第024次元 君を待つ木花1


 次元研究所此花隊本部の東棟は、中央棟や西棟に比べて新設さながらの整然さを感じさせる内装になっている。というのも、近年立ち上がったばかりの『戦闘部班』が、その東棟に身を置くことになったからである。かの班員たちのために施設の改造及び工事をなされたばかりの東棟だが、当然のことながらほかの棟と比べて人気が圧倒的に少ないため、そんな新鮮な空気を吸える者はごく一部に限られる。

 

 そんな中、ただ広い廊下を忙しない様子で渡る人影があった。グレーの隊服をきっちりと着こなし、足早に目的地へと向かうコルドは、数十分前に戦闘部班の班長であるセブンに呼ばれていた。

 班長室の扉の前に立ち、彼は扉を叩いた。そして入室する。


 「お呼びですか班ちょ……は、班長?」


 コルドは、長机に突っ伏していびきを立てているセブンの後頭部を認めると、やや眉をひくつかせた。コルドは長机に近寄る。


 「あの、班長……セブン班長ッ!」

 「うわぉっ!? ……えっ!?」

 「いまは勤務時間内です。なに寝てるんですか」

 「あ、あはは……いや? 背徳感という名の昼食を味わっていたところさ」

 「食べすぎには気をつけてくださいね」

 「……もちろん、だとも……」

 「はあ……。ああ、ところで班長。ご用件は」


 「ああ、そうだった」と言いながら、セブンが長机の引き出しからを取り出したのは小型の器具だった。

 似たような形のものを2つ、机の上に並べる。


 「! これ……」

 「君に頼まれていた件を調べてみたよ。この間、離島の競売場で君が回収したこの通信具だが……たしかにうちの研究部班が開発したものと、構造が酷似していた。ただ、製造者独自の改造がされていて、多少は全体の構造にちがいがある。だが部品や細部のこだわり方が、うちのものとまったく同じだ」

 「そ、そんな……」


 コルドは驚きのあまり、長机に両手をついて身を乗り出した。


 「この通信具は、あの研究部班班長が──『元力』を応用して独自開発したものです……! それを、いったいどうやって」

 「……知っての通り、この研究所での研究内容は、他所に漏らさないよう厳重に管理させている。全隊員に共通していることだ」

 「──……情報漏洩ですか」

 「その可能性が高いだろうね」


 固唾を飲みながら、コルドはゆっくりと机から手を離した。

 

 「……。競売場の件は、政府からの申し出によって我々が対処しました。しかしその場所から、我々が開発した物が発見されたとすれば……」

 「実はその件で、つい先日会合に行ってきてね。厳重注意ということで事なきを得たが……今後また問題が起きれば、処罰は免れないだろう。向こうにはしばらく頭が上がらないな」

 「……」

 「まだ内部の人間の仕業だとわかったわけじゃない。ただその可能性が高いというだけだ。もしかしたら外部の仕業かもしれないしね。……ただ、今後はすこし、研究部班のことも見るようにしてくれないか」

 「は」

 「頼りにしてるよ」


 通信具を机の端によけたセブンは、反対側の端に重ねて置いてあった紙束を手に取った。


 「報告書を読んだよ。改めて、アルタナ王国での任務、ご苦労だったね。……まあ、すこし、大事があったみたいだけど」

 「……はい。その……面目ありません……」


 セブンは報告書を束をぱらぱらとめくりながら、苦笑をこぼした。


 「いやあ……だけど、すごいな。国の王女と親交を深められただけでもすごい成果だとは思うんだけど……まさかその王女の誘拐事件を解決して、亡くなったとされていた第一王女のライラ様の生存も明かし、国王陛下の怒りを買ってもなお、エポールの名を出し……すべてを丸く収めてしまったとはね」

 「自分自身、いまだに信じられていません。あの国で見たものがぜんぶ夢だったかのような気分です」

 「でも、夢じゃないんだな。ルイル王女とその付き人のガネスト君が、この研究所に来たんだから」


 報告書の束の中から、『新規入隊の申請書』と書かれた2枚の紙を引き抜いた。そこにはルイル・ショーストリアとガネスト・クァピットの名前と、アルタナ王国の国章が記されている。

 

