五話 それまだ持ってたのか、しかも十個も

 案の定、と言ったところか。


「ヴァリシュさん、何か聞こえますよ」

「全員、静かに。様子を見てくるから、ここで待っていてくれ」


 その場で皆を止め、俺一人で奥へと進む。相手の方は俺たちの存在に気がついていないのか、近づくにつれて声が聞こえてきた。


「ねーねーゴっちゃん、次はどうしよっかー。ムダにデッカイあのニンゲンの国、どうやったらコワセルかなぁ?」

「デス姉は元気だね……ぼくはこのままこの暗がりに引きこもっていたいよ。あーあ、ぼくたちがこうして引きこもっている内に、人間たちが勝手に滅んだりしないかなぁ」


 バレないよう、螺旋状の坂の上から声のする方を覗き込む。そこは俺の記憶にあるような、がらんどうとした空間とはかけ離れていた。

 中央に置かれたテーブルには、二脚の丸椅子。その上にはクッキーやチョコレートなどのお菓子が山盛りになっている。

 そして椅子に座ってお菓子を摘まみながら話す二人組。まだ十代前半から半ばくらいの少女と少年のようだ。


「もー! ゴっちゃんは相変わらず暗いなぁ。悪魔王さまはモチロン、あの鬱陶しい七大悪魔も、他の強い悪魔はほとんど居なくなっちゃったんだよ? つまり、アーシたちの独壇場なんだよ? もっと胸張っていこうぜーい!」


