最強次元師!!

瑚雲

第001次元 緑色の瞳

 

 溢れんばかりの歓声が、会場中に広がった。


 「続いての商品はコチラッ! 芸術大国伝説の壺職人が手掛けた、世界にたった1つしかない最高峰の作品『アメリオンの壺』! さあさあッ! 惜しんでる時間はない! 財ある者は手を挙げろッ!」


 高い天井に向かって、十何もの手が伸びた。

 その手首にはだれもが、ギラギラと輝く装飾品を施している。大きなダイヤからシックで上品なデザインのものまで、指輪ひとつとっても、ここに訪れた招待客たちの身分を推察することは容易だった。


 「80万!」

 「85万テール!」

 「87万だッ!」

 「90!」

 「92万!」

 「きゅうじゅ……いや、100万テールッ!」


 その声を最後に、会場は静まり返る。次に名を挙げる者はいない。司会の男は、派手な赤色のジャケットを大袈裟に煽らせると、黒い手袋で包まれた右手を振り上げた。


 「100万出ましたァ! 対抗する方は! ……いない? いませんか? ……──いないようですッ! おめでとうございます! アメリオンの壺を見事に手にしたのは、100万のあなたァッ!」


 ふたたび、歓声。鼓膜を破くような歓喜が、狂気が、容赦なくこの空間を支配していた。


 会場内の喧噪をバックグラウンドに、1人、丸々とした体系の男がワイングラスを弄んだ。

 男は2階席で下の様子を伺っていた。


 「がっはっは! いいぞ、いいぞ! あんな適当に作った贋作に、100万の値がついたか! どいつもこいつも目は悪いが、羽振りはいい」


 男は口を大きく広げて、唾が飛ぶほど豪快に笑っていた。短い丸太のような脚が、もう片方の脚に乗りきらずじつに滑稽な形で男は腰かけに座っている。

 男は、ズボンのポケットに手をつっこみ、小さな器具らしきなにかを取り出した。


 「ご苦労だったな」


 器具越しに声をかけられ、下の階でさきほど司会を務めていた男が、会場の隅のほうで耳元に手を添えた。


 『とんでもありませんよ、デーボン様。私はただの司会です。腕のいい職人に作らせた甲斐がありましたよ』

 「主催なんてのはラクでいいな。はした金でもバラまけば、下の者どもは勝手に動く。おかげで私たちの懐はあったまるばかりだ」

 『ハハ。まったくです』

 「引き続き頼むぞ」

 『はっ』


 デーボン、と呼ばれた男は口元から器具を離した。ポケットにしまうのも忘れて、くくくと厭らし気に笑う。


 「……それに、今回は……」


 男は、ちらりと1階のステージ横に目をやった。ひらひらとはためくカーテンが、扉の役目を果たしている。

 そのカーテンの奥はいわゆる舞台裏というやつで、前と左右に廊下が伸びている。カーテンをくぐり、首を左右に回せばすぐに、横並びになっているいくつもの部屋の扉が目に入るだろう、当然ながら部屋の中には、競売にかける商品が保管してある。

 次に壇上へ運ばれてくる商品のことを思うと、男はにやけた口元を隠しきれなかった。


 「両眼の色が異なり、珍しいと評判の品が手に入った……っ! しかも女だ。幼いガキ。高値がつかないわけがない! ……あの『シーホリー』の一族の"瞳"には劣るが、十分値は張るはずだ! ……また儲けてしまう。困ったものだな! あッははははッ!」

 「そうか」


 ちゃり、と。

 丸々とした男の耳元で銀の擦れる音がした。

 太い首筋に、"鎖"が添えられていた。

 突然の事態に驚いた男は、分厚い背筋が急速に凍っていくのを感じ取った。振り返ることができず、前を向いたまま、いつの間にか背後にいたその人物に声を投げかける。


 「……な、なッ!? き、貴様は、いったい……ッ!」

 「主催者のデーボン・ストンハックだな。名作を騙った贋作の数々を巨額の値での売買するという偽証行為。並びに、人身の売買行為。これらは国内では禁じられている。まさか、知らなかったなどとは言わないよな?」


