六話 しぶとく生き残るのは大体ワガママで自由なヤツである
デストラの言い分に、聖水爆弾を投げつけようとしていたリネットの手が止まった。
「こ、殺されるってどういうこと? アンタたち、仲間じゃないの!?」
「仲間……ははっ、悪魔に仲間なんて生温い関係性はないよ。家畜、がぼくたちには一番近いかな」
「まあ、ヴァリシュに見つかった時点で詰みだから、話してもいっか。今の悪魔の国は、堕天使さまが牛耳ってんだ。で、アーシたちは魔物を誘導する魔法が使えるから、この国に連れて来られたってわけ」
「それで、貴様らはアルッサムに魔物を仕向けたのか」
キャンディスが怒りを露わに剣を抜いた。ひい! とデストラとゴーシュがお互いの身体を抱き締める。
「落ち着いてください、飴ちゃ……キャンディス姫。彼らは堕天使に脅され、利用されているだけです」
「しかし!」
「それに、堕天使の目的がまだ不明です。あなたの怒りはわかります。しかしアルッサムを守るためには、彼らから少しでも多くの情報を引き出さなければなりません。ここは抑えて頂きたい」
「くっ……」
歯を食いしばりながら怒りに耐え、キャンディスが剣を収める。しかし、一度頭に上った血はそう簡単に下がらないようで、背を向けて双子から少し距離をとった。
口も聞きたくないが、話は聞くつもりなのだろう。彼女のためにも、少しでも有益な情報を聞き出さなければ。
「さて、話を戻すぞ。お前たちの目的は何だ。どうしてアルッサムを襲撃した?」
「さあね。アーシたちは堕天使さまに殺されないよう、指示に従っただけだもの」
「ただ、厄介な人間を城下に留めるため、とは言っていたよ。多分、勇者一行やヴァリシュのことだと思う。堕天使さまにとっての脅威は、それくらいしか居ないからね」
二人は嘘を言っているようには見えない。悪魔とはいえ、まだ子供と言える年齢だからか案外素直だ。
それに、キャンディスたちを助けに行った時、確かに堕天使は俺の姿を見て想定外だと言っていた記憶がある。
俺やラスターを遠ざけ、キャンディスたちを狙った理由。それは、
「地獄の門、か。お前たちは地獄の門とやらが、一体どういう代物なのか知っているのか?」
「そりゃあ、地獄に繋がる門でしょ」
デストラが何を当たり前のことを、と首を傾げる。
「……では、その地獄というものは一体何なんだ」
「え、人間って地獄のコト知らないの? おっくれってるー!」
「地獄は悪魔にとって、死後に行くと言われている世界……食べ物も、娯楽も何もない。静かで暗い場所」
「なーんにもない退屈な行き止まり。地獄に行くには死ぬか、門を開くかしかないって言ってたよ」
「何もない場所なのに、あの男は何を企んでいるんだ」
「そこまでは知らなーい」
「あの方の目的は聞かされていない。ぼくたちは殺されないように、ただ指示に従うだけ」
やはり、二人に嘘を言っている様子はない。彼らは堕天使に利用されているだけで、その目的などは明かされていないのだ。
「今の悪魔の国は、堕天使の支配下にある。ということは、その気があれば悪魔の残党をアルッサムや他の国に仕向けることも出来る。魔物よりも遥かに厄介だぞ」
「我々の手により、悪魔の軍勢は五割ほどまで削った筈ですが……流石に無視できる勢力ではありません」
「大悪魔はもうフィアちゃ……こほん、誰も残っていないから、そこまで強くはないかもしれないけれど……五つの国を同時に攻められたりしたら、困っちゃうねー」
カガリとリアーヌがうんうんと悩む。勇者の仲間たちがそこまで強くないとは言っても、全く説得力がない。
「なんにせよ、色々と準備が必要だな。こうなったらキャンディス姫の言うとおり、こちらから仕掛けるのもありかもしれない」
堕天使が悪魔の国を征服し、統率しているのなら先手を打つのも一つの手だ。デストラとゴーシュが言うように、力でねじ伏せているだけならば付け入る隙は必ずある。
でも、それが罠だという可能性もある。まんまと嵌って一網打尽にされては元も子もない。何にせよ、これ以上は俺が一人で悩んでいても仕方がないだろう。
あとはこの二人をどうするか、だが。少しはキャンディスの頭も冷えただろうかと、声をかけようとした俺をデストラの一言が遮る。
「でもさー、地獄の門ってアルッサムのお城の中にあるんでしょー? なんで人間たちは、地獄のことを知らないのさ」
「な、それはどういう意味だ!?」
