第009次元 海の向こうの王女と執事3

 

 「遠路はるばる、ようこそおいで下さいました、メルギースの次元師様。心から歓迎します」

 「ジースグラン国王陛下、お会いできて光栄です。コルド・ヘイナーと申します」


 アルタナ王国、王城。城内へと足を踏み入れたコルドとロクアンズは、国王が待っているという寝室へと通された。


 大きな寝台から上体を起こす白髪の男――ジースグランが差し出した手に、コルドは自分の手を優しく重ねた。

 ロクアンズは、なんとなくつまらなさそうな顔で、そんな二人の様子を眺めていた。


 「こんな姿で、申し訳ない……。本来ならば、王華の間で挨拶をしたいところを……」

 「いえ、とんでもございません。どうかご自愛なさってください、国王陛下」

 「……ところで、そちらのお嬢さんはもしや……」

 「ああ、こちらはロクアンズという者です。ロク、挨拶を」

 「あ、うん」


 突然名前を呼ばれ、ロクは間の抜けた返事をした。

 ジースグランの白い髪がゆっくりと動いた。視線を向けられたロクはどきっとするも、ごく自然に彼の前へやってきて、手を差し出した。


 「初めまして、ロクアンズっていいます! ええっと……王女様の、友人になるよう頼まれて……あれ?」

 「こらっロク! 国王陛下の前でなんてことを……!」

 「ははは。これはこれは、元気なお嬢さんだ。ロクアンズ、というんだね。どうかあの子のこと……元気づけてあげてほしい」

 「うん。まかせてっ……くだ、さいませ?」

 「……ったく……」


 アルタナ王国の国王、ジースグランとの挨拶も済ませ、二人は彼の寝室から退出した。


 「さてと……それじゃあ、俺はさっそく元魔の討伐に向かう。また後でな」

 「えっ? あたしも行く!」

 「お前には重大な任務があるだろ」

 「だってだって……! そ、それにすごい数なんでしょ!?」

 「そうだな。数はいまのところ、7体確認されているそうだが……俺はこれでも、戦闘部班の立ち上げで呼ばれた次元師だぞ? 一人で十分だ」

 「そんなあ……。この前は、ピンチだったくせにぃ」

 「あ、あれはたまたまだ! とにかくそっちは任せたからな、ロク」

 「……むー……」


 いかにも不服です、といった表情で頬を膨らませるロクに、コルドは背を向けて歩きだした。


 ロクは、すぐ傍で待機していたメイドたちに促され、その場から移動した。

 メルギースにある此花隊の本部もだいぶ大きな施設に分類されると思っていたが、さすが王家の人間が住まう王城というところは広さも内装もスケールがちがう。

 まず天井が高い。そこから吊り下げられた数多のシャンデリアは煌々と輝き、真っ赤なカーペットが足元を呑みこんで延々と伸びていく広い廊下を余すことなく照らしている。壁には名画、廊下の曲がり角には花瓶台が設けられているので、城内はどこも侘しさを感じさせない。

