第017次元 海の向こうの王女と執事11

  

 「っ、な……! お前か!!」


 男は、ルイルを抱えていないほうの右手で素早く銃を抜き、そのまま発砲した。

 驚くよりも先に、ガネストの手から一丁の銃が弾け飛ぶ。刹那、ガシャン、と音を立てて銃は闇の中へ落下した。


 「はっ……。悪あがきはここまでだ」


 カチャリ。装填音とともに、銃口を向ける音がしたと認識した。

 男は、ガネストがいたほうへじっくりと歩み寄る。引き金に指をかけた、まさにその瞬間。


 「どこを向いているんですか?」


 男の背後から、声がした。


 「次元の扉、発動────『蒼銃そうじゅう』!!」


 詠唱と──"二発"の銃弾が、容赦なく向かってくる。

 右肩が撃ち破られた。


 「ぐあッ! な……っ、なん……!?」


 抱えていたルイルを咄嗟に放し、穴の開いた右肩を左手で掴んだ。その隙にもう一発。太腿に撃ちこまれた男は、ぐしゃりと膝を崩し、呻くとともに気絶した。

 ガネストは二丁の銃をくるりと回し、ホルダーに収める。


 へたり、と。腰を抜かしたルイルが、その目に当てられた布越しにガネストを見上げていた。


 「……ガネスト?」


 彼女はすこしも躊躇うことなく、彼の名前を呼んだ。


 「が、がね……ガネスト……っ!」


 ガネストはルイルの傍に近づくと、跪いた。

 ルイルの目元を覆っていた布を丁寧にほどく。


 「はい。……ルイル」


 布の内側から現れたまんまるの瞳から、大粒の涙がぼろぼろとこぼれていく。


 「ガネスト……! るい、う、ルイル……こわ、ったよ……こわかったよ……っ!」

 「……遅れて申し訳ありませんでした。もう、大丈夫です」

 

 ガネストは、そっとルイルを抱き寄せた。赤子のように泣き、ひくりと震える彼女の背中をぽんぽん叩く。彼女も小さな手を伸ばし、彼の服をにぎり返した。




 気絶した男たちを捕縛し、1階の広間にごろりと転がす。せっせと動くロクアンズとガネストの姿を、ルイルはぼんやりと眺めていた。


 「これで全員ですか?」

 「うん。外には1人だけだった。あとは全員中にいて、あなたが片付けたでしょ?」

 「そうでしたか……」

 「……守る力だよ。次元の力は」

 「え?」


 新しく用意した蝋燭の一本一本に、ロクは火を灯しながらそう言った。


 「人類を超越する力だとか、戦争の兵器だとか……そういうのでもなければ、だれかにひけらかすためのものでもない。次元の力は、大切な人を守れる力なんだ」


 ガネストは、ふいにルイルに目をやった。急にガネストと目が合い、ルイルはどきっとして肩をこわばらせた。


 「……そうですね」


 ガネストは柔らかい笑みを浮かべた。いままでにない彼の表情が垣間見えて、ロクはにやっとした。


 「ほんとはそういう顔なんだ~」

 「! い、いえ、べつに」

 「いいと思うよ、あたし! そっちのほうが、鬼みたいな顔よりぜーんぜんっ」

 「お、鬼?」

 「……王女様とかってさ、あたしたちとは身分がぜんぜんちがうじゃん。でもだからこそ、突き放したりしたくないんだ。……一番そばで、味方になってほしい」

 「……」

 「そりゃ難しいかもしんないよ? どうしたって対等じゃないし、周囲の目もあるし。でもそういう、いろんな壁を越えて笑い合えたらさ、だれにも邪魔できない、無敵の関係になれると思わない?」


 ガネストは、しばらくロクの顔を見つめ返したのち、目を伏せた。

 幼いからといって甘やかしてはいけない。正式な任が下されたとき、そう心に決めて、それ以前の自分は捨てた。

 それが、王族であるルイルのためだと思った。

 しかしそうではなかった。思い返してみると、ルイルが部屋に閉じこもってしまったのも、城の中に味方がだれ一人としていなくなってしまったからなのではないかと思える。

 ガネストは長く息を吐いた。


 (僕はルイルの居場所を……自分から無くしてたんだな。ルイルのためと言いながら、ルイルのことを一番見ていなかったのは……僕だ)

