十六章

落日

一話 部隊長たちが床にへばりつく姿は見たくなかった

 翌日。昨日よりは落ち着きを取り戻しつつも、やはりアルッサム城内は慌ただしかった。

 城内に地獄の門があるかもしれない、という情報は現時点で秘匿扱いとなった。キャンディスたちアルッサム王族や各国の王、騎士団長や一部の重鎮だけに共有され、今のところは混乱している様子はない。

 本当に実物が出てきたら大事件になるだろうが。ひとまず、早急に城内を探索出来るようにするとキャンディスが言っていたので、今は出来ることをして待つしかない。

 そういうわけで、俺は陛下の護衛をしつつ、自分の後継者問題を片付けようと思ったのだが。


「それなら、もうすでに各国の王たちに向けて宣言書を出したぞ」

「は、はあ⁉ いつのまに!」

「すでに全ての国の王からお祝いのお手紙をいただいておる」


 見るか? と差し出された四枚のお手紙。流石は王たち、このような状況でも素晴らしいレタリングを見せつけてくる。

 そしてどれもこれもが、俺が次代のオルディーネ国王となることを祝福するものばかりだ。


「このような状況じゃからな。いつ、誰に何があってもおかしくはないじゃろう? これでもしワシに何かあっても、オルディーネが迷うことはない」


 なにせ、各国の王が認めた後継者が居るのだ。我が国の未来は明るいのう、と陛下がホクホク顔で言った。

 確かに国としてはそうかもしれないが、俺個人としては非常に動き難くなってしまった。次代とはいえ、国王だ。すでに各国の王は言うまでもなく、重鎮たちや騎士までもが俺をオルディーネ国の王族と同等として扱うだろう。

 俺に何かあれば、国が傾く。逆に考えれば、俺に何かしらの形で恩を売れば、それだけでも大きな利益に繋がる。打算的な考え方をしなくとも、俺がキャンディスたちを気にかけているように、周りは俺を同じように扱うべき存在だと認識するだろう。

 ぐああ! やり難い! 俺の頭にはすぴぴと寝息を立てる暢気な黒鳩が居るのだ、王冠など乗るスペースは残ってないのに!


「陛下、ヴァリシュ様、キャンディス姫がいらっしゃっております」

「ふむ、例の件についてじゃろう。応接室にご案内を、お茶とお菓子の用意も頼む」

「かしこまりました」


 廊下に居た騎士から、キャンディスの来訪を告げられる。この話はこれで終わり、というよりもすでに俺が駄々をこねてどうにかなるような状況ですらなかったのだ。

 ガックリと肩を落としつつ、俺も陛下と共に応接室へと向かう。城の主が応接室でもてなされるというのもおかしな話だが、キャンディスは特に気にする様子もなく大人しくソファに腰を下ろしていた。

 俺たちの姿を見て優雅な動作で立ち上がる姿は、姫そのもの。今日は顔色もいい、怪我はすっかりよくなったようだ。


「キャンディス姫、お待たせして申し訳ない」

「いえ、お構いなく。それよりも、父からヴァリシュ殿が正式に後継者であると宣言されたとか。おめでとうございます」

「……アリガトウゴザイマス」


 どうしよう、祝福の言葉が石のようにのしかかってくる。逃げ出したくてたまらないのに、陛下に手を引かれて強制的にキャンディスの向かい側にあるソファに座らせられる。


「わたくし、恥ずかしながら国外のことに関しては不勉強で……オルディーネは四季がある国だとうかがったのですが、冬はやはり寒いのですか?」

「確かに季節は移ろいますが、比較的温暖な気候なのでそこまで寒くはありませんよ。雪は降りますが、テンロウ国のように高く積もることは滅多にありません。夏でもアルッサムほど暑くならないので、とても過ごしやすいですよ」


 お茶とお菓子が用意されるまでの間に、俺以外の二人が世間話を始める。人が出入りしているからだろう、本題には入らずに当たり障りのない話で場を和ませるのは流石の手腕だ。

