第019次元 海の向こうの王女と執事13

 

 「ひと月くらい前、ライラ王女はルーゲンブルムに近い北西の森で崖から落ち、亡くなったと聞きました。そしてそれが事故ではなく、ルーゲンブルムによって仕組まれた暗殺だったんじゃないかって、王様は疑ってるんですよね?」

 「そうだ」

 「でもそれはちがいます。王女様は、崖の近くには行ってません」

 「……なぜそうだと?」

 「なぜなら、王女様の護衛としてお供し、唯一この国に帰ってきたっていう騎士さんの鎧に……ソラユラ草の葉がついてたからです」


 ロクアンズが言い切ると、従者の列からどよめきが沸いた。ルイルが祈るように見守っている。


 「ソラユラ草は、森の東にあるマレマ湖にしか生息してません。おかしくないですか? 北西と東じゃ、ほぼ真反対の場所です」

 「そのような報告は受けていない」

 「そうですよね。彼はそれを見つけられないようにしようとしたんですから。……上手くいかなかったみたいですけど」


 言いながら、ロクは自分のコートのポケットから1本の草を取り出した。

 ロクの手元に注目が集まる。その草は、ところどころ錆が付着していて、くたくたになっていた。

 ほとんどの騎士が訝しげにそれを見つめていた。そんな中、あるたった1人の騎士の男だけが、血相を変えた。


 「これ、訓練場のすぐそばで拾ったんです。武器庫が見えるところの。……錆がついてますし、鎧か剣にでもくっついてたんですかね」

 「それは! そんなはずはないッ! すべて切り刻んで捨てたはずだッ!」

 

 叫んだ男は、直後、しまったと後悔した。その間は1秒もなく、気づいたときには遅かった。


 広間中が一層ざわめきだつ。全身が硬直し、口を閉じられないその騎士のもとへ近づくと、ロクは彼の顔を下から覗きこんだ。


 「へえ。あなたなんだ」

 「…………」

 「国王様、この人はウソをついたんです。ライラ王女は崖から落ちていません。だからまだ、最愛の娘は生きています」

 「黙れッ、この無礼者!! そんなハッタリをだれが信じるというのだ! わざと俺が自白する、かのように仕向けるなど! こんな子ども騙しで! ……陛下! 他国の人間の言葉に耳を傾けてはなりません! これは、陛下と亡きライラ王女殿下に対する侮辱です! 我らがアルタナ王国への冒涜です!」

 「……残念だが、ロクアンズ。興とするには、ここまでのようだよ。大変面白い与太話だった」


 ジースグランは、至って落ち着いた口調でそう告げた。

 しかし、


 「そっか。こうやって口封じするんだね。……ねえ国王様、前のときは、この騎士さんにいくらあげたの?」

 「……ッき、さまァ!!」

 「──国王陛下!! 改めて進言します!」


 怒鳴る男を瞬時に睨み返し、ロクは真紅の玉座に向かって叫んだ。


 「あなたはルーゲンブルムとの長い因縁を断ち切るために、ライラ王女を利用した! 彼女を死んだことにして、それをルーゲンブルムのせいにし、穏便なこの国の人たちに火をつけようとした! 徴兵のために! ちがいますか!?」

 「ここまで、と言ったはずだ」

 「それだけじゃない! 自分の兵に、ルーゲンブルムの兵服を着せてルイルを誘拐させた。民心を乱すような隠さなきゃいけない噂が、なんですぐに広まったの!? ルイルを誘拐したのもルーゲンブルムのせいだと広まれば、国民の戦意を煽る大きな後押しになると考えたからじゃないの!?」

 「口を閉じろ!」

 「身体が弱いあなたにとって、ルイルが一刻も早く子帝になることは重要だった……! そしてルイルが揺るぎない地位を手に入れると同時にあなたは、ルーゲンブルムへ攻め入るつもりだったんだ! 因縁を断ち切るためだけに、血の繋がった家族を、娘二人を……犠牲にした!!」