 そう淡々と告げたのは、黒髪をきっちりと短く切り揃えた若い男だった。会場内の薄暗さに溶けこむような、灰色のコートを身に纏っている。ところどころ白や黒のラインが入っており、どこか団体の制服らしいデザインをしていた。

 まだ青年らしさがすこし残ってはいるが、眉も太く、凛々しい顔つきが10代のそれではない。口調の端々に熱意がこもっている。その若い男が怒気を孕んだ語尾で言い放つと、両手で掴んでいる鎖をぐっと持ちあげた。デーボンの顎が釣り上がる。


 「ひぃっ、ゆ、許してくれぇ!」

 「それはできない。事が済み次第、お前には政府まで同行してもらうからな」

 「せっ、政府……だと!? ……そ、そそ、そんな……。……まさか……」


 デーボンの太い首が、かっくりと折れる。同時に、手に握っていた小さな器具が床に落ちた。絶望の色に染まった顔を覗く限り、これ以上抵抗する様子はなさそうだ。

 黒髪の若い男は、デーボンの手脚に鎖を巻きつけながら、耳に装着した白い器具に指先を持っていく。


 「こちらコルド。主催者の拘束に成功した。あとは任せたぞ」


 器具越しにコルドと名乗ったその若い男は、一方的にそう告げた。文字通り背中を丸くしたデーボンが、ぽつりと呟く。


 「なぜここが……なぜここだとわかった。こんな何の変哲もない、似たような離島はほかにもたくさん……」


 デーボンは信じられないといった風にコルドに問いかけた。コルドはすこし考えてから、ふたたび口を開いた。


 「毎年この時期になると、この島で貴族向けのツアーが開催される。その3ヶ月ほど前から、失踪被害が不自然に増加するんだ。被害者は女子どもが多く、さらには珍しい体質や外観を持つ者が多い。そして、この時期を境に被害が急激に減る──だから目をつけたんだ。……だ、そうだ」

 「は?」

 「うちのガキがな」



 ──喧騒、歓声、司会のトーク、高らかな歓喜の声、どよめき、拍手。反響する。

 1人、幼い少女がステージ横の廊下で立ち尽くしていた。彼女はカーテンの隙間から漏れ出している会場の光や、喧噪を浴びながら、暗い廊下で棒のように立ち尽くしていた。

 少女は俯いていた。右は黄金、左は翡翠の美しい双眸でぼんやりと床を見ている。次の"商品"は自分だ。幼いながらに、それだけはなぜかはっきりと理解していた。お金でだれかのモノになる。両手足を縛る鎖からも、笑い声やお金からも、この場所からも逃げだせない。背中が震えて止まないほど、わかっていた。

 ──だれか。

 そんな小さな声を出したところで、あの喧噪にぜんぶ呑みこまれてしまうのに、


 「……たすけて」


 涙といっしょに、こぼれ落ちた。


 「大丈夫だよ」


 そのとき、背中になにかが触れた。

 激しく湧き上がる歓声。盛り上がる会場。待ち焦がれる眼差し。嫌な声たちに紛れて、聴こえてきたのは、

 もっとも聞きたかった声だった。


 「──え?」


 声のしたほうへ顔を上げると、もう1人、自分以外にも少女がいた。

 その人物は自分に笑いかけているようだった。


 それだけではなかった。少女の隣には、少年もいた。胸あたりまである髪を一つに縛っているせいで一瞬女の子かと思ったが、2人がなにかをぼそぼそと話し合っているのを聞くと、口調が男の子らしいとわかった。暗がりでよくわからないが、2人の髪色は、自分とおなじで異なっていた。


 2人のだれかが、合図を交わし合う。

 

 「準備はいいな、ロク」


 「ばっちりだよ、レト」


 幼い声が、わあっと湧き上がる大人げない歓声に呑みこまれる。



 「さあさあさあッ! お待たせしました! 続いては、本日の大目玉ッ! 美しい栗色の髪……そして、世にも珍しい──両眼の色が異なる少女! 人呼んで『狂彩の一族』の登場だァッ!」


