第003次元 対立する

 

 「元魔は、人間を襲う怪物だ。俺たちじゃまだどうにかできる相手じゃねえよ」


 

 レトヴェールは冷たくそう言い放った。


 ──『元魔』というのは、いまからおよそ200年ほど前に北方の国付近の森で発見されて以来人間の世界で発生し続けている、"異形の化け物"の総称だ。

 その実態はいまだに判明されていない。この世界に現存するどの動生物とも似つかず、まさしく化け物と呼ぶにふさわしい外観をしている。生息地も様々であり、人間の前に突然姿を現すことも少なくない。


 現段階でわかっているのはその発生時期と、凶暴な性質な持つ元魔には次元師でしか対抗できないこと。

 そして、無差別に人間を襲うということだけだった。


 「またレトはそうやって……! いまこうしてる間にも、元魔に怯えて暮らしてる人たちがたくさんいるんだよ!?」

 「子どもが2人で行ったって大怪我を負うだけだ。聞いてなかったのか? 元魔の被害報告が大量に届いたって」

 「聞いてたよ。でも一般人が被害に遭うくらいだったら、あたしが行く! だって次元師だもん! どんなに怪我しようが、やっつければいいんでしょ!」

 「っ、ロク!」

 「なにさっ!」

 「……え、っとぉ……」


 モッカは紅を差した頬を掻く。カウンター越しに2人が睨み合う。彼女は口を挟まずにため息をついた。

 レトはカウンターから身体を離すと、入ってきた扉に向かって歩きだした。


 「……勝手にしろ」

 「レト!」


 扉を開け広げると、レトはそのまま姿を消してしまった。背中にかけた呼び声が室内の薄暗さに吸いこまれる。ロクアンズはカウンターに凭れかかった。


 「レト、いっつもあんな感じ。本ばっか読んでて、不愛想だし冷たいし……──やっぱり、あたしが本当の……」

 「ロクちゃん……」

 「……あ。ごめんごめん! 落ちこんでたって、しょうがないよね! ……よし!」

 「ロクちゃん、もしかして」

 「決まってるよ! あたしだけでも行ってくる!」


 コルドには内緒にしてくれと、ふたたびロクは口元に指を立てる。モッカはしぶしぶ、1枚の紙をテーブルに置いた。ロクはそれを受け取るなり集会所から出ていった。モッカは、これでよかったのかと小さな背中を見送った。




 喧騒を苦手とする彼らしい室内は、静寂と、大量の本とで構成されている。許されているのは本のページをめくる音ただひとつであるのに、レトははっとまばたきをした。

 つい数分前と、同じページが開かれている。


 「……くそ」


 そのとき。背を向けていたほうの壁越しに、なにやら物音が聞こえてきた。がたごそばたばたと、忙しなく狭い室内を動き回っているのだとわかった。

 隣の部屋は、ロクの自室だ。レトは壁を凝視する。


 「……」


 ギィ、バタンという音を合図に、物音は止んだ。

 レトは壁から目を離すと、くしゃりと頭を掻いて、本を閉じた。




 ただ広い廊下に、足音が反響している。規則的な音の羅列がロクの鼓膜を抜けていく。

 ロクの脚は中央玄関へと向かっていた。真上よりすこし傾いた太陽が、総合受付のカウンターに光を差している。

 ゴミひとつない廊下をぼんやりと眺めていたロクは、ふいに日差しの方を向いた。


 「え」


 レトが、本を片手に柱のひとつに凭れかかっていた。


 「レト……なんでここに」

 「行くんだろ。さっさと終わらせてこないとバレるぞ」


 ぱたりと、やわらかく単行本を閉じる。壁に預けていた背中を離すと、レトはそのまま門へ向けて歩きだした。

 ロクは慌ててレトについていく。


 「レト! ねえ、レトってば!」

 「うるせえな」

 「ねえなんで? あんなにいやがってたのに」

 「……監督不行き届きって言われるのはシャクだから」

 「え?」

 「見過ごすくらいなら、見損なわれた方がマシだ」

 「……」

 「んだよ」

 「──ううん。なんでもない! ……じゃあそういうことで、張り切っていこーっ!」

 「ちょ、おいロク! 声がでかい!」


 軽快な足どりで走りだす。2つの影が、並ぶ足音と門をくぐり――飛び出していく。

 門の上で羽を休めていた野鳥たちも、晴天を翔けた。



            *



 「なるほど……これは、警備を強化する必要がありますね」

 「ただがむしゃらに人を置けばいいという問題ではない。支部に散り散りになっている次元師に召集をかけようと思っているところだ。遅ればせながら、ね」

 「いえ。セブン班長の責任ではありませんよ。この『戦闘部班』という組織の発足も、つい最近認可されたばかりなんですから」


 『戦闘部班』――此花隊における、『研究部班』『医療部班』『援助部班』に並ぶ新組織は、事実上次元師のみで構成される武装集団である。

 次元師が戦争の火種となることを恐れる政府は、次元師の集団組織化にいい色を示さなかったが、長年の説得によりようやく首肯したのだという。


 「そうだね。まったく、隊長には頭が上がらないよ」

 「ええ」

 「あとは、あの2人に続いて新生隊員が増えてくれることを祈るばかりか……」

 「……」

 「どうしたんだい? コルド君」

 「班長、やはり隊員の募集には年齢制限を設けるべきではないでしょうか」

 「年齢制限?」

 「ええ。たしかに、戦闘部班が発足してすぐレトヴェールとロクアンズが入ってきてくれたことには感謝しています。次元師として過ごした年月も浅くはないので、実践的な任務にも同行を許可できます。……しかし、不安なのです。あの2人はまだ、10を超えたばかりです。いくら次元師として肝が据わっていても、まだ子どもであることに変わりはありません」

 「……」

 「あの2人を見ていると、危なっかしくて仕方がないのです。もしもこの先、──生死を分かつような運命に見舞われたらと思うと……」

 「大丈夫じゃないかな」

 「え?」

 「あの2人は、君が思っているより弱くないさ」



            *



 適当に折りたたまれた依頼書を開く。目撃情報の欄には『フィリチア』と記載されていた。

 レトはロクの手元を覗きこむ。


 「フィリチアか。案外近いな」

 「隣町だね。でもここなら、コルド副班がこないだ巡回に行ってたけど……」


 此花隊の次元師は、警備の仕事も務めている。戦闘部班の発足と同時にこの役職に就いたコルド・ヘイナーは、新生隊員のロクとレトを連れて巡回警備に出ているのだが、彼1人で近隣の村町を回ることも少なくない。


 「最近なんじゃないか?」

 「んー……」

 「とにかく行くぞ。時間がない」

 「うん、そうだね!」


 コルドに黙って隊を出てきている2人に時間の猶予はない。背徳感からつい足早になると、小さな歩幅はぐんぐん目的地へと近づいていった。

 

 

 

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