしながら、コルドが「そうだ」と話題を切り替えた。
「挨拶を済ませたら村をあとにするぞ、ロク。ローノに下るのにも時間がかかるし、そこから本部へ戻る道も長い。しばらく本部を空けたからな。さすがに説教だけじゃ済まされなくなってくる」
「そっか。さびしいけどしょうがないね」
「また来れる機会がきっと来るさ」
「うん。そうだよね!」
身支度を済ませたロク、フィラ、そして眠っているレトを背負ったコルドの4人は、ヴィースら3人を連れ、見送りに集まった村人たちと別れの挨拶を交わしていた。
「それでは皆さん、どうかお元気で」
「ありがとう! じげんしさま!」
「よかったらまたきてね」
「うん、また来るよ! みんなも元気でね!」
村人たちの群れの先頭にいたツヅが、小さな体躯を丁寧に折り曲げて言った。
「ほんとに、ありがとうございましたで、このごおんはいっしょう、わすれられません」
「こちらこそだよ。あたし、ここに来れて本当によかった。ありがとうツヅさん」
「そんな。とんでもありません」
「おばあちゃん。また会えなくなっちゃうけど、どうか元気でね」
「フィラ。げんきでやるんだよ。白蛇様もウメ様もきっとあんたをみまもっていてくださる。もちろんわたしたちベルクの民も、みんな」
「……ありがとう」
「おれいのしなとしてはとおくおよびませんけれど、わたしたちのせいいっぱいのきもちでして、どうかうけとってください」
ツヅがそう言うと、群がりの中にいた村人の2人が大きな樽を持ってロクたちの前までやってきた。
「このむらでつくっていたおさけです。ろくあんずさまがたにはまだおはやいしろものですが、どうぞみなさんでめしあがってください」
「え? いいんですか、こんな貴重なものを……。他所ではかなりの値を張る代物だとお聞きしましたが」
「いいんです。わたしたちは、おかねいじょうにかちのあるものをいただきました。これくらいのものしかおわたしできませんで、せめてものきもちです」
「そうですか。それではありがたく頂戴いたします、ツヅ村長殿」
コルドがそう言って頭を下げる。と、ツヅは一度だけ後ろを振り返り、村人たちの群れを一瞥した。そしてまたロクたちを見上げる。
ツヅは身を屈め、片方の膝だけを立てた。するとほぼ同時に村人たちも一斉に同じ体勢をとった。立てた膝の上で両手を重ねる。
「じげんしさまがたに、白蛇様のご加護があらんことを」
臙脂色の頭が一同に伏した。ロクは身が震えるのを感じ、この光景を忘れないようにと瞼の裏に熱く焼きつけた。
「うん! またねっ!」
そうして、ロクたち一行はベルク村をあとにした。
村からローノへ戻るのにその近道を知っているというフィラを筆頭に、ロクたち一行は順調に山を下っていた。
途中、フィラからこんな提案があった。
「巳梅に乗って下れば自分たちで歩くこともないし、すぐにローノに到着できると思うけどそうしましょうか?」
「ううん。あたしは歩きでいいや」
「どうして?」
「この山の感じを覚えておきたいんだ。土がどんなだったとか、草木の匂いとか、そういうの。忘れないように」
「……。そう。でもわかるわその気持ち。13年前、私もそう思いながらこの山を下ったもの」
フィラが懐かしむように言った。フィラの提案を断ったロクだったが、彼女はすぐに「あ」と声をあげた。ベルク村の住人たちから礼として賜った酒の大樽を持つ担当をしていたロクは、「じゃあこの樽をお願いしてもいい?」とちゃっかり前言撤回をしたのだ。フィラは笑って、「ええ」と快諾した。
翌日、正午に差しかかる頃。驚くべき早さでローノの町へと到着したロクたち一行は、支部の隊員たちを仰天させた。
理由はもちろん、その早さではない。数日前、ベルク村という辺鄙な土地に向かったロクとレトに対し「どうせ戻ってこられるわけがない」と支部の隊員たちは嘲笑していた。その発言にコルドは反感を抱き、「2人が無事に帰還できたら、ベルク村の事態を軽視していたことを認めるか」と提案していたのだった。
支部の門を叩くなり、コルドは挨拶をした。