 今日一番の歓声が、会場中に響き渡った。舞台裏に、カーテンの向こう側に、期待の眼差しが一斉に突き刺さる。

 しかし、しばらく経っても商品は姿を現さなかった。


 「……おい、出てこねえぞ」

 「どうなってんだ!」

 「はやく出しなさいよ!」

 「いつまで待たせんだよ!」


 そのとき。ステージ横のカーテンが開かれた。そこから黒い布を全身に被った、背丈の低い人物がゆっくりとステージに上がってくる。飛び交っていた不平不満が途端に、甲高い歓声へと変わる。

 派手なジャケットを着た司会者が、黒い布の端をつかんで高らかに叫んだ。


 「それではご覧ください! こちらが、『狂彩の一族』ですッ!」


 ──バサッと布が剥がされる。だれもが期待を湛えた眼差しで、ステージの上に注目を浴びせていた。

 が、しかし。


 「……は?」


 細い傷跡によって塞がった右目。対して、その左目は大きく、新緑の色。

 踵まで伸びた若草色の髪が特徴的な、──1人の少女だった。


 「ザンネンでしたあっ! ──悪さできるのも、ここまでだよ!」


 彼女はしっかりと両足で立ち、勝気な左目で会場を睨んだ。無邪気な子どものように、にっ、と口角が吊り上がっている。

 予想だにしていなかった人物の登場に、しばし驚いていた招待客たちだったが、彼らは途端に顔を真っ赤にして、ステージに向かって怒鳴り散らした。


 「なんだ、このガキ!」

 「商品じゃないじゃない! どうなってるの!?」

 「ガキはすっこんでろ!」

 「そうだそうだッ!」

 「ここは子どものくるとこじゃないのよ!」

 

 矢継ぎ早に投げられる罵声。しかし、彼女は頑として怯まなかった。

 若草色の前髪が揺れる。すこしだけ俯き、ぎゅっと拳を握りしめた。


 「子ども子どもって……善悪の区別もつけらんないようなオトナが──」


 少女は言いながら、握った右の拳をぐっと後ろへ引いた。

 次の瞬間。

 ──彼女の拳が、"雷"を纏い、眩い光を放った。


 「子どもに説教するなあッ!!」


 勢いよく突き出した少女の掌から、独特の重低音と雷とが飛散する。招待客たちは悲鳴をあげ、ステージ付近から遠ざかった。少女の右腕に、電気の糸が無数に絡まる。招待客たちは、突然雷を生み出したその少女を畏怖するように後ずさりした。


 「な……っ、い、いまのって……!」

 「ど、どこから、雷なんて……!?」

 「──まさか、」


 だれかが呟いた。


 「ま、まさか、世界にたった100人しかいないと言われている……──"次元師"の1人かッ!」


 少女──ロクアンズの若草色の左目が、強気に揺れた。

 招待客たちの顔色が、青ざめていく。声が出せなくなっていた。1人、踵を返した人物に続くように、数多の足音が一目散に出入口へと向かっていく。


 「に、逃げろーッ!」

 「なんで次元師がこんなところに!」

 「いいから、いいから逃げるんだあッ!」


 悲鳴をあげながら、次々と走り去っていく背中を呼び止めるでもないロクアンズの耳元に、すかさずノイズが走った。


 『なにやってんだ、ロク! 招待客は全員捕まえろって指示され──』


 コルドではない、さきほどまでいっしょにいた少年の声だ。ロクアンズは少年の言葉を遮り、「わかってるよ」と小さく微笑み返す。


 「だれが──逃がすかあっ!」


 ロクアンズは思い切り拳を振り上げた。その腕に稲妻が這う。電気の破片を浴びながら、彼女は叫んだ。


 「──"雷撃"ィ!!」


 振り上げた拳が、勢いよく床を殴りつける。

 その途端。彼女の拳を起点に、"雷"が唸りをあげた。フロア一帯に波打つように広がっていく電気が、有象無象の人々の足元を疾風の如く駆け抜ける。瞬間、招待客たちは肌を刺すような痺れに脚を絡めとられた。小さく悲鳴を上げながら、彼らは次々と床の上に倒れこんでいく。