 少年の背中をバシバシと叩く少女。黄緑色のショートヘアに、ピンク色の瞳。オーバーサイズのシャツに短パン、厚底の編み込みブーツという出で立ちだ。

 ゲラゲラ笑っている様子を見ると、なかなか快活な性格らしい。


「いたた、痛い痛い。でもデス姉、人間たちには勇者が、そしてアスファ様を倒したヴァリシュが居るんだよ? ぼくたちみたいなザコじゃ、あっさりやられちゃうよ」


 少年の方はオーバーサイズのパーカーに短パン、スニーカーという格好。前髪が長いせいで、表情がよく見えない。

 ぼそぼそとした喋り方もあいまって、陰気な性格のようだ。

 二人とも、背中に小さな蝙蝠の翼がある。間違いなく、ラスターが見た悪魔だろう。


「大人しく、堕天使さまの指示を待ってようよ」

「えー? ヤダヤダつまんないよー! 今が成り上がるチャンスなんだよ?」


 ……それにしても、隠れているとはいえ俺が近くに居るのに気が付いていないのか。フィアが言っていたように、そこまで強力な悪魔ではないのかもしれない。

 何にせよ、ここで逃すわけにはいかない。


「まさか、こんな場所に悪魔の残党が居たとはな」

「へ?」

「なっ⁉」


 坂を飛び降りて、二人の前に立つ。ようやく俺の存在に二人も気が付いたのか、悲鳴を上げながら椅子を蹴飛ばして立ち上がる。


「なっ、なな! アンタまさか、ヴァリシュ⁉」

「どうしてここに……堕天使さまの読みが外れたのか」

「ほう? その言い方だと、堕天使と繋がりがあるようだな」

「うぐっ」

「ヴァリシュ、大丈夫⁉」


 騒ぎを聞きつけて、皆も駆けつけてきた。これで唯一の出入口は完全に塞いだが、相手は悪魔。油断は出来ない。


「悪魔⁉ どうしてこんなところに! ここがアルッサム皇国の聖域と知っての狼藉か⁉」

「ふーんだ! 人間が勝手に決めたテリトリーなんか知らないもん!」


 キャンディスの激昂に、少女がふいっと視線を逸らす。でも、逸らした先も悪かった。


「うーん……ヴァリシュさん。私、やっぱりこんなザコたち知らないですー」

「は?」

「え?」


 同時に固まる二人組。ただでさえ青白い顔が、ブルーベリーみたいな色になってきた。

 その視線の先に居るのは、ニッコニコ顔の大悪魔。


「ふぃ、フィア様なんでここに、しかも人間と一緒に――」

「おーっと! 手が滑りまくりました!」


 二つの金色の光線が、二人の悪魔の耳を掠め、奥の壁を鋭く抉った。昨日よりもさらに研ぎ澄まされた殺意に、幼い悪魔たちが震える。


「な、なんですか今の光線は!?」

「聖女、今の魔法凄いですね! 流石聖女!」

「ええ!? う、うん。どうだー、参ったかー?」


 二丁クロスボウを背中に隠しながら、フィアがリアーヌに全てを擦り付けている。確かに、この面子の中で魔法を使えるのはリアーヌだけということになっているのだが。

 リアーヌの咄嗟のドヤ顔に、キャンディスも「なんだ聖女様でしたか」と納得しているので、まあいいか。


「ヴァリシュさん、とりあえず名前を聞き出しましょう」

「そうだな。お前たち、名前は?」

「ふ、ふん! 誰が人間なんかに名前を教えるもんか!」

「名前を教えるということは、心臓を渡すようなもの。そう簡単に教えるわけにはいかない」


 ふいっと、左右それぞれに目を逸らす二人組。そういえば嫉妬の大悪魔ルインを始め、名前を知った相手を操る魔法を使う悪魔は少なくない。

 まあ、そうだとしても。


「この状況を見ろ。お前たちの名前を知ろうが知るまいが、ここには今にも手を出しそうなヤツしか居ないぞ」

「ヴァリシュ殿の言う通りです。貴様らの名前など、正直どうでもいい。アルッサムを穢した罪、今すぐその身で償って貰う」

「お待ち下さい、キャンディス姫。この二人からは少しでも、堕天使や残党悪魔の情報を聞き出さなければなりません。丁度いい椅子がありますね、縛り付けましょう」

「ねーねー、カガリちゃん。額に水滴を垂らし続けると発狂するって言うけど、本当なのかなー?」

「この聖女、陰湿な拷問方法知ってますね。でもそれ時間かかるので、手っ取り早く爪を一枚ずつ剥いでいくのがいいと思います」

「ひいいい!」


 お互いを抱き締め、ガタガタと震える悪魔たち。どうしよう、彼女たち思っていた以上に血の気が多かった。

 そしてリネットに至っては、


「もう手っ取り早く、これで良くない?」


 久しぶりの聖水爆弾を、問答無用で投げつけていた。


「ひゃあああああ!? なにこれ、なにこれ! 死んじゃうー!」

「い、息が出来ない……喉が、肺が焼かれる……」

「きゃー! 自慢の美肌がー!」


 密室なこともあり、霧状の聖水で大ダメージを受けてその場に倒れ込む二人。逃げたヤツが一人居るが、そのうち戻ってくるだろうし、スルーしよう。


「さ、どうするの。名前と知ってる情報を素直に喋る? それとも、もう一個投げようか? あと九個あるから、全部耐えたら見逃してあげるわ」

「アーシたち双子で、アーシが姉のデストラ。何でも聞いて」

「弟のゴーシュです。全部喋るから、もう勘弁してください」

「リネット……お前、妙に手慣れてないか?」

「そんなことないわ。それよりもヴァリシュ見て。よーく見て。この爆弾一つでこんな状態なら、コイツらシズナより弱いみたいね」


 物凄く強引に、意識を悪魔の方へ戻される。なんか怖いし、今は目の前の二人から情報を引き出すことに集中しよう。

 デストラとゴーシュの二人は双子で、まだ学生なのだそう。現時点で中悪魔でも下の方。階級としては、シズナよりも下だ。


「で、どうしてこんなところに居るんだ? 学校はどうした?」

「ふーんだ! 学校なんて、イイ子ちゃんだけが行けばいいの。アーシたちはアスファさまみたいに、ビッグになるんだから」

「というか、今は学校もまともに機能してないから、行っても意味ないし」

「まともに機能していないというのは、悪魔王が居なくなったせいか?」


 思えば、ラスターが悪魔王を倒して以降の悪魔の情報が全くない。フィアやシズナは言うまでもなくオルディーネに入り浸っているし、ゲームの記憶もそこまでで終わりだし。

 だから、二人の話はかなり貴重だ。


「うーん、それもあるけど……えっと、これは話していいのかな」

「なによ、話せないって言うなら」

「待って待って! 聖水はヤメテ! 話したらアーシたち、堕天使さまに殺されるかもしれないんだって!」

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