 「憶測だけで物を申すなッ娘!! それ以上続けるようなら──」


 ロクは止まらなかった。止められる者がいなかった。


 「この国の人たちは! ライラ王女が亡くなっても、笑顔でいようとしてた! 悲しまないでいようとしてた! ……国のために必死だった……! それなのにあなたは、そんな国民たちの思いを踏み躙ったんだ!! ライラ王女への思いを利用しようとしたんだ! 侮辱? 冒涜? ──そっくりそのまま返してやる!! あなたに……国の長を名乗る資格なんてないッ!!」

 「──打首にせよッ!! いますぐ、この娘の首を斬り落とせ!!」


 十数にも及ぶ穂先、切っ先が、ロクの首筋に向かって伸びた。

 ジースグランは玉座から立ち上がり、真赤く血走った目でロクを睨んだ。尖鋭たる眼差しに、ロクは新緑の片瞳で正面から向かい打つ。

 ──しかし、ロクを取り囲んだ騎士たちは驚愕と困惑の色を示し、指一本動かせずにいた。


 「なにをしている!! 王命だ!! その首を斬り落とせッ!! いますぐにッ!!」

 「……」

 「振り下ろせ──ッ!!」

 「──陛下ァ!!」


 そのときだった。

 王華の間の大扉が、物凄い勢いで開け放たれた。

 

 「へ、陛下! お許しください! いましがた、その、陛下に……っ!」 

 「何者だ! 許可もなく王華の扉を潜るとは! 下がれ!!」

 「し、しかし……! 陛下に、え、謁見のお申立てが……!」

 「謁見だと? この大事が見えぬのか!! それほどの客人か!!」

 「……そっ、そそ、その……!」


 靴音が、軽やかに響く。

 品のある足取りで、その人物は、大扉の向こう側から姿を現した。


 ロクは、片目を大きく見開いた。


 「──え……!?」


 彼は、青を基調とした絹衣を装って、小さく笑みを浮かべた。


 「お初にお目にかかります、アルタナ王国第十一代国王、ジースグラン陛下」

 「何者だ! 名次第では」

 「私は、メルギース国より参上いたしました。名を、」



 ──月のように輝く黄金の瞳が、この国の太陽を捉えて離さなかった。

 


 「レトヴェール・エポールと申します」



 その名を聞いた途端、ジースグランは驚愕のあまり玉座に崩れ落ちた。

 

 「陛下!!」

 「……なっ、え……エポール……だとッ!?」


 ジースグランだけに留まらず、広間中の従者が表情を一変させた。驚きでおなじく腰を抜かす者。怯えるように後ろへ下がる者。ロクに向けていた剣を、ぼとりと落とす者。

 反応は様々であったが、レトヴェールを認識したとき、抱いたものに差異はなかった。


 「突然のお申し出にも関わらず許可をいただき、感謝いたします国王陛下」

 「……そなたは、本当に……」


 そこまで言って、ジースグランは口を噤んだ。

 透き通った玉のような金色の瞳。おなじく、きめ細かで、光り輝く金色の髪。そして、代々受け継がれているのであろうその整った目鼻立ち。

 見間違えるはずもなかった。


 (────メルギース国の廃王家、エポール一族の末裔か……!)


 「国王陛下にお目通りをと思いましたのは、あなた様にぜひともお会いいただきたい人物がいらっしゃるためです」

 「会わせたい、人物だと……? それはいったい」

 「ではお呼びいたします。さあ、──姫、こちらへ」


 静寂に包まれる。

 レトは右手を広げ、数歩下がった。それに誘われるように王華の赤いカーペットを踏んだのは、


 「……──ッ!!?」


 ルイルによく似た美しい桃色の髪を持つ、若い女性だった。


 「お久しぶりです、父上様」

 「……、ぁ…………」

 「ライラ・ショーストリア。ただいま帰城いたしました」

 

 

 

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