第034次元 君を待つ木花11

 

 ロクアンズとレトヴェールの前に現れた女は、リリエンとおなじ青碧の髪色をしていた。ところどころ白くなっている髪の先端が、わずかに肩にかかっている。頭に響くような甘ったるい声色をしているが、顔つきや体格は大人びている。そのギャップが、余計にロクとレトの2人の思考を混乱させた。

 リリエンとおなじ顔のつくりをしたその女は、フッと厭らしく口角を上げた。


 「お、おんなじ顔っ!?」

 「双子なんだろ。それにさっきの、変な音もおそらく、次元の力だ」


 女の背後から、リリエンがだらだらと歩いてやってくる。2人が並ぶとまるで鏡のようだった。しかしどちらも虚像ではなく、極めて似たような雰囲気を身に纏いながら話し始める。


 「リリアン、あんま虐めてやんなよ。特に女の子のほうは」

 「やっだぁ~リリエン、あーんな子が好みなのぉ? 顔に傷もあるしぃ、ブスじゃないのよぉ~。むしろあっちの金髪の子のほうがカワイっ」

 「ばぁか。女の子は、女の子ってだけでかわいいの」

 「なにそれぇ! それってつまりぃ、女の子ならだれでもイイってことじゃなぁいっ」

 「そうともゆ~」


 けたけたと笑い声が重なる。と、リリエンとリリアンの間を割くように、並んだ足元に鋭い電撃が落ちた。


 「おわっ!」

 「ちょっとぉ! なにすんのよっ!」


 まっすぐ右手を伸ばしたロクは、その額にぴきっと青筋を浮かばせた。


 「あなたたちに用はないってば! そこをどいて!」

 「なぁにぃ? もしかしてぇ、ブスってゆわれたこと気にしちゃってるのぉ? やっだーぁっ! どうせ直せないんだからぁ、気にしなくてもいいのにぃ」 

 「う、うぅ~! よくわかんないけどムカつく!」

 「カワイくないから、ムカつくんでしょっ?」


 言いながら、リリアンは薄肌色の"長笛"の吹口をそっと厚い唇に添えた。笛尾には真っ赤な紐がくくりつけられており、長いそれは地面に向かってまっすぐ垂れている。


 「五元解錠、"思穿しせん"!」


 リリアンは叫び、吹口を食んだ。彼女の持つ長笛の穴から金切り声のような鋭い旋律が放たれる。

 咄嗟に、ロクとレトは両手で耳を塞いだ。


 「う──ッ! な、にこ……れ!」


 頭蓋の内側に、ガンガンと響くような不協和音。一瞬にして思考のすべてが奪われ、代わりに酷い痛覚が単身殴りこんでくる。長笛から発せられている音のせいだということは理解していたが、その音から逃れようと強く耳を塞いでも、まるで効果がなかった。

 激しい痛みに全神経を持っていかれた2人は、その場で岩のように動かなくなった。


 「キャッハハハ! おもしろぉーい! ぜぇんぜん動かなくなっちゃったぁっ。思穿は、アタシちゃんの次元の力、『爛笛らんてき』の技のヒトツ。強烈な音波で、相手の脳ミソをトコトン痛めつけちゃう、つっよぉい次元技な・のっ。キャッハハぁ!」


 リリアンの高笑いが、余計にロクとレトの耳に障った。この思穿しせんという次元技は、リリアンの手によって音の方向や範囲をある程度調整できる。その範囲内にいる人間すべてが対象となり、また広範囲での襲撃を可能とするため非常に性能が高い。いくら耳を塞いでも効果が薄まらないのは、そもそもこの次元技が鼓膜ではなく脳を標的としているという事実に起因する。

 そのため、依然として痛みは弱まらず、一定の攻撃力を保ちながらロクとレトの脳に襲いかかっている。2人は意識が飛びそうになるのを堪えるのに必死だった。

 だがレトは、それに抵抗するように視界にうっすらとだけリリアンの姿を取り入れ、決死の思いで喉を開いた。


 「ロク! 下がるぞ!」

 「え!?」

 「距離を離すんだ! 相手の、次元技が音なら、離れれば痛みはなくなる!」

 「そっか!」


 ロクとレトは、耳元に手を押しつけたまま踵を返し、後方へと走りだした。ただの野原のような広い庭を横断し、リリアンのいる場所から遠く離れていく。リリアンはとくに追いかけるという動作も見せず、その場でクスッと笑った。

