四話 勘で生きてるヤツみたいになった

「ここから先は魔物が出ますので、皆さまお気を付けを」

「キャンディスちゃん、病み上がりなんだから無理しないようにねー?」

「ええ、もちろんです。ヴァリシュ殿が居るんですもの、リハビリ程度で我慢しますわ」


 ……これは素直に頼られていると考えるべきか。とりあえず笑顔でやり過ごそう。

 魔物が出るとはいえ、リアーヌとカガリの援護があれば大したことはない。サクサクと倒し、どんどん先へと向かう。

 この辺りまで来ると、修復の手は届いていないらしい。遺跡というよりは、洞窟と呼んだ方が近い。

 未完成の地図に少しずつ書き足されていくが、今のところ新発見どころか手掛かりもない。古びた回復薬を見つけたリネットが喜んだくらいだ。


「ねえキャンディス、この薬もらっていい!? いいわよね!」

「ええ、どうぞ。でも、このような場所で放置された薬よりも、リネットさんの錬金術で作られた薬の方が優れているのではなくて?」

「ふふん、わかってないわねぇ。こういう昔の薬を研究することも、錬金術の発展にとっては大事なのよ」


 緊張感もいい感じに緩み、キャンディスがリネットの話が盛り上がっているところを見計らい、フィアに声をかけた。

 それにしても、リネットは本当に誰とでも仲良くなるな。コミュ力怪物か。


「そういえば、フィア。お前に聞きたいことがあるんだが」

「はいはい、なんですか?」

「お前、黄緑色の髪が特徴の二人組の悪魔に心当たりはないか? ラスターたちが昨日見かけたと言っていてな、少年と少女らしい」

「黄緑色の髪ー? さあ、知らないですね」


 なんだかんだフィアとも長い付き合いになってきたから、彼女の性格はもうわかっている。フィアは自分の興味がないことには、とことん関心を持たないタイプなのだ。


「やれやれ。シズナに聞いた方がよかったか」

「ちょっと! なんですか、その最初から期待してなかったって言いたげな反応は! 見ての通り、私は七大悪魔の一ですよ? 同僚はもちろん、実力のある悪魔はちゃんと把握してますっ」

「そうなのか?」

「その上で私が知らないのですから、その悪魔は間違いなくザコですよ、ザーコザーコ!」

「やめろその言い方腹立つ」


 とりあえず、フィアが知らない悪魔であることだけは確実のようだ。


「あら、ここも行き止まりじゃない」

「えーっと、これで地図も完成のようですね」

「え?」


 前を歩いていたリネットとカガリが、残念そうな声を上げた。確かに、目の前の通路は壁で閉ざされている。

 でも、おかしい。俺の記憶では、この先もまだ続いていた筈。


「カガリ、もう一度地図を見せてくれないか?」

「はい、どうぞ」


 手渡された地図を見る。几帳面な彼女らしく、かなり正確に書き記されている。

 でも、やはりここだけは違う。


「キャンディス、アナタの見立ては外れだったみたいね」

「むう、悔しいですわ。ビジュアル的には地獄っぽくて完璧ですのに」

「え、結局見た目重視だったの?」

「いや、ちょっと待ってくれ」


 俺は前に進み出て、目の前の壁を触る。一見すると普通の石壁だ。

 でも、やはり様子がおかしい。


「……リネット、ここで使えるような威力の低い爆弾を持ってないか?」

「え、何を言ってるのヴァリシュ。爆弾はね、火力がロマンなのよ」

「そうか、絶対にここでは使うなよ」


 祭壇付近ならまだしも、この辺りはほとんど人の手が入っていない洞窟だ。爆弾で壁を吹き飛ばせば、間違いなく生き埋めになることだろう。


「ヴァリシュくん、この先に何があるか知ってるの?」

「いや、なんていうか……勘、だ」

「勘かー」


 やばい、なんか呆れられてしまっている。でも、ラスターでさえ知らない遺跡の構造を俺が知っている、なんて言えないし。

 どうやって説得しようか迷っていると、意外にもキャンディスが真っ先に賛同した。


「あら、ヴァリシュ殿の勘ならば信じてみてもいいのではないでしょうか。昨日、土地勘がないにも関わらず、わたくしと妹の元に駆け付けて助けてくださったんですもの。ある程度勘が鋭くなければ、辿り着けなかったのではなくて?」

「確かにそうだねー。ヴァリシュくんの思いつきが、後々とんでもない事件になることって結構あるし」

「人をトラブルメーカーみたいに言わないで欲しいんだが」


 俺がトラブルを起こしているのではなく、トラブルの方が俺を追いかけてくるというのに。


「ふむ、気になることがあるのなら徹底的に調べてみましょう。カガリの持っている火薬を数か所に分けて設置すれば、安全に破壊出来るかもしれません。リネット殿、手を貸していただけますか?」

「オッケー!」


 カガリとリネットが手分けして火薬を設置していく。少々時間はかかったが、生き埋めになることなく壁を破壊することが出来た。

 そして俺の記憶の通り、壁の向こう側にも通路が続いていた。


「うわっ、何これ⁉」

「驚きですわ、まさか先に続いていただなんて」

「すごーい、ヴァリシュくんの勘が当たったねー!」


 キャンディスたちが興味津々に、壁に隠されていた先を覗いている。本当に怖いもの知らずだな。

 頼もしいけれど、唯一の男である俺の立場は一体。さっき頼りにするって言われたのは気のせいだったか?


「ヴァリシュさん、よく見たらこの壁……魔力の形跡が残っています」

「何?」

「むう、カガリには魔力のことはわかりませんが、確かに不自然です。ここに壁が作られたというよりは、どこかから持ってきたものをはめ込んだと考える方が適切かもしれません」


 粉々になった破片を摘まむフィアとカガリ。二人の話を信じるならば、魔法を使える何者かがどこかから持ち込んだこの壁をはめ込んだということになる。


「まさか、堕天使か?」

「えー? 違うと思います。あのイヤーな神聖な感じはしませんし。堕天使なら、自分でもっと悪趣味なお城とか作っちゃうタイプだと思います」


 後半はフィアの勝手な偏見なので聞き流すとして。彼女がそう言うなら、この壁は堕天使とは関係ないと考えていいだろう。

 なんにせよ、この先には何かある。 


「キャンディス姫、ここからは俺が先行します。カガリ殿は後方をお願いします」

「わかりました、頼りにさせていただきますね」

「はい、殿しんがりはカガリにお任せを」

「リネットとリアーヌは勝手に離れないように」

「わかったわ」

「はーい、大人しくしてまーす」

「……あれ? ヴァリシュさん、私はー?」

「お前は……好きにしてろ」

「適当! ひどい!」


 きいきいと喚きながら引っ付いてくるフィアをそのまま引き摺って、俺たちは先を進む。と言っても、記憶通りならばそんなに長い道のりではない。

 螺旋を描く形の下り坂があって、その先に少し広い空間があるだけ。そこには宝箱が一つあって、能力を底上げする装飾品が入っている筈だ。

 でも、隠れ家にするにはうってつけの場所だろう。


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