第007次元 海の向こうの王女と執事1
「雷撃ィ!!」
ただ広い室内に、張りのある声が反響した。
掌から雷光が放たれる。微弱な電気が床を這う。鍛錬場はとても広い空間になっていて、放った電気は壁や天井に触れることなく、目の前で散ってしまった。
「……う~ん。だめだなあ……。やっぱり、威力が足りないのかなあ」
ロクアンズは、ぽりぽりと髪を掻きながらそう呟いた。
『次元の力』とは、200年前に突如この世界に現れた"非科学的な力"である。
その力を与えられた人間の数は計り知れないが、力の数は推定100と言われている。選ばれた人間たちに共通点はなく、ほとんどの学者たちは『無作為の選ばれている可能性が高い』と推測している。
次元の力を与えられた人間のことを、この世界では『次元師』と呼ぶ。
100の力に対して、次元師の数が計り知れないというのは、次元の力を持つ次元師が命を落とした場合、次に世界のどこかで新たに誕生した人間がその力を受け継ぐ、という不可解なシステムが働いているからだ。
いつの時代も100の数を守り続ける次元の力は、いまだに多くの謎を秘めている。
世界中のだれもが知っているのは、"異次元の世界から、ある特定の武器や魔法を取り出す力"である、ということだけだろう。
若草色の長い髪を持つ少女、ロクアンズ・エポールも、そのうちの一人だった。
彼女が有するのは『雷皇らいこう』──その名の通り、雷を操る次元の力。
雷を放出したり、床に伝わせたり、柱にしたりと、最近の中だけでもロクは次元の力の扱いに多少慣れているらしいとわかる。
ロクが自分の手のひらを見つめながら、広い室内でぽつりと立ち尽くしていると、
ギィ、と重たい扉を開く音がした。
「朝早くから精が出るわネ~、ロクちゃん」
「モッカさん!」
扉を押し開きながら入ってきたのは、肩までのベージュの髪色に緩いウェーブをかけたような髪型の、モッカだった。
彼女は、派手な色の塗料を施した指先をひらひらと振った。
「どうしたのー? モッカさん」
「この前のフィリチアの件、見事解決したって聞いたわ」
「ああ! ……いやでも、けっこう叱られちゃって……」
「ふふ。やっぱりね。アタシもこってり絞られちゃったぁ~」
「えっ、そうだったの?」
「そーそー。『勝手に二人を送り出すなんて何事ですか!』ってネ~」
「ごめんねモッカさん……巻きこんじゃって」
「いーのいーの。気にしないで。それに、実はコルド副班長のせいだったんでしょ? 巻きこまれたのはこっちよ~ってネ?」
「あはは!」
「あっ、そーだそーだ。その彼がお呼びみたいよ」
「え?」
「班長室で」
「げッ! そうだった!」
ロクは、その辺りに脱ぎ捨てていた灰色のコートと、何枚かの紙を拾い上げると、ばいばい! とモッカに言ってすぐに鍛錬場を出ていった。
鍛錬場は、東棟の一階に設置されている。そのほかにも講堂、集会所、戦闘部班班長室、会議室、戦闘部班の班員用の寝室など、おもに戦闘部班に所属している隊員のための設備が、この東棟に揃っている。しかし大食堂や治療室、資料室などといった、戦闘部班以外の隊員も使用する設備は、中央棟と呼ばれる建物内に位置しているため、連絡橋を渡って建物を移動する必要がある。
戦闘部班の班長室に呼ばれたロクは、おなじ東棟内の二階へ向かっていた。
『戦闘部班 班長室』と、木製の扉にはめこまれたガラスのプレートにはそう書かれていた。が、ロクは大して意識することもなく、ガチャッと大きな音を立てて入室した。
「わかりました。早急に準備をいたしま──」
「コルド副班長!」
「おわっ!? と……おい、ロクか! お前なあ、入室するときはノックをしろノックを! しかもここをどこだと思っている!? 班長室だぞ!」
「わわ……っそ、そんな、いっぺんに言わないでよ!」
「じゃあいっぺんに言わせるな!」
「まあまあ、コルド君。そんなに怒らなくとも」
「班長! 一介の班員が、上司である班長の仕事場にノックのひとつもなく入室するとは、由々しき問題です! 子どもだからとか、そういうことは通用しません! どこへ向かわせたとしてもその派遣先で失礼のないよういまから礼儀の作法を……──」