 目に映るものすべてが、王族のいないメルギース在住のロクにとっては珍しいものだった。




 「こちらが第二王女殿下、ルイル・ショーストリア様のお部屋でございます。ロクアンズ様」

 「……ふーん……」


 ロクが連れてこられたのは、一際大きな扉の前だった。煌びやかで繊細な装飾が施されたその扉の迫力たるや、首を上下左右に傾けてやっと全貌が把握できるほどのものだった。

 王女の部屋。それをロクは理解してかせずか、腕を持ち上げ、そのまま扉の表面をガンガンと叩きだした。


 「もしもーしっ!」

 「!? ロクアンズ様!?」


 メイドたちがどよめくのも気にせずに、ロクは扉を叩き続ける。王族のいる部屋に訪れる者がすることとはとても思えず、メイドたちは騒然とした。

 ロクは扉を叩きながら、声を張った。


 「もしもーしってば! ねえルイル! いないのー?」

 「ルイ……!? ロクアンズ様! その、ルイル王女殿下のお部屋です……! このようなことをなされては……」

 「え? でもあたし、ルイルの友だちになれって言われたしなあ……。おーい、ルイルー!」

 「──かえってッ!」


 扉を叩く手が、ぴたりと止まった。

 扉の向こう側から声がした。可愛らしい、幼い子どもの声だ。


 「……ルイル?」

 「かえって! かえってってば!」

 「……って言われてもなあ……」


 ロクが困ったように髪を掻いた、そのとき。


 「なにを言ってもムダですよ」


 藪から棒に声が飛んでくる。

 ロクの注意が向かった先で、その声の主は銀のワゴンを連れて立っていた。白と紺のコントラストが目を引く召使用の制服に身を包むその人物は、少年だった。


 「ガネスト様!」

 「……あなた様が、メルギースよりいらっしゃったという、次元師様ですか?」


 ガネストと呼ばれた少年と、目が合う。

 ロクは、ガネストの姿をまじまじと見つめる。背丈は自分よりすこしだけ高く、レトヴェールと同じくらいだろうかと推測した。男児にしては大きな青の瞳。すこし長めでやわらかそうな髪は、淡い海を思わせる色だった。

 執事服を当然のように着こなすその姿や落ち着き払った声色に、ロクはすこしばかり委縮した。


 (この子、あたしやレトと同じくらいの歳……だよね)


 「あ、うん。ロクアンズだよ。よろしくね、ガネスト」

 「気安く呼ばないでもらえますか」

 「へ?」


 ガネストは冷めた口調でそう返すとロクの横を素通りし、ルイルの部屋の前までワゴンを転がせた。


 「ルイル王女殿下。昼食のご用意ができました」

 「……ガネスト?」


 探るようにルイルが言った。しかし彼女はすぐに調子を取り戻して、


 「いらない! かえって!」

 「ルイル王女殿下。ここ数日、ろくに食事をとられておりません。体調を崩されてしまいます。どうか召し上がってください」

 「いらないってばっ!」


 一層強く返してきた。ガネストはここへ来たときとなにひとつ変わらない表情で、嘆息した。


 「……ルイル王女殿下。お言葉ですが、あなた様は次期国王となる御方です。9日後には子帝授冠式が行われます。あなた様が子帝となられるのは、もう決まったことなのです。ご理解ください」


 そのとき。扉の内側で、バンッ! と鈍い音がした。扉になにかをぶつけたのだろうか。ルイルは矢継ぎ早に投げ返した。


 「ガネストのばか! 国王になんかならないって、ずっといってるでしょ! なんでわかってくれないの!? ……ルイルじゃないもん……国王になるのは、──おねえちゃんだもん……っ!」


 言葉尻が、涙を交えて震えていた。周りのメイドたちは心配そうにオロオロとし始めたが、

 一人、ガネストだけが冷淡に言い放った。


 「あなたは、次期国王としての自覚がなさすぎです」


 小さなうめきが、体を叩かれて喚くような泣き声に変わった。


 「ちょっと言いすぎだよ、ガネスト」

 「だから気安く呼ぶなと言ったでしょう」

 「……なんでそこまでルイルに冷たくあたるの?」

 「あなたこそ、理解ができないんですか?」

 「な、なんだって?」

 「ここは、アルタナ王国の王城です。ルイル王女殿下は次期国王となる御方で、あなたが気安くその名前を呼んでいい御方ではありません」


 ガネストは鋭くロクを睨んだ。

 なんて冷たい海の色なんだとロクは感じた。


 「……このように、ルイル王女殿下はだれとも取り合おうとしません。部外者のあなたがなにを言ったところで、聞く耳を持ちませんよ。では、僕はこれで」


 そう言うとガネストは、銀のワゴンをぐるりと回転させ、来た道をそのまま辿って行ってしまった。

 周りのメイドたちはそんなガネストの後ろ姿を、ただ黙って見送った。


 「いまの男の子、ガネストっていうんだよね?」

 「え、ええ。ガネスト・クァピット様。代々アルタナ王国の王家の人間に仕えてきた、執事の家の者です」

 「執事? じゃあルイルの執事が、いまのガネストってこと?」

 「ええ……。ですが、ルイル王女殿下の執事として正式な任が下されたときから……ガネスト様はまるで別人のようにお変わりになって……」

 「前はどんなだったの?」


 ロクは何の気なしに質問したつもりだったが、メイドらしき女性は突然、パッと表情を明るくした。


 「それはもう! いつもルイル王女殿下のお傍にいらっしゃって……片時も離れることなく! それにとてもお優しくて、ルイル王女殿下といっしょにいらっしゃったときは仲睦まじい、本物の兄妹のようで……」

 「へええ……っ?」


 予想だにしていなかった返答に、ロクは驚いた。


 すでに後ろ姿もなくなった廊下の先と、固く閉ざされた部屋の扉とが、昔は兄妹のようだったという二人の現在を物語っていた。

 

 

 

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