「お久しぶりです、援助部班副班長殿。戦闘部班一同、無事に帰還致しました」
「……。これはこれは、ご無事でしたかコルド副班長殿。さぞ、大変でしたでしょうな。山の中で行き倒れでもしていたんでしょう? その2人は。それをこうして連れて戻ってくるなどと」
「なにを仰られているのかわかりませんが、この2人はベルク村におりましたよ。そしてそこで村の住人たちと触れ合い、問題を解消し、こうして無事に戻ってきたのです」
「問題だと? でたらめを申さないでいただきたい。次元師様としての尊厳を保ちたい気持ちもわかりますが」
「そうですか。それでは残念ですが、こちらは差し上げられませんね。せっかく皆さんにも振る舞って差し上げようかと思っていたのですが」
「は? なにを」
コルドがちらっと目配せした先にはロクがいた。ロクはそれに凭れかかっていた身体を起こし、両手でその側面を挟み持ちあげると、支部の隊員たちの目の前にドンとその大樽を置いた。
「ひっ!」
「お酒だよっ。あなたたちが話してた、超おいしいっていうウワサのお酒!」
「……」
「あちらにはベルク村の領主、ヴィースを含める3名を拘束して待機させています。本人たちにはすでに政府までの同行の許可を得ています」
「あ、ああ……」
「認めてくださいますね? あなた方の過失も、この子たちの勇気ある行動も」
コルドの気迫に押されたのか、支部の責任者である男はがっくりと項垂れて「ああ」とだけ言った。
支部の隊員たちがヴィース、リリアン、リリエンの3人の保護に出るのと入れ替わるように、ロクたち4人の次元師が支部の施設内へと足を踏み入れた。
入ってすぐのところにある広い談話スペースの腰掛けにレトは寝かせられた。フィラはというと、持ち運び用の肩掛けバッグを下ろし、中に詰めこんでいた薬品類を丁寧に取り出していた。談話スペースの一角に大きな薬品棚が置かれていて、そこに1つ1つ戻していく。
「棚にあるの、ぜんぶフィラさんの?」
「そうよ。ここの支部は広くないから実験用のものも上のほうに置いてあるの。それに自分で調合したりもするから、私しか扱っていないわ。この支部では私が唯一の医療部班だしね」
「フィラさんはどうして医療部班に入ろうと思ったの?」
「もともと好きだったのよ。こういうことをするのがね。村にいたときから新しい薬草を見つけては、どういう効能があるのかとか自分なりに調べたりしていたわ。だれも解き明かしたことのない難病の治療法を見つけることが夢なの」
「へえ……。そっかあ」
ロクは残念だとでも言いたげに、すこしだけ口を尖らせた。
「ねえフィラさん」
「なあに?」
「あたし、フィラさんに戦闘部班に入ってほしい」
フィラが目をまるくする。ロクはそれを気には留めずに、早口で捲し立てた。
「だってフィラさん、これからも『巳梅』といっしょに戦いたいってそう思ったんでしょ? それならこっちに来ようよ! ……ここの支部で医療部班はフィラさんだけだし、夢もあるって言ってたから、そんなカンタンなことじゃないかもだけど……でも、でもきっと本部にいたらもっとたくさん研究できるよ! ここより大きいし、道具とかもいっぱいあるよ! だからフィラさん」
「……」
「戦闘部班で、本部でいっしょに戦おうよ!」
フィラは固く口を結んでいた。ロクは、フィラの様子がおかしいことにようやく気がついた。
「フィラさん?」
「……そう、ね。戦闘部班には入れるかもしれないわ。でもごめんなさい、本部には行けないの」
「どうして? ここで1人の医療部班だから? だったらほかのとこにいる人と交代したっていいんじゃないかな? だってフィラさんは次元師なんだよ? みんな納得してくれるよ」
「そうじゃないの、ロクちゃん。私がここに勤務することになったのは……上からの指示なのよ」
「う、上?」
フィラはロクの目を見つめ返し、告げた。
「ラッドウール・ボキシス総隊長。此花隊という組織の中で、もっとも地位の高い御方。そして……私の祖父よ」
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