第006次元 花の降る町3

 

 男は、レトヴェールやロクアンズとおなじデザインの隊服を身に纏っていた。


 「こ、コルド副班……っ!?」


 コルドが鎖を強く引っ張る。すると鎖は元魔の身体に深く食いこみ、きつく締め上げた。黒い喉がはち切れんばかりの叫喚を撒き散らす。


 「じ、次元師様だあッ!」

 「次元師様が助けにきてくださったぞー!」

 「やっちゃえー!」


 紐で締めた肉塊のように元魔の皮膚が鎖の隙間からはみ出している。元魔は身動きひとつ許されることなく、ただ少しずつ体をくの字に折り曲げていく。


 「おい! 無事かと聞いているんだ、二人とも!」

 「え? う、うん!」

 「そうか……」

 「! こ、コルド副班!」


 レトが気づいたときには、遅かった。

 さらに体を畳んだ元魔が力を振り絞ると、鎖の持ち主であるコルドの体が、空高く打ち上げられた。


 「な、なにっ!?」


 鎖で元魔と繋がっているコルドの体は、大きく弧を描いて空を飛ぶ。このまま、高い位置から地面に叩きつけられれば、無事では済まないだろう。


 「コルド副班! 鎖を離せ!」


 レトはそう叫んだ。


 「!? そんなことをしたら……──!」

 「いいから離せ!!」


 離せ、と言われたところでコルドの胸中は不安の色で染まっている。鎖を離せば、文字通り元魔の動きを封じていた手網が絶たれることになる。やや遠目から、町人たちが元魔を取り巻く三人の次元師の様子を伺っているとはいえ、そこに危害が及んでしまうであろうということは容易に推測できた。

