スイッチが入る瞬間

 妹と遊んできました。

 遊ぶと言っても某デパートの北海道物産展を冷やかして、ちょうどお食事券を持っていたのでレストランフロアでお昼ごはんを食べてきただけです。


 私は人と会うのも話すのも嫌いで、出来るだけ外へ出たくないタイプです。

 昔は、ちょっと接客したりイベント司会したりという、人前へ出てなんぼという事をしていた時期がありました。

 会議の時など、暴言大王というか、わりと切り込み隊長でした。

 そんな私でも、昼食の時間や休憩は誰も来ない非常階段やトイレの個室でじっとしていました。

 それくらい、プライベートの時間は人を近づけたくなかったのです。

 要するに人嫌いです。


 なので、今日はどっと疲れました。


 販売業に携わったことがあるせいか、デパートで試食を断るのも、買わないのも罪悪感でつらいのです。

 そしてさまざまなブースで、お客さんでにぎわっている中ぽつんと人がいない売り場を見たりするとまたちょっと悲しくなるのです。

 要するに神経症っぽいナーバス人間です。


 そんなこんなでジンギスカン用羊肉と鮭とば、北海道ラーメンを買ってきました。

 妹からもらった大量の柿も抱えてバスで帰ってきました。

 めちゃくちゃ重かったです。

 へとへとです。


 さて、妹と別れて華やかなショッピング街を歩き、某ファッションビルの中を通ってバス停に近い出口から出ようとしていたとき、ピシピシともカタカタともつかぬ音がしました。

 それは、目の見えないお年寄りが杖でファッションビルの人造大理石のつるつるした床を探っている音でした。

 日に焼けてもじゃもじゃした髭が伸び、眼窩は落ちくぼんで目は真っ白、古い服を着崩したおじいさんでした。


 私は障がいをお持ちの方がおいでの時は、明らかに助けが必要なアクシデント中か、ご本人が手助けを求めている時しか声をかけません。

 ご本人が必死に社会生活のトレーニングをしている最中だったり、実はもう慣れていて手助けが要らない状態であったりすると、却って迷惑に思われることがあるからです。

 実際、それで手助けを申し出た某店員さんが年配の障がいをお持ちの人に怒鳴られているのを見たことがあります。


 でも、今日出会った視覚障害をお持ちのおじいさんは、自分の前を人が通ったとき

「すみません、上りのエスカレーターはどこでしょうか?」

と訊ね、その人はおじいさんの質問に気づかなかったのかさっさと通り過ぎていきました。

 なので、おじいさんの後ろでじっと様子をうかがっていた、どう見ても怪しい私が

「何かお困りですか?」

と声をかけ、手を引いて上りのエスカレーターへ案内しました。

 目の見えない方を案内する正しいやり方がわからなかったので、

「あと10mで右折します」

「ここから右に曲がります」

「今から手にエスカレーターのベルトを掴ませますから」

とやりましたが、それでよかったのかどうかわかりません。


 でも、いいことをしたなと思いました。


 今日は紅茶の日だそうなので、フェアトレードのアッサムでミルクティを淹れて飲みながら思い返したのですが、昔私が人前に立つ仕事をしていたとき、人が大嫌いな自分の心に「かちっ」とスイッチを入れていたな、と……

 公私の自分を切り替えるスイッチ。



 あのおじいさんが、明後日の方向へ手助けを求め誰も振り向こうとしなかったとき、久しぶりにそのスイッチが入りました。


 普段が人嫌いな分、スイッチが入ると私は人に優しいよ!

 久しぶりだと、ほんのちょっと気持ちいいよ!


 そして、私みたいなのにしょぼい善行を自慢されるとモニョりますよね、わかります。

 だから、さらに素晴らしい善行を自慢して私をぎゃふんと言わせてください。

 ぎゃふんと言いたいです。

 やぶさかではないどころかIt's my pleasureです。

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