第002次元 此花隊

 

 ここは、海に囲まれた大国──『メルギース』

 青い海に浮かぶ巨大な大陸のうち、"南半分"を占めるこの国はそう呼ばれている。広大な国土は、点在する町村や大自然から成り立っている。

 貧富の差も大きくないこの国は比較的住みやすく、他国から移住してくる民も多い。人と技術が溢れかえるこの国はいわゆる、先進国である。ゆえに貿易も盛んに行われている。


 活気溢れる街のそばには豊かな自然地帯。国全体を通して、どこの土地もおなじような地域の広がり方をしている。


 その代表とも呼べるのが、国内最大の都市、『エントリア』という街である。


 エントリアの外ではめったに見られない二階層の家宅、宿屋、数多の研究施設が街の中に立ち並んでいる。

 そして、広場のある賑やかな商店街を抜けてすぐのところにも――ある大きな研究施設が、門を構えていた。



 「──以上のように、『次元師』と呼ばれる人間は、ほかの人間にはない"異質の力"を有している」



 その施設の一階に設置された、講堂。木造の長机が等間隔で並べられている。各長机の下に、椅子が3つも4つも収納されている。本棚なども壁にずらりと並んでいた。グレーを基調とした隊服に身を包み、本を片手に朗々と説いているのは黒髪の男、コルドだった。短く切り揃えられた髪に精悍な顔つき、ハキハキとした口調の端々からも彼の人物像が伺える。


 「それゆえ、この国では次元師の組織化が原則的に禁止されているが、ここ『総合次元研究機関"此花隊(このはなたい)"』に限り、それが認めら……ロクアンズ!」

 「ほぇあっ!?」

 「講義中にも関わらず、居眠りしていたように見えたが……もちろん、ちゃんと聞いていたんだよな?」

 「も、もちろん!」


 机にべったりと張りついていた若草色の髪が、勢いよく起き上がった。張りのある白い肌と大きな、左の目。右目は細い傷跡で閉ざされている。

 意識半ばながらに、少女――ロクアンズは揚々と言葉を返した。


 「そうか。では聞こう。この国で、次元師の組織化が原則的に禁止されているのはなぜだ?」

 「? めっちゃ危ないから!」

 「……。もっと具体的にだな」

 「──メルギース歴516年」


 思ってもいなかった方向から声が飛んできた。コルドは反射的に、声のした方を向いた。

 教本らしきものに視線を落としたまま、金の髪をした少年が淡々と続ける。


 「この年は、『第四次メルドルギース戦争』が停戦になった年だ。このとき同時に、この間の依頼でもあった『人身売買の禁止法』が発表されたわけだけど……そこには、この大陸の"北半島"を占める『ドルギース国』側の軍隊にメルギースを含める他国の人間が複数人と、鎖で繋がれた次元師たちが交じっていたという背景があった」

 「……えーと、」

 「本人たちの意思に関係なくドルギース軍はその捕虜を軍力に加え出陣させ、攻め入られたこっち側のメルギース軍も、それに対抗してメルギース国籍の次元師たちを前線に送ったんだ。結果として、土地も人も大きく被害を受けた。でもすぐに政府が対処した。政府は、対立するメルギースとドルギースの間を取り持ってる中立の団体だからな。そんで軍力として戦争に関わっている次元師たちを保護したあと、停戦に持ち込んだんだ。そこから政府の中でしばらく抗議した結果――『国家間に於ける次元師の軍事的活動を禁ずる』……と、国法で定めたわけだ」

 「……」

 「ほかに説明はいるか?」

 「いや、見事だ。……さすがの博識だな、レトヴェール」

 「そうそう! あたしもこれが言いたかったの!」

 「お前はだまってなさい」

 「コルド副班。ちょっと前から思ってたけど、この講義ってなんの意味があるんだ?」


 金髪の少年――レトヴェールが、ようやく顔を上げる。すると、少女のような瞳孔がコルドへと向いた。目鼻立ちの整ったその顔立ちから性別を間違われることも多々あるが、彼はれっきとした少年だ。

 少女のように思わせてしまうのには、彼自身が、胸あたりまで伸びた金色の髪を一つに結っているせいもあるだろう。


 「あーそれ、たしかに! あたしもレトも、内容ほとんど知ってるよ? 家にあった本とか資料とかに書いてあったし!」 

 「──『次元の力』……次元師、と呼ばれる人間だけが許された、"異次元の世界から、ある特定の武器や魔法を取り出す力"……。基本的なことは抑えてるし、いまさら学ぶことでもないっていうか」


 レトは、視線のすぐ先でなんとなく広げていた本を下ろした。

 コルドの持っている教本とおなじ物であるその本には、まったく別物の小さな冊子が挟まれていた。内容は見る限り、小説らしいとわかる。


 「……たしかに、次元師であるお前たちに、次元の力の基礎学や歴史を説くのは、余計なお世話だろう」


 だが、とコルドは続けた。


 「さっきも言ったように、次元師の組織化は国法で禁止されている。それはもちろん大変危険なことで、また戦争の火種となりかねないからだ。俺たち次元師は、ふつうの人間を遥かに凌駕する"力"を持っている。にもかかわらず、ここ此花隊に限りそれが認められたのは、十分な管理体制ができているからなんだ」

 「……まあ、ここは研究施設だしな」

 「ああ。そして、我々『戦闘部班』の設立にあたって政府から提示された条件の一つに、『所属する次元師に対し、次元の力に関する正確な知識と道徳の心得を十分に説くこと』とある。提示されたからには、この講義の内容も上に報告しなければならない。……お前たちにとっては退屈な時間かもしれないが、どうか我慢してほしいんだ」

 「……なるほどな。それじゃあ、」

 「ん?」

 「この前の任務で、"次元師の本来の存在理由外に於ける活動"が許されたのは、政府にとってこの『戦闘部班』が都合のいい組織になったからなのか」

 「……そういうことになるな」

 「ふ~ん。つまんないのっ」

 「──いやあ、お見事!」


 明るい声が飛んでくる。

 軽快に手を鳴らしながら、小麦色の髪をした男が3人の近くまで歩み寄ってきた。

 コルドはギョッとする。

 垂れ目のその男は、愉快そうに笑っている。コルドは手に持っていた教本を机に置くと、慌てて彼のもとに駆け寄った。


 「セブン班長! い、いつからこちらに!?」

 「やあ、コルド副班長。いつもご苦労。ちょっと前に来たんだけど、おもしろい話が聞こえてきたものだから、ついね」 

 「ついって……!」

 「たった13の少年に、あそこまで言わされてしまうなんてなあ……ククク」

 「……面目もございません」

 「いや、君を責めているんじゃないんだ。さすがだなと感心してるんだよ──ね、レトヴェール君?」

 「……」


 セブンは、含みのある笑みでレトをちらりと見た。

 それに対してレトがふいっと視線を外すのを、セブンは半ばおもしろがっているようだった。


 「ああそうだ。講義中のところ悪いんだけど、ちょっといいかな」

 「はい」

 「しばらくコルド君を借りることになるから、君たちはもう自由にしていいよ」

 「えっほんと!? やったーっ!」

 「班長たちはどこ行くんだ?」

 「こらロクアンズ、レトヴェール! セブン班長になんて口の利き方を……!」

 「まあまあコルド君。やんちゃなのはいいことだよ。というか君はまだ、彼らのことをそんな風に呼んでいるんだね」

 「……名前が長いからって、省略してしまうのは……それに愛称というのはこう、親しい人間がですね……」

 「気軽にロク、レトって呼んでくれてぜんぜんいいんだけどって、ずっと言ってるんだけどね~」

 「そうなのかい? 相変わらず固いんだねえ。堅気なのはいいことだけど、部下と打ち解けるのも仕事のうちだよ」

 「……は、はい……肝に銘じておきます。それで班長、話というのは?」

 「ああ。……実はまた、――『元魔』による被害報告が、大量に届いてね……」

 「……」


 レトとロクに背を向けると、2人の男は肩を並べて講堂をあとにした。

 すると、椅子から立ち上がろうとするレトの席に、ロクが飛びついた。


 「! な、なんだよロク」

 「ねえレト、このあと用事ある?」

 「え? いや、資料室で本を読もうかなとは思ってたけど……」

 「ええー! またレトは……。ちょっとくらい鍛錬場とかに来ればいいのに! そんなんじゃ、どんどん実力引き離しちゃうよ!」

 「べつに競ってねえよ」

 「むぅ……」

 「それじゃ。俺資料室行くから。お前は鍛錬場でもどこでも行ってこいよ」

 「あ、待って!」

 「なんだよ」

 「行くのは鍛錬場じゃなくて……集会所!」

 「は?」


 きょとんとするレトの腕を掴むなり、ロクは勢いよく駆けだした。

 2人はそのまま講堂から退室した。


 目指した先は、施設内の2階の一角にある、やや広めの部屋だった。丸いテーブルといくつかの椅子とがセットとなってまばらに設置され、入ってすぐ目につくところにカウンターが構えていた。

 カウンター横の壁にかけられた大きなコルクの掲示板には、同じ大きさの紙がいくつも張りつけられている。そのどれにも、『依頼書』と太文字で記述がなされていた。


 退屈そうにカウンターに寄りかかっていた女性は入ってきた2人に気がつくと、小さく手を振った。


 「モッカさん! こんにちはー!」

 「はぁいっこんにちは、2人とも。今日はお連れさんといっしょじゃないのネ」


 耳にかかった緩いウェーブの黄土色の髪を掻き上げると、赤い耳飾りが揺れた。

 彼女、モッカは眼帯に隠れていない方の赤い瞳でロクの顔を覗きこんだ。


 「えへへ。ちょっとね」

 「おいロク、お前まさかこれから任務に出ようっていうんじゃないんだろうな」

 「ピンポーン!」

 「あのなあ……」

 「あら。2人だけってことは……うーん。運搬作業か、害獣駆除か……ちょうどイイのあったかしら」

 「あ、ううん! 今日はちがうの!」

 「へ?」


 ロクはカウンターから手を離すと、とととっと掲示板の方に駆け寄った。

 そして掲示板を見上げつつ、ふたたびカウンターの方に向き直る。



 「──『元魔』の討伐に出たいんだけど、新しい依頼が来てたりしない?」



 レトは目を丸くした。ロクの陽気な横顔に言葉を失う。

 拍子を抜かれたモッカも、あら、と目をぱちくりさせながら言った。


 「え、ええ……たしかに来てるけど……」

 「ちょ、ちょっと待てロク! 元魔の討伐は、俺たちだけで行くのはまだだめだって、コルド副班から言われてるだろ!」

 「そうだね」

 「『そうだね』って……お前、意味わかってんのか?」

 「うん。だから──コルド副班には、ナイショで行くんだよ!」


 にひっと、ロクは白い歯に指をあてて、悪戯っぽく笑った。

 

 

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