 立ち並ぶ双子の間から顔を覗かせたヴィースが、2人の肩に両腕をかけ、愉快そうに言い放った。


 「イイぞ、2人とも。正義の味方気取りのガキどもを、完膚なきまでに叩き潰せ」

 

 

 レトの発言通り、リリアンから離れていくと徐々にその強烈な音が弱まっていくのを実感した。庭を抜け、草木の茂みに駆けこむと、ほとんど痛みは感じなくなった。自然と耳元から手を離す。


 「はあ、はあ……。ここまでくれば、音はもうぜんぜん聴こえないね」

 「ああ。だけどこれはあくまで一時的な対処だ。攻撃をしかけようと近づけば、すぐにあの音で邪魔してくるだろう。とりあえず思考が正常なうちに、作戦を練らないと」

 「うん」


 追いかけてこないということは、まだ余裕があるということなのだろう。小さくなった双子をじっと眺めながら、レトはそう思った。

 

 「ロク、おまえの次元技、長距離では出せないのか?」

 「雷撃とか雷柱のこと? ……たぶん、届かないと思う。雨が降ってればべつだけど……」


 ロクは、ローノを出発してから一番初めに見かけた崖でのことを思い出した。高い崖の頂上を狙った雷撃は、思うようにその岩肌を崩せなかった。届きはしたが、あのとき出したものが現段階で出せる最高距離だと考えると、とてもじゃないが双子のいる場所まで雷は届かないだろうと冷静に判断した。それほどまでにいま、双子との距離は離れている。試し打ちをしたいところだが、それは『元力』を無駄に減らすことにもなってしまう。


 (もっと、距離を出すことができたら……──)


 ロクは悔しい気持ちに駆られながらも、小さくかぶりを振った。


 「……そうなると、極力近づいてあのリリアンっていう女の手から笛を離すしかないな。あの音はやっかいだ。おそらく、脳への直接攻撃だろうからな。あの音波をどうにかできれば……」

 「音波……」

 「避ける以外に、なにか……」

 「……」


 レトはなんとかいい作戦はないかと逡巡していた。そしてロクも、静かに考えていた。

 音波。広範囲での攻撃。避ける以外の道──。

 はっ、と先にひらめいたのは、ロクだった。


 「レト、あたしさいしょにローノの森で元魔を倒したとき、自分の周りに電気の膜を張ったんだ。あのときはただの思いつきでやったことだけど、それを生かせたりしないかな?」

 「ああ、あれか」

 「……? あれか、って……レト、あのときいたっけ?」

 「え?」


 レトは、すぐにしまったという表情になった。まさか、ロクと元魔が対峙しているところへ早々に到着していたがその戦闘にわざと介入しなかったなどとは言えずに、適当にお茶を濁す。


 「あ、いや、いたよ。ちょうどあれやったときに、到着したんだ。そのあとすぐに核を壊してただろ」

 「ああ、そっか」

 「……。で、それを生かせないかってことだよな」

 「うん。あの音波に、電気で直接ぶつかってみる。そうしたら、なんか、音の流れを邪魔できないかなって……」


 レトは、ロクの提案に驚いた。意外だったのはその作戦の内容だけではなく、ロク自身がそれを考えついたということだ。いつもなら「どうしようレト」などと言って、問題が起きた際どう対処すべきかの発案を彼に一任していたロクが、自ら考えて打ち出した作戦。それもレトが思いつかなかった見方だ。避けることができないのなら、わざと衝突させて音波を打ち消す。相殺、という形をとると明言したのだ。

 こんなことをロクが思いつくなんて、と。半ば見下したような感情がふっと湧いて出たが、レトは目を瞑り、重い頭を振った。


 「それでいこう。男のほうが攻撃をしかけてきたら俺が対処する。おまえは、あの音波に負けないように電気の膜を張り続けて、そのまま直進するんだ。隙ができたら、あの笛を狙う」

 「うん!」


 ロクが力強く頷く。レトは、広大な庭にぽつりと佇む領主の家に視線を向けた。

 作戦開始だ。

 

 

 

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