「わかったわかった。社会における礼儀作法の講義でも設けよう」
「えええっ!? そんなあ!」
「異論は認めないぞ」
わかりやすく、がっくりとロクは項垂れた。
しかしすぐに、あっ、となにかを思い出したように顔を上げると、ロクは手に持っていた紙束をコルドに差し出した。
「? なんだこれは」
「反省文だよー。フィリチアのときの!」
「ああ。今日で3日目か」
コルドは、ロクから手渡された紙束に目を通しながら、そう思い返した。
隣町、フィリチアでの元魔討伐から3日が経過した。しかし、直属の上司に断りもなく任務に出かけてしまったロクに対して、『3日間、朝に反省文を提出すること』と、『その間外出許可を与えない』という二つの罰が下された。ちなみに、その任務に同行していたレトには反省文提出の命はなく、彼は謹慎処分だけを言い渡されていた。
コルドは反省文に目を通し終えたのか、すこし目から離して言った。
「……いいだろう。今日から復帰だ、ロク」
「やったー! もう、体がうずうずしてたんだよ! ばりばり任務に行くぞー!」
ふっ、とコルドが笑みをこぼす。と、彼は突然、ああ、と会話を切り出した。
「──そうだロク。さっそくで悪いんだが、これから任務に同行してもらえるか?」
「え、ほんと!?」
「ああ。急いで出かける準備をしてくれ。それとレトもだ」
「……あー……」
「なんだ?」
「レトたぶん……まだ寝てると思う」
「……うそだろ」
コルドは、コートの胸ポケットから時計を取り出すと、その針をまじまじを見つめた。
時刻は午前9時。コルドはてっきり、あの真面目そうな性格からして朝早くに起きて本でも読んでいるのかと思っていたが、とんだ思い違いだったらしい。
「レト、起きるの遅いよ。夜遅くまで本読んでるから」
「あいつ、夜型だったのか……」
「寝起きは機嫌悪いしね」
「……」
コルドは、はあ、と大きなため息をついた。
「わかった。今回はお前だけ連れていく。とりあえず急いで準備をしてくれ。詳しいことは船の上で話す」
「え? ……船?」
「海を渡るからな」
コルドは、戦闘部班班長のセブンに一礼し、班長室を後にした。海を渡る、というワードにしばしの間ぽかんとしていたロクも、慌てて退室し、自室がある3階のフロアへ向かった。
腰に取りつける用のポーチに、ロクは必需品を詰めこんでいく。簡単な治療薬、筆記具はもちろん、携帯食料をすこし多めに持っていくのもいつものことだ。
ガチャリ、と自室のドアを開けて廊下に出る。すぐ隣はレトの自室となっているが、出てくる気配はしない。
一応、コンコンとノックを試みたロクだったが、案の定反応がなかったためやむを得ず引き下がった。
「レトは?」
「……」
「そうか……」
無言でふるふると首を振るロクに対し、コルドは短く息を吐く。
中央棟の一階。ここは特殊な造りをしていて、ずっと真横に伸びる廊下の壁沿いに総合受付のカウンターがある以外には、なにもないただの通路だ。そして、廊下からすぐ目の前に広い中庭が見える。カウンターからまっすぐ歩くと、段数の少ない階段から地面の上に降りることができる。東西に長い廊下には、太陽の光を均等に切りわけているかのような柱の太い影が並んでいる。
コルドが階段を降りはじめたので、ロクも彼に続いた。
「ねえね、コルド副班。海を渡って、どこに行くの?」
「ん。ああ」
広い中庭を横断しながら、コルドは言った。
「アルタナ王国だ。メルギースとも友好的な関係を築いている、穏やかな国だよ」
荷馬車を用意してもらったから、それで港町まで行こう。そう言ったコルドとともに門をくぐると、荷馬車とそれを扱う隊員が二人を待ち構えていた。
まもなく発進する。馬が蹄を打つ音、そして道の上を転がる車輪の音が、ロクの心に強い高揚感を齎した。
(どんな人がいるのかな)
初めて味わう胸の高鳴りを、荷馬車が着々と港へ運んでいく。
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