キャンディスが血相を変えて、二人に詰め寄った。リアーヌとカガリも顔を見合わせる。俺も、正直凄く驚いた。
「だ、だって昨日、堕天使さま言ってたよ。地獄の門は、アルッサムのお城の中にある。門を開けるには、お城の人間たちがジャマだって」
「堕天使さまは、ラスターやヴァリシュみたいな厄介な人間は始末したがってるけど、それ以外の人間には別に興味ないみたいだった。興味ないというか、生きてても死んでてもどっちでもいい、みたいな」
「まあ……それは悪魔に対しても、だけど」
肩を諌めるデストラに、自虐的な笑みを浮かべながらぼそぼそと呟くゴーシュ。そんな二人に、キャンディスの顔が怒りと戸惑いが混ざった表情に歪む。
「て、適当なことを言うな! わたくしは生まれた頃からあの城で育った。でも、地獄の門なんて代物は知らない。お父様たちだって知らなかった!」
「そ、そんな逆ギレされたってわかんないよ!」
「キャンディス姫、落ち着いてください」
デストラに向かって手を振り上げたキャンディスを、慌ててその腕を掴んで止める。デストラは悲鳴を上げて震え、ゴーシュは怯える姉を守るために抱き締めた。
謎が謎を呼ぶ、というのはこのことか。何にせよ、これ以上ここで情報の真偽を確かめることは出来ない。
「とりあえず、ここは調べ尽くした。一旦アルッサム城に戻り情報を整理しよう。ラスターたちにも共有しておいた方がいい情報だしな」
「そうね、素材もたくさん採取出来てホクホクだしね」
「リネットお前、いつの間に背中のカゴをパンパンにしたんだ」
「では、カガリがフィア殿を探して参ります。少々お待ちを」
律儀にフィアを探しに行くカガリを待つ。一瞬で姿を消す彼女を相変わらず格好良いなと思っていると、少しは落ち着きを取り戻したらしいキャンディスが腕を掴む俺の手を外して言った。
「……ご迷惑をおかけしました、ヴァリシュ殿」
「気にしないでください。キャンディス姫のおかげで、有力な情報が手に入りました。それから、一つお願いがあるのですが」
「はい、なんでしょう」
「この二人、このまま生かしておいてもいいですか?」
俺の提案にキャンディスはもちろん、デストラとゴーシュまで目を大きく見開くようにして驚いた。
「み、見逃してくれるの?」
「なぜですかヴァリシュ殿! こいつらはアルッサムを」
「冷静に考えましょう。ここでこの二人を殺したところで、堕天使にとっては大した痛手にはならないと思います」
人手が減るのは手間ではあるだろうが、痛手と言えるほどではないだろう。
ならば、逆に利用してやればいい。
「この二人をスパイとして利用するのです。再び堕天使がアルッサムを襲撃する際には、先に俺たちに情報を伝えてもらう。そうすれば、対処はかなりしやすくなる」
「た、確かに……それは、そうですが。この者たちが裏切らない確証なんてないでしょう?」
「そうですね。でも、俺は知っているんです。悪魔という生き物は我が強く、とにかく自分の利だけを考える。そして、なんだかんだそういうワガママなやつの方がしぶといんです」
フィアもシズナも、とにかく自由だからな。と、心の中だけで付け加えつつ。何も言えなくなったキャンディスをそのままに、今度はデストラとゴーシュの方を向く。
「お前たちにとっても、悪い話ではないと思うが? この条件を飲めないと言うのならば、俺はこれ以上キャンディス姫を止めない。でも協力するなら、出来る限り守ってやる」
「ま、守ってやるって」
「それって、堕天使さまが相手でも?」
「俺の目的は、あの男を倒すことだからな。邪魔をしなければ、こちらも剣を向けたりしない」
二人が顔を見合わせると、ぱあっと顔を明るくさせながら大きく、赤べこのように何度も頷いた。
「わかった、協力する! スパイやる! こう言っちゃなんだけど、ウチらは戦うよりもそういう小細工の方が得意だからねっ」
「アルッサムを襲撃したことは、謝ってもどうにもならないことだと思う……だから、それは今後の働きで償わせてもらうよ」
「ふっ、交渉成立だな」
こうして、俺たちは頼りになる……かどうかはわからないが。双子の悪魔を仲間にすることが出来た。
カガリと共に戻ってきたフィアに、「今度はロリとショタですか! この人たらしー!」と叫ばれたことは、あえて言うまでもないことである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます