第021次元 海の向こうの王女と執事15
「ロク! お前ってやつはほんっとに……俺の寿命を縮めたいのかっ!」
王女姉妹とルーゲンブルムの王子レインハルト、そしてガネストの4人と別れるなり、コルドは間髪入れずにロクアンズを叱りつけた。
「ずっとひやひやしてたんだぞ、俺は! お前が国王に向かってあんなこと口走って、本当に首を撥ねられるんじゃないかって思ってたんだぞ! それに一歩間違えれば国家間の戦争に発展していた! お前は、自分のしたことがわかってるのか!?」
「わわわ、わかってるよ! でもほら、助かったじゃん」
「そういう問題じゃない!」
強い語尾が、まるで拳骨のようにロクの頭に降り注ぐと、ロクはびくっと肩を震わせ、頬を掻いた。
間近でその様子を伺っていたレトヴェールが、まったくこいつは、とでも言いたげに息をついた。
「だいたいお前はいっつも感情論で突っ走りすぎなんだよ」
「えっ!? 聞こえてたの!?」
「声がでかいんだよばーか」
「……レト、言っておくがお前もだぞ」
「え」
「第一お前なんでアルタナ王国にいるんだ! いつ来た!? 経費はどうした!? しかも、亡くなったと言われてたあのライラ王女殿下といっしょに現れて……正直お前が一番わけわからん!」
「話すと長い」
「いいから話せ!」
「……簡単に言うと、まあ俺もこの国に来ることになって、そんで船に乗ったはいいけど、大嵐に見舞われて、途中で船が航路を変えたんだ。アルタナ王国行きだったのを変更して、ルーゲンブルムとの間にある海岸に停泊した。俺、船の上でたまたまアルタナ王国のことを聞いてさ。ちょっと興味湧いて。せっかくルーゲンブルムの近くに来たことだし、ちょっくら見に行ってみるかーと思って森に入ったら……あの王女様と出会った」
「……お前の運と行動力が恐ろしいよ……」
「そんなに動けるなら早起きもしてよレトっ」
「それはやだ。まあそんな感じで王女様と会って、事情聞いて、見張りの騎士たちとかやっつけましょうかって聞いたら目の色変えて喜んだんだ。そこから、道中の護衛を任されることになって、小屋から出ようってときに偶然通りかかったレインハルト王子も同行するって言いだしてさ。そんで3人で森を抜けて、こっそり入国して……。とまあ、だいたいこんな感じ」
あっけらかんと話し終えたレトだったが、その話を聞いていたコルドとロクは呆気にとられていた。その実、彼がメルギースを出発したのはいまからたった2日前のことだ。そのうちの1日分は船の上で過ごしたとして、彼が陸に着いてからその日のうちに大事は行われていた。彼は興味のあることに関しては時間と労力を惜しまない性分なのだろう。コルドは、レトの新しい一面を見たなと、もはや感心の域に達していた。
「ねえレト、その服はどうしたの? ずっと気になってたんだ。なんか、王子様が着てる服みたい」
「ああ、これはアルタナ王国に来たときに、俺から王女様に頼んで選んでもらった。いかにもって服着てたほうが説得力あるかなと思って」
「説得力、って……」
「ああいうときには、自分の姓を生かさないとな」
──『エポール』の姓。それは、メルギース国において、『廃王家』の人間を意味する。
いまからおよそ150年ほど前、メルギース国は王政を廃止した。それ以前は、『エポール』の姓を持つ一族が王家の人間として国政を執っていたのだ。
現在では、エポールの姓を持つ人間は限りなく少なくなってきている。メルギース国が王政に幕を下ろしたのも、エポール一族が衰退の一途を辿ったからではないかと言われているほどだ。
「……お前たちは、ほんとに……」
眉を惑わせ、大きな瞳をぱちくりさせるロク。
いつも通り可愛げのない仏頂面を湛えるレト。
コルドは困ったように、薄く笑みを浮かべた。
「……すごいよ。驚かされてばっかりだ」
ロクとレトは順番にくしゃりと頭を撫でられる。そして、行くぞ、と後ろに声をかけながらコルドが歩きだすと2人は互いに顔を見合わせ、笑った。