 「2人は、本当に入隊するんですか?」

 「いま政府に申請を出してるところでね。アルタナ王国はメルギースと親交の深い国だし、なにより2人は次元師だ。許可は下りると思うよ。ただ、それまでは『アルタナ王国から留学してきた』という体で、丁重に扱わせていただくけどね」

 「ということは、いまは宿泊棟に?」

 「ああ。たまにロク君を見かけるよ」

 「……本当に、班長の言う通りでした。あの2人には驚かされましたよ」

 「私もだよ」


 眉を下げ肩をすくめながら、セブンはその申請書を紙束の上に重ねた。それを、コルドは目で追っていた。


 「それにしても、班員が増えてなによりですね」

 「本当にね。嬉しい限りだよ」

 「……あの、セブン班長。この戦闘部班という組織の立ち上げを思い至ったのは、班長ご自身でしたよね?」

 「そうだよ」

 「このようなことを聞くのは失礼かと存じますが……どうして、戦闘部班という組織の立ち上げを?」


 セブンは、顎をさすりながらすこしだけ目線をずらした。


 「いまが好機だと思ってね」

 「好機?」

 「元魔が活発化してきているとはいえ、いまはまだ想定の範囲内に留まっている。依然として神族は姿を見せず、まだその勢力に怯えるときじゃない。彼らがすぐに攻めてこないのは、なにかの時期を待っているんじゃないかと私は推測しているんだ。この機に、次元師たちを育成し、来きたる時に備える……。そのようにお伝えしたら、隊長が自ら政府に赴いてくださってね。もちろん時間はかかったけれど、結果的に了承を得られた。政府の監視つき、だけどね」

 「隊長自ら……ですか。あまりお会いしたことがないので、どんな御方なのかもいまだに……」

 「お忙しい方だからね」

 「でも、新しい組織の立ち上げに尽力してくださるなんて、すごいですね。噂では口数がすくなく感情が見えづらいとかっていう風には言われて……」

 「……本当に、なにを考えているんだろうね」

 「え?」

 「ああいや、君の言う通りだよ。話すときはいつも緊張してる」


 はあ、とよくわからないままコルドが返事をすると、セブンは丸めていた背中を起こした。


 「さて、と。最後にもう1件」

 「はい」

 「ついさきほど、元魔の出没連絡が入った。南方のローノ支部だ。2人を連れて行ってくれ」

 「……ローノ?」

 「場所がわからなければ地図を渡すよ」

 「ああ、いえ。班長、よくローノの調査報告を読んでいらっしゃいますよね」

 「え? あ、ああ。向こうにいる隊員たちにもよろしく伝えてくれ」

 「はい」


 コルドはしっかりと頷いて、班長室をあとにした。




 「──ということで、出動要請だ。南方の支部だから距離がある。準備は怠るなよ」

 「おっけー!」


 集会所の隣に構えている談話室で、コルドはロクアンズとレトヴェールを捕まえた。さっそく元魔の件を伝えると、2人は頷いた。

 椅子から立ち上がる2人を見ながら、コルドは、すこしだけ顔を苦くした。


 「悪いが、俺はちょっと用事を済ませてから行く。先に向かってくれるか?」

 「え? それはいいけど……あたしたちで行っていいの?」

 「ああ。頼んだぞ」

 「やったー! まかせてっ、コルド副班!」

 「あんまり無茶はするなよ」

 「わかってるって~!」

 「……本当にわかってるのか? ったく……。レト」

 「ん」

 「ロクのこと、ちゃんと見といてくれな」

 「……」


 コルドは、片手にファイルや紙束やらを抱えて、談話室から出ていった。


 「……めずらしいな」

 「? なにが?」

 「元魔討伐に、俺たちだけでなんて。ちょっと前までぜったいに許さなかったことだろ」

 「ん~? まあそうだったような気もするけど……いいじゃんいいじゃん! 次元師として、あたしたちの力を認めてるってことだよ!」

 「……」


 (……──"あたしたち"っていうより……)


 レトは、ちらっとロクを横目に見る。嬉しそうにはしゃぐロクの顔は、新しいおもちゃを与えられた無邪気な子どもそのものだった。しかしその顔つきは、アルタナ王国へ向かう前といまとですこしちがうような、そんな気がしていた。

 

 

 

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