 それは、一瞬の出来事だった。


 カーテンの奥から、そっと顔を覗かせた狂彩の瞳。その持ち主は、目の前の光景にぽかんとした。

 会場が、しんと静まり返っていたのだ。

 気がおかしくなりそうな歓声も、厭らしい笑い声も、金の値も、なにひとつ聞こえてこない。カーテンの布を押しのけ、自然と会場内に足を踏み入れていた。


 「ほら、もう大丈夫だよ!」


 元気な声にはっとして、少女の栗色の髪の毛がふわりと靡いた。

 灰色のコートに身を包んだロクアンズが、優しい笑みを浮かべて立っていた。


 「……」

 「どうしたの? もう怖いものはなにもないよ」

 「……あの……あなたは、いったい……」


 さきほど、だれかがおなじようなことを口にしていた。それでも聞かずにはいられなかった。

 そう、まるで──


 「そ、そうだな~……うーん……」

 「……」

 「──正義の味方、かなっ!」


 ロクアンズはそう言って、明るく笑ってみせた。

 そのなんとも子どもらしい無邪気な表情に、思わず見とれてしまっていたときだった。


 「コラ!」

 「あいだっ!」


 ロクアンズの頭上に、ポカッと硬い拳が降ってくる。拳を振り下ろしたのはどうやら、コルドらしかった。


 「なーにが『正義の味方、かなっ!』だ! おいロクアンズ、これはやりすぎだろう! 招待客全員を焼死させる気か!?」

 「だ、大丈夫だよ! ほら見て、みんな気絶してるだけだって!」

 「一歩間違えれば大惨事だったと言っているんだ! この大バカ者!」

 「ええ~!? ねえちょっとレト、なんとか言ってよーっ!」

 「自業自得」

 「は、薄情者ーッ!」

 

 

 

 経過はどうであれ、参加していた招待客の全員が意識を失っているのはコルドたちにとって好都合だった。


 「──ええ。主催側も含め、今競売会場内にいた総勢78名の参加者の拘束に成功しました。調査対象ということで手荒な真似は……しない予定、だったのですが。……はい。すみません。ご迷惑をおかけします、班長」


 通信機越しにぺこぺこと頭を下げているコルドを横目に、ロクアンズはなんとなく身体をふらふらさせていた。そんな彼女の灰色のコートがくっとなにかに引きつられる。彼女は思わず、うぉっと間の抜けた声を上げた。

 振り返ると、両眼で異なる色彩が、ロクアンズを見上げていた。


 「あの……」

 「あっ、もう心配いらないよ! これから故郷まで連れてってあげるからね!」

 「……あの、その……──ごめんなさい」

 「え?」


 栗色の前髪が、そっと下を向く。


 「めいわく、かけて……。こんな瞳(め)じゃなかったら、よかったのに……」

 「……」

 「だから、その」

 「あたしといっしょだね」


 すこしだけ屈むと、美しくもあどけない両の瞳が、ぱっちりと開かれた。


 「……え」

 「緑色だ。左の目」

 「……」

 「こういうときは、笑っていいんだよ!」


 少女の頭に手を乗せると、ロクアンズはわしゃっと栗色の髪を撫でた。無邪気な白い歯が、少女の目に焼きついた。

 遠くから名前を呼ばれて、振り返った彼女の背中に、――少女は声をかけていた。


 「……あの! ──ありがとう、ございました……っ」


 閉じられた右目の分まで、大きく見開いた左目が、

 緑色の瞳が応えた。



 「どういたしましてっ!」



 ────若草色の長い髪が、夕焼けを滲ませて、ふわりと風にさらわれる。

 ひとかけらも曇りのない笑顔で、ロクアンズは大きく手を振った。

 

 

 

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