 いや、ここにも王族にしかわからない思惑や策略があるのかもしれない。それをわかるようになれというのか、孤児院出身の俺に。

 うう、頭が痛い。


「なるほど。それならわたくしでも生活出来るか……ヴァリシュ殿のオリンドの地図があれば、アルッサムにはいつでも帰ってこられるし……」

「ちなみに、ヴァリシュは料理やお菓子作りが好きなのです。時折パンやらクッキーやらを大量に作っては、友人たちや城の者に配っておりまして。腕前も中々のものですよ」

「なんと、料理やお菓子作りまで⁉ なんという優良物件。こ、これはまさか早い者勝ちというやつか」

「くぽー! しっかりしてヴァリシュさん、少なくともこれは誰にでもわかるやつですよ!!」


 フィアが起きぬけに奇声を上げたことで、世間話は終わる。タイミングよくお茶とお菓子の用意も済んだので、俺たち以外の者は退席してもらった。

 皆の足音が遠くなるのを待ち、キャンディスがお茶を一口飲んでから話を始める。


「さて、本題に入らせていただきます。ヴァリシュ殿が正式にギデオン殿の後継者となったということなので、この件についてはギデオン殿にもお知らせしようと思います」

「ヴァリシュから地獄の門のことは聞きました。火山遺跡に残っていた書物に、門はアルッサム城の中にあると書いてあったとか」

「書物……ええ、そうです。損傷が激しく、持ち出すことが困難だったため、実物はここにはありませんが。わたくしも内容を確認したため、間違いありません」


 キャンディスの目が、ちらりと俺を見る。デストラとゴーシュに関しては地獄の門以上に隠した方がいいと判断して、陛下には嘘の説明をしていたのだ。

 キャンディスも双子の悪魔には思うことがあるらしく、何も言わずに話を合わせてくれた。

 陛下は疑うことなく、深く頷いてからキャンディスの方を見る。


「この話、お父上や他の国の皆さまには?」

「情報が必要だったため、父や兄にはしました。しかし彼らも寝耳に水だったようで、今は古い蔵書などを調べてくれています。事実だとは確定していないため、他国の王たちにはまだ話していません」


 そこで一度言葉を切ってから、キャンディスが俺の方を見る。


「この件は、我々の間でも極秘事項として扱われることになりました。臣下や騎士にも迂闊に話せませんし、人員を選ぶ猶予もないのです。本来であれば他国の騎士団長……いえ、一国の次期国王を巻き込む話ではないと重々承知しているのですが、とにかく人手が足りないのです。お願いします、ヴァリシュ殿のお力を貸してください」

「俺は、現時点ではオルディーネの騎士団長です。陛下や自国の者はもちろん、この国に居る人たちに危険が迫っているのなら見逃せません」


 暗に、今は時期国王ではなく騎士として動くという意思を示す。最低限それだけは譲れない。


「……ええ、わかっております。後継者に関する宣言は、あくまでもワシに何かあった時の保険です。ご覧のとおり、もういい歳ですからね。先日も申したとおり、現状から脱するための援助は惜しみません。ヴァリシュや、怪我には気を付けるのじゃぞ」

「はい、ありがとうございます」

「ただし、後継ぎに誰もつけずに居るのは、流石に国の沽券に関わりますので。今後はヴァリシュにも護衛を付けさせていただきます」

「へ?」

「キャンディス殿もよく知る人物なので、信用できると思います」


 いや、それこそ俺としては寝耳に水なのだが。思わず助けを求めるようにキャンディスを見るが、ニコリと笑いかけられるだけだった。


「もちろんです。むしろ、ギデオン殿のご厚意には感謝しかありません。まだ短い付き合いですが、ヴァリシュ殿は何かと危なっかしい方なので」

「少なくとも姫には言われたくないのですが」


 妹が攫われたとはいえ、一人で魔物が居る森の中へ走ったくせに。恨めしく見返すも、キャンディスはふふんとどこ吹く風だ。

 俺の視線は無視して、陛下に向き直る。


「しかし、ギデオン殿は大丈夫ですか? ヴァリシュ殿だけでなく、護衛となるとかなりの人員がこちらに割かれてしまうのではないでしょうか。ギデオン殿の身辺が手薄になってしまうのは、本末転倒ですよ」

「そちらはご心配なく。ヴァリシュや、あの二人をキャンディス殿に紹介しておいた方が良いのではないか?」

「そうですね。キャンディス姫、少しお時間を頂きます」


 俺は一度席を立ち、部屋を出る。そして食堂でぐったり……ではなく、待機していた二人を連れて戻る。


「キャンディス姫。本日よりこの二人を、ギデオン陛下専属の護衛として配置させて頂きます。彼らは今朝、オルディーネから駆けつけたばかりですので、顔と名前を覚えていただければと思います。女性騎士がヴィルガ、男性騎士がエルー。二人は騎士団の中でも部隊長を勤める実力者です」

「ヴィルガ・アストリーです。キャンディス姫、お会いできて光栄です」

「エルー・ジュストと申します。よろしくお願いします」


 キリッと、胸に手を添え騎士らしく名乗る二人。流石は部隊長たち。つい一分前まで食堂で水を飲みながら、「あづい……何ここ、むりぃ。全裸になりたい」「あっつ……ああ、床もぬるい……」と床に転がっていたとは思えない。

 ちなみにヴィルガはまだしも、メネガットではなくエルーが来た理由は、奥様と大喧嘩をした挙げ句に家を追い出されたからだそう。

 それはそれでメンタル面が不安だが、来てしまった以上は信じるしかない。


「ヴィルガ殿にエルー殿ですね。キャンディス・ジェイド・アルッサムです。お力添え感謝します」


 そんな事情があるとも知らずに、キャンディスも同じように名乗る。私生活はあれだが、馴染み深いこの二人が居れば、陛下も安心出来るだろう。


 



 

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