 しかしその鎖を離せと叫ぶレトの姿を、ロクは横目に見ていた。


 「れ、レト……」

 「ロク、でかいのを頼めるか」

 「え?」

 「時間がない。チャンスは一度だけだ。……俺を信じろ、ロク!」

 「……」


 面を食らうも、ロクは、にっと強気な表情に変わった。


 「うん、もちろん!」


 レトとロクが頷き合うのを、コルドは空の上から見ていた。

 意を決する。

 遥か空中。コルドは、鎖から手を離した。


 「頼んだぞ、ロク!」

 「まかせて!」


 コルドの身体が宙をさまよう。それを見たレトがすかさず走りだした。

 元魔が捕縛から解放される。

 空から降ってくる大きな身体にレトが飛びつくと、

 刹那。

 ロクが両手に雷を湛えていた。


 「五元解錠──!」


 指を組む。離す。両の手のひらを、元魔へ向ける。


 「──雷柱ッ!!」


 雷が細い閃光となって、地面の上を駆けていく。それが真円を描くと、元魔を包囲した。

 その円に囲まれた地表が、砕ける。次の瞬間。膨大な電気の塊が、一本の太い柱となって元魔の全身を呑みこんだ。


 「ギャアアアアアアアアッ!!」


 叫喚が、雷とともに空を突く。鱗のようなものが剥がれ、肉体が焼き払われていくその様を、ロクやレト、コルドに留まらず、町人たちも息を呑んで見送っていた。

 元魔の額にあった赤い心臓が、パキッと音を立てて割れた。

 焚いた火の粉のように、怪物の破片がすこしずつ空へ流れていくと、


 あっという間に、怪物がいたはずの場所にはなにもなくなってしまった。


 「……すごい」


 町の子どものものと思われる、小さな声がした。


 「す、すげええっ!!」

 「これが次元師様の力か! やっぱすげえよ、あんたたち!」

 「きゃー! 次元師様、素敵ー!」

 「守ってくれてありがとうなあー!」


 ワアッ、と歓声が沸いた。ロクの周りに、町人たちが目を輝かせて集まってくる。


 「こんなに小さいのになあ」

 「いつも巡回で来るだけだったから、改めてその技ってのを見てみると、すごい派手でたまげたよ!」

 「大したもんだよ、嬢ちゃんたち!」

 「へっ? え、えへへ!」


 ロクはたじろぎながらも、へらっと笑みを返した。


 すこし遠いところからギャラリーを眺めていたコルドが、それにしても、と口を開いた。


 「まさかお前があんな無茶な行動をとるとは思ってなかったぞ、レトヴェール」

 「……たぶん、二度とやらない」

 「ははっ」


 コルドは、さきほど鎖から離したほうの手のひらを見つめた。


 「あのまま地面の上に落ちたとしても、新しい鎖でも出してこの辺りにある適当な木に巻きつけて、木をクッションに着陸しようと考えていたんだよ、俺は」

 「……」

 「でもまさか、お前が飛びこんできてくれるとはな。助かった。ありがとうな、レトヴェール」


 レトの頭にぽんと手を乗せた。若干いやそうに顔をしかめられた気がしたが、振り払われることはなかった。


 「動かなきゃって、思っただけだ」

 「……お前たちは、いいコンビなんだな」

 「レトー! コルドふくはーん!」


 人影の山に埋もれて、ぶんぶんと手を振っていたのはロクだった。

 名前を呼ばれた二人が人だかりを掻き分けてロクのもとへ行くと、彼女は片腕に大きな花束を抱えていた。


 「見て見て! 町のみんながお礼に、ってお花くれた!」

 「これはすごいな。よかったな、ロクアンズ、レトヴェール」

 「へへへ~」

 「ここの自慢の品っていったら、花くらいしかなくてねえ」

 「食えるもんでもないが、感謝の気持ちだ。受け取ってくれよな、小さな英雄さんたち!」


 ロクが調子を上げてわははと笑う。レトは小さく息を吐いた。そんな2人より幼いであろう少年が、2人のそばにとことこと寄ってきた。


 「ねえ、じげんしさまは、きょうだいなの?」

 「へ?」

 「……」

 「ぜんぜんにてないんだね、ねえママ!」

 「そ、そうね。さ、あんたはあっちで遊んでなさい」

 「えー」

 「そうだね」


 ふてくされて母親の服を引っぱる少年の頭を、ロクはわしゃりと撫でまわしながら、しゃがみこんだ。


 「ぜんぜん似てないんだっ、お姉ちゃんたち」

 「どうして?」

 「それはねー……ほんとの兄妹じゃないからだよ」


 少年は聞き返した。


 「ほんとのじゃないって、どういうこと?」


 ロクは立ち上がる。そのときレトと目が合った。

 たたっと駆けだすと、それに合わせて人の波が避け、ロクは、花束を持ったままくるりと振り返って言った。



 「──いつかこの世界を救う英雄になる、エポール義兄妹だよ!」



 花びらが舞う。

 活きた花たちが、ロクの腕の中でさわさわと揺れた。

 後の祭りであるかのように、あっけにとられて急に静まり返った町人たちに、ロクたち3人が背を向けるときだった。バウッ! と遠吠えがして、その鳴き声の主に3人は大きく手を振り返した。


 「……い、いまあの子……なんて」

 「──エポール、ですって……?」


 町人たちのざわめきは、聞こえていた。しかし、2人が振り返ることはなかった。

 

 

 

 

 

 「ねえ見てレト! この花束ね、見たことない花がたくさんある!」

 「よかったな」

 「……ほんっっっと、冷めてる!」

 「しかたないだろ」

 「しかたなくない!」

 「……」


 此花隊本部への帰り道。レトとロクのいつものちょっとした言い争いをなんとなく耳にしながら先頭を歩いていたコルドが、急にぴたりと足を止めた。


 「……どうしたの? コルド副班」

 「忘れもんか?」

 「い、いや……その」


 珍しく口を濁すコルドの顔を覗きこむように、彼の背中から2人が顔を出した。

 コルドは、ゴホンとわざとらしく咳をした。


 「今日のことだが……」

 「うっ! ま、待った! コルド副班聞いて! あたしたちはなにも、その、出来心だったとか、困らせたかったわけではなくて~……!」

 「すまなかった」


 コルドが、丁重に頭を下げた。

 予想もしていなかったことに、ロクは大きな目をぱちくりさせた。


 「へっ?」

 「今回、フィリチアでの元魔討伐にお前たちを巻きこんでしまったのは……俺のせいだ。実は、すこし前にもフィリチアへ行って、元魔の痕跡がないか、それらしい事件は起こっていないかの調査をしたんだが……庭園が荒らされていたのを知って、それについて聞いたときに『害獣のせいだろう』と町の人に言われ、『そうですか』って勝手に納得して帰ったんだ……。自分で調べもせず、な。でもお前たちは、見逃さなかった」

 「……」

 「……セブン班長の言った通りだ」

 「え?」


 コルドは視線を上げる。ロクとレトの、幼い瞳が、さきほどの戦闘でどれほど頼もしかったかを心の奥のほうで噛みしめる。


 「本当にありがとうな、レトヴェール、ロクアンズ」

 「……へへっ!」


 ロクが首を傾けた拍子に、花束もおなじように優しく揺れた。


 「そんじゃあご褒美がほしいな~! ねっ、なんかおいしいもの食べて帰ろうよコルド副班~!」

 「それはなし」

 「ええっ!? な、なんでっ!? いま、あたしたちのおかげって……!」

 「無断で元魔討伐に出たこと、まさか帳消しになるとでも思っているのか?」

 「うっ!」


 そこを突かれてしまっては、といったようにロクはわかりやすく全身で脱力した。

 コルドはキビキビと歩きだしたが、しかし、もう1度だけ立ち止まって、


 「バカなこと言ってないで早く戻るぞ。──ロク、レト!」

 「……!」

 「……」


 振り返らずに、背中の後ろにいる2人の名前を呼んだ。


 「はーい! コルド副班っ!」


 ロクの元気な声が返ってきた。レトからの返事はなかったが、おそらく、わかりにくい笑みを浮かべていることだろうと思った。

 

 空から、雨のように花が降りそそぐ。

 しかし雨とするには温かいそれらに見送られて、3人は肩を寄せ合い帰路についた。

 

 

 

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