第032次元 君を待つ木花9
『……うっ、ウメ……ウメ、わたし……わたしのせいで』
まるで、自然災害にでも直面したかのような風景が村に広がっている。でもそれは間違いではなかった。家屋の多くは潰れ、村を囲う木々も根から折れ、子どもが遊ぶ玩具のように転がっている。異なる点があるとすれば、この惨状を呼んだのが自然ではなく──非科学的で未知なる力であるということ。
倒れた樹木のそばで、少女はずっと泣いていた。「ウメ」と「なんで」と、「わたしのせいで」という言葉を、夜が明けるまでしきりに繰り返していた。
朝の訪れを告げる仄かな橙色は、荒廃した大地にも温かく降り注いだ。目を覚ました少女は、真っ赤に腫らした目で村を見渡して、それから静かに背を向けた。
日の出の光を受けて、少年は立っていた。
『フィラ、行くのか』
『……だって。わたし、もうここには……いられない』
『じゃあ俺もついてく』
少年は手を差し伸べてそう言った。呆然とするフィラの手を、少年はそっと掴んだ。
『だから行こう。……フィラ』
──2人の少年少女は、そうして、故郷をあとにした。
「いっ!」
机の上に額をぶつけた衝撃で、セブンは目を覚ました。あいたた、と頭を擦りながら首を起こす。いつもとなにも変わらず班長室内は静まり返っていた。
「……。懐かしいものを見たな」
肘をすこし動かしたそのとき、机の上からはらりと紙が落ちた。身体をかがめて、椅子に腰をかけたまま紙に手を伸ばす。掴み上げたその書類は、ルイルとガネストの入隊申請書だった。希望配属先は『戦闘部班』と記述されている。
「……」
セブンは、薄黄色の目を細めた。
(──あれから、13年か……)
途端に熱を帯びた喉から、息ひとつ吐き出すのにも、痛みが通った。
村の一端から、整備された一本道が伸びていた。手入れが行き届いていることから、この道が領主の住処へと続いているだろうとロクアンズは思った。睡眠も食事も摂り、充分に回復した身体は軽く、ぐんぐんと林道を走り抜けていく。
「道は合ってるんだろうな」
「! え、レト!?」
聞き慣れた声が降ってきた。同時に、木の上から飛び降りたレトヴェールが、道の真ん中に着地した。ロクはゆっくりと速度を落とし、レトに近づいた。
「レト、起きてたの?」
「まあ」
「体は? もうだいじょぶなの?」
「うっせーな。心配すんな」
レトは、腕をぐるりと回した。相変わらずの憎まれ口と、顔色の調子もよくなっている。
「よかった~」
「それよりロク、おまえ領主のとこに行ってどうする気だ?」
「どうするって……ぶん殴ってやるんだよ! そんで山の麓まで引きずってく!」
「……。俺、気になってることがあるんだけどさ」
「なに?」
「どうしてこの山に、水源がないのかってこと」
思いもよらない方向から話が飛んできて、ロクはきょとんとした。
「水源?」
「ここへ来るまでに、俺たちは1度も川や湖を見かけなかった」
「そりゃあ、たしかに不思議だったけど……でも領主さんのこととは関係なくない?」
「──その領主が、水源を独り占めしているとしてもか?」
「!」
「おかしいと思わないか? こんな水源も少なくて、大した利益もあげられそうにない。あるのは生い茂る森と、人が過ごしにくい地形、そして人口の少ない村……。ここを治めたいなんて、ふつうだれも思わない」
「……たし、かに」
「でもベルク村の領主はこの土地を選んだ。それは、水源が確保できたってことの裏付けにもなる。まあこの森にある植物たちが土地の乾燥に強いっていうのもあるかもしれないけど、水がないんじゃふつうここまで広がらないだろ。だから水源は、どこかにぜったいあるんだ。それも大きなやつが。村に最低限の水を配給してるらしいしな」
「海の水じゃない? 近くにあるんでしょ?」
「元はそうだろうけど、ちがうな。水を運んで歩けるほどやさしい山じゃないし、一度に運べる量だってたぶんそんなに多くない」
「じゃあっ、どこから?」
「……領主の、家の下じゃないかと、俺は思ってる」
「え!?」
レトは、辺りを見回してふいに歩きだした。木の麓に落ちていた枝を拾うと、ロクのもとに戻ってくる。
枝の先で地面を引っかいたと思えば、がりがりと砂を削り、なにやら図のようなものを描いていく。
「これを仮に家とする。そんで、水源は……家からちょっとずれたとこの、ずっと真下」
「え、なんでそんなとこに?」
「森の中に動物らしい動物がいなかっただろ。でも、川も湖もないこの山ん中でたしかに植物は生きてる。だから地面の下に水が流れてて、そこをあえて掘り起こしてないんじゃないかって思ったんだ。村の人たちにバレたら、その水をとられちまう可能性もある。もちろん海も近いし」
「でも、なんで領主さんが住んでるとこの真下に、それも大きなやつがってわかるの?」
「……それは……まあ、まだただの予想だけど。でも、この山に目星をつけた時点で水のことはしっかり調べただろうし、そしたら一番太い水源の近くに自分家を建てるのは当然っていうか……」
「なるほど」
「……。でも、なんで、村の人たちは領主の家に殴りこんだりしないんだろうな」
(数で押しかければ、なんとかなるんじゃないのか? いや、領主側にどれくらい人間がついてるかにもよるか……──)
レトは眉をひそめ、手に持っていた木の枝をぽいっと投げ捨てた。手のひらにくっついた砂粒を払う。
「仕返しとかされちゃうんじゃないかって、怖がってるんじゃないかな? ……だって昔も、領主さんを怒らせたとき、村の人たちは暴力を振るわれたって言ってたし……」
「……水がほしいなんて言ったところで追い返されるのがわかってるから、あの手紙を持って山を下ったんだ。その線が濃いだろうな」
「? あれ、でもレト、なんでさっき水源の話したの?」
レトはすこしだけ黙ったのち、小さく口を開いた。
「領主の家に行くんだろ。地下に水源がある。……領主ぶん殴って、ついでにそこなんとかすりゃ、村の人たちにもっと水を渡してやれるんじゃないかって、思っただけ」
いつも通り無表情でそう告げたレトだったが、その口調は淡々としていなかった。答えを小出しするみたいに、しどろもどろになりながら口にした提案によって、ロクの表情が途端に明るくなる。
「いいじゃんそれ! すごいよレト! そうしよう!」
「大声を出すな、うるせ」
「やろう、レト! 2人で、村の人たちを助けるんだ!」
ロクが力強く意気込むと、レトはそれに応えるようにこくりと頷いた。2人の瞳におなじ色の光が灯る。地面に描いた、ただの線で繋げただけの絵を蹴飛ばして、2人は山道を駆け上がっていった。
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