 

 ガネストの青い瞳が、蝋燭の火が灯ったように赤く煌めいた。

 ロクはそれ以上なにも言わず、蝋燭台を手に取って拘束された男たちに近寄った。火の明かりによって照らされた男たちの姿を、ロクはまじまじと見つめる。


 「ん~……。ねえ、ガネスト。この人たち、本当に賊なのかな?」

 「え? どうしてで──」


 急に声をかけられ、なんとなく男たちの傍に歩み寄ったガネストだったが、その途端、彼は大きく目を見開いた。


 「……これは……」

 

 ガネストの頬に、冷たい汗が伝った。背筋にひやりとしたものが走る。足元に置いてあった灯篭の一つを持ち上げ、男たちの着ている服を明らかにすると、青い瞳が訝しげに細められた。


 「……ルーゲンブルムの、兵服です」

 「えっ!?」


 ロクは、数日前の船上での話を思い返した。


 コルドが言うことには、アルタナ王国と相反する『ルーゲンブルム』という国が森の先にあり、その国の人間が、アルタナ王国のライラ第一王女を事故に見せかけて殺害したのではないかと推測されている。

 今回ルイルを誘拐したのもルーゲンブルムの仕業とわかれば──まちがいなく、アルタナ王国は兵を動かし、ルーゲンブルムに攻め入るだろう。


 「待ってガネスト! ちがう!」


 ロクは、1人の男の服を乱暴に引っ張り、自分のほうに向かせた。目を瞑り眉をひそめていた男は、その衝撃によって徐々に意識を取り戻し、目を開けた。


 「……やっぱり! この人、あたしたちを船着き場から城に案内してくれた、騎士の人だ!」

 「っ!?」


 ガネストは驚いて、その男の顔を覗きこんだ。男は、サッと血の気が引いた顔で、わなわなと震えながらロクを凝視した。


 「あっ、ああ……」

 「なんで、アルタナ王国の騎士さんが、敵国の兵服なんか……!」

 「……だれの指示ですか」

 「……な、なんのことでしょう」

 「いったい、だれの指示でこんなことをしたんだと聞いてるんです!!」


 ガネストは男の胸倉を掴み上げ、怒鳴りつけた。男は震えながらなお、顔を背けた。


 「言えないのですか?」

 「……」

 「ルイル王女殿下を目の前にして、真実が申せないというのですか!」

 「……罰してください」


 男は小声でそう呟いた。なにかに怯えるように、俯き、震え、喚いた。


 「いっそ殺してください! 私にはなにも申し上げられません……! ……どうか……どうか、不忠なこの私を、罰してください、ルイル王女殿下!」


 嗚咽が、弱々しく床に叩きつけられる。男はずっと泣いていた。これ以上なにを聞いても、答えなど返ってこないだろうと推測した。

 ロクはとてつもなく困惑していた。

 目の前でなにが起こっているのか、まったく理解が追いつかなかった。

 ルーゲンブルムという敵国の服を、なぜアルタナ王国の人間が身に着けているのか。追い詰められてなお、なぜこの男は事に至る経緯を白状しないのか。


 一人、ガネストだけが、切迫した表情を浮かべていた。


 「……ロクアンズさん」

 「な、なに?」

 「……もしかしたら、僕たちは、とんでもない事態の片鱗を見てしまったかもしれません」

 「え?」


 呆然とロクは立ち尽くした。ガネストも黙りこむ。

 そこへ、遠巻きにしていたルイルが、ゆっくりと歩み寄ってきた。


 「……あの」

 「どうしたの? ルイル」

 「えっと……その……。ルイルのはなし……きいてくれる?」

 「え? ああ、うん。いいよ」

 「……──しんじて、くれる?」

 「? う、うん。信じるよ、ルイル」

 「……あのね、」


 伏し目がちにぎゅっと手を握り、言い淀むルイルだったが、意を決して言った。

 

 

 「ライラおねえちゃんは、いきてるの」

 

 

 

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