第027次元 君を待つ木花4

 

 『ロク、聞こえるか?』

 「あ、レト!」


 通信具が使用できる範囲には限りがあり、その範囲は極めて狭い。もしかしたら交信の届かない、どこか遠くの場所まで行ってしまったのではないかと不安を覚えたレトヴェールだったが、ロクアンズからの返答を受けると安堵の息をついた。


 此花隊の内部で製造されているこの通信具というのは、『元力』と呼ばれるものを利用している。それは、次元師である人間だけが体内に保持している"次元の力の源"だ。体内にあるうちはただの小さな粒子でしかないが、本人の意思に呼応して活性化し、次元の扉を開く力へと変貌を遂げる。

 その、"本人の意思に呼応する"という特性を生かし、開発されたのが、現在戦闘部班が使用している通信具だ。

 コルド、ロク、レトの使用しているものを例にすると、まずは3人が持つ元力原子を抽出し、その物質化を図る。全員分の元力物質を通信具の内部にセッティングすることで、各々がお互いの通信具の中に仕込んだ元力を呼応させ合い、その周波をキャッチすることを可能としている。

 ゆえに、この3人は3人以外の人間及び次元師とは連絡をとることができない。そしてお互いの居場所が遠く離れすぎている場合でも、元力の感知能力が薄れて交信を不可能とする。


 『おまえ、いまどこにいる?』

 「えっとね~……あ、レト見っけ!」


 高い樹木の枝に留まっていたロクが先にレトの姿を見つけ、そこから飛び降りた。きょろきょろしているレトの背中に声をかける。


 「ねえレト! ベルク村ってどこにあるか知ってる?」

 「……あのな、これからどんどん夜が更けてくってのに、飛び出していくやつがあるか」

 「あ……」


 ロクは、しまったという顔で空を見上げる。夜空に浮かぶ星の輝きを頼りにと思ったが、無慈悲にも高い樹木の影に塗り潰され、あたりは真っ暗闇に包まれている。


 「ごめんレト……。どうしよう?」


 レトは自分の腰元のポーチをまさぐるとすぐに、硝子で作られた筒のような器具を2本取り出した。


 「ん」

 「な、なにこれ?」

 「携帯用ランプ。油もある。何日かかるかはわからないけど、限りがあるから一晩中は使えない」

 「……すごいレト! こんなもの持ち歩いてるの!? 天才だよー!」

 「おまえがどこ行くかわからないからな」

 「すごいすごい! やっぱり、レトは頼りになるねっ!」


 レトは一瞬だけ目を丸くした。小さなランプ1つではしゃぎ回るロクを見ると、今朝コルドとロクのやり取りで感じたことが気のせいだったのかもしれないと思えてくる。


 「……地図でしか確認したことないけど、方角的にはローノから見て北東だ。だから、こっち」

 「なるほど! よーし!」


 レトが指先で示した方角に、ロクはくるりと顔を向けた。ランプを片手に、2人は深い森の中へ踏みこんでいく。




 木の葉を集めて作った簡易な寝床から、むくりとロクは起き上がった。灰色のコートにくっついた葉が落ちる。強い陽の光が、森に明るさを取り戻していく。

 ロクにゆさゆさと身体を揺らされ、レトも起床した。2人は、任務の際には常に持ち歩くようにしている固形の携帯食料で朝食を済ませ、まだ日が昇りきらないうちに行動を開始した。

 森の中はどこも人が通れるようには整備されていないため、道らしい道はない。ロクは器用に草木を掻き分け山道をどんどん進んでいくが、レトはすこし足をとられながら、ロクの背中についていく。

 そんな状態が小一時間続いたが、前を歩いていたロクが急に速度を落としたので、レトも足を止めた。


 「どうした、ロク」

 「ねえレト、見て。これ、崖かな?」

 「崖?」


 ロクが顔を上げていたので、レトも空を仰いだ。樹木の葉と葉が重なり合って視界のほとんどが遮られていたが、目の前にはたしかに、断崖絶壁と呼ぶに相応しい土の壁が聳え立っていた。首を左右のどちらに振ってもその端が見えないほど、その壁は際限なく広がっていた。

 

 「すごい崖だな……高さもかなりある。遠回りしすぎると道がわからなくなるからな。これを登りたいところだけど……岩肌に凹凸がない。これじゃ無理だな」

 「北東ってこの先だよね。ねえレト、足場があればいいんだよね?」

 「は? だから、足場は……」

 「レト、ちょっとこっち来て!」


 ロクはレトの腕を掴んで、崖とは反対方向に走りだした。崖との距離が遠くなる。すこし離れたところで、ロクは足を止めた。

 レトが息を整える間もなく、ロクの手元から、火花のような雷が散った。


 「おいロク、なにを……」

 「いいから、ちょっと見てて! 足場がないなら作るまでだよ!」

 「……は? どうやって、」

 「──届け! 五元解錠、雷撃ィ!」


 突き出した右の掌から、雷光が飛び出した。崖に向かって放たれた雷は空中を縫い、崖の天辺に襲いかかる。

 しかし放った雷撃はさほど距離が伸びず、電気の端のほうが崖上に引っかかり、土くれがぼろっと崩れただけに終わった。


 「ありゃ、失敗した……。もっと近づいてみようかな。万が一降ってきたときはすぐに避ければいいし……よしっ、もっかい!」

 「待てロク! いまのおまえの力だと、もっと近づかないとだめだ。だけどそれだとあまりにも危険すぎる。ほかに道がないか探したほうがいい」

 「大丈夫、次はやってみせるからっ。あたしに任せて、レト!」

 「だけど」

 「1回失敗したくらい、どうってことないよ。何回でもぶつかっていかなきゃ。じゃないときっと、ずっと負けっぱなしで終わっちゃう!」


 ロクの全身に雷が絡みつく。レトはそれ以上口を挟むことを諦めた。彼女の意識はもう崖の上にある。


 「五元解錠──雷撃ィ!!」


 両手をぐんと前に突き出す。と、電熱が腕に絡みつくように、手先から肩へと駆け上がった。放出された雷電はふたたび、崖の上を目掛けて空を切る。

 反動で仰け反りそうになるのをロクは両足で踏ん張りながら必死に堪えた。すると、電撃は見事に崖の上に直撃し、そこから崩れた岩の断片がごろごろと大きな音を立てながら、崖下に向かって転げ落ちていく。

 一瞬、その光景に気を取られていたロクの腕を、レトがすかさず引き寄せ、飛散した岩の欠片からロクを遠ざける。

 岩雪崩の勢いがどうやら収まったらしいということがわかると、ロクとレトは走って崖下に近づいていった。すると、まっ平だったはずの崖の上のほうの岩肌が削がれ、その岩の断片が真下の地面に積み上がっていた。


 「やった! もうちょっと、もうちょっと崩せばできるよ、足場!」

 「……」


 嬉々とするロクは、間髪を入れずに全身に雷を纏った。さきほどよりかは弱い威力で雷撃を繰り出し、どんどん崖を崩していく。

 レトは言葉を失い、ただ目の前で起こっている光景を眺めていた。彼女が言った『大丈夫』が、意図せず頭の中で反芻する。

 

 

 

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