翌日を予定していたルイルの子帝授冠式は1日延期となり、ルイルに代わってライラが子帝となることが発表された。と同時に、ライラの生還が国中に広まったことで、国民たちは歓喜の声を上げた。
そのため、急遽ライラの生還祭が今夜、執り行われることとなった。
暇つぶしに城内を歩き回っていたコルド、レト、そしてロクの3人はガネストに呼ばれ、大きな窓から城下町が見える広い廊下に案内された。するとそこでは、ライラとルイルが3人のことを待っていた。
「明日国を挙げて式の準備をする代わりに、今夜祭りが行われることになったの。レトヴェールさんもロクアンズさんもコルドさんも、明日国に帰ってしまうのよね? だったら今夜は、ぜひ我が国の祭りを楽しんでいって」
「お心遣いいただき、感謝いたしますライラ王女殿下。……本当に、生きておいでだったことを心からお喜び申し上げます。お会いできて光栄です」
「こちらこそ。我が国には次元師様が少ないから、……魔物、退治? に、とても助かったと聞いたわ。本当にありがとう、コルドさん。……そして、ロクアンズさんも」
「へっ? あたしは元魔は……」
「ルイルのことよ。引きこもっちゃって、なかなか部屋から出てこなかったルイルのこと、引っ張り出してくれたって聞いたわ」
「うわあっ、そ、それは……! ガネストでしょっ、おねえちゃんにいったの!」
「虚偽の報告はできませんからね」
「むぅ~~」
悪戯っぽくそう告げるガネストに反抗してルイルが頬を膨らませる。2人のやりとりに、つられてロクも笑った。
「あたしはなにもしてないよ」
「でも、お父様がルイルを誘拐させて……それで助けに行ってくださったりもしたって」
「ああ。それなら気にすることないよ。だってあたし……」
そこまで言って、ロクはあわてて口を噤んだ。視線を泳がせ、その先を言い淀んでいる。
「あー……ええっと、だから~……」
「……ともだちだから、たすけてくれたんだよね?」
「え?」
「ろくちゃんは、ルイルのともだちだから……。そうだよね、ろくちゃんっ」
ライラの背中にひっついていたルイルが、ぴょこっと前へ出て、無邪気な瞳で笑いかけた。
ロクは、嬉しそうに唇を緩ませた。
「……そうだよ! 友だちだよ、ルイル!」
ルイルの両手をとって、ぎゅっと握りしめた。と思いきや、ロクはその場でしゃがみこみ、ルイルの腰元をこちょこちょとくすぐり始めた。ガネストに怒られたところで手を離したロクだったが、今度はルイルがロクをくすぐろうと襲いかかる。周囲をぐるぐる走りながら、二人は声を上げて笑っていた。
まるでふつうの子ども同士のじゃれ合いのようだった。
ライラは、楽しそうに大声で笑うルイルを、優しげな目で見つめていた。
町中を、幾千もの灯篭の火が照らしていた。音楽が鳴り響き、踊り子が回り、紙吹雪が舞い、──笑い声があふれている。
ライラは、城下町に降りて町の中を歩き回っていた。ルイルとガネストもそれに付き添っている。出会う人と手を取り合い、平民たちとおなじ場所でおなじものを口にし、おなじ音楽を聴いては、数多くの人々と語り合っていた。
人と物があふれ返り、足場の周りも隙間なく人影に呑まれている。足元を気にしながら歩いていたルイルがふと顔を上げたとき、ロクたち一行が楽しげに歩いているのがちょうど目に入った。
ルイルはその方向に目をやりながら、無意識に立ち止まった。数歩先を歩いていたライラが、ルイルがついてきていないことに気づき後ろを振り向く。
ライラは、ルイルの視線の先にロクたちの姿を認めた。棒のように立ち尽くすルイルのもとへ、ゆっくりと近づいていく。
「ルイル、あっちに行く?」
「! おねえちゃん」
「……行っておいで、ルイル」
ルイルは、ぱっと花咲くような笑顔になると、人ごみの中へ駆け入った。小さな背中を向け、ライラの視界からルイルの姿が消えてなくなる。
ガネストは、その一部始終を眺めていた。
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