三話 本人不在なのに、評価がどんどん下がっていく


 暑さに耐性があるとはいえ、視界の中にぐつぐつと滾るマグマが見えれば全身から汗が噴き出してくるものだ。


「ふふふ。美丈夫として名を馳せるヴァリシュ殿でも、流石に火山の前ではそのような顔をなさるのですね?」

「名を馳せた覚えはないのですが……」


 なぜかキャンディスが勝ち誇ったような顔で見てくる。前髪が濡れて額に張り付いている様子を見るに、彼女自身も相当暑さを感じている筈なのだが。


「暑いのでしたら、髪を結んだ方が少しはマシですよ? 結んであげましょうか?」

「いや、大丈夫です」

「むう……」


 あんな高級な髪紐、夜の内に失くさないようしまってきた。髪だけは相変わらずサラサラで、なんなら魔力のおかげでひんやりしている気がするのでこのままでも問題ない。

 とはいえ、長居する場所ではないことだけは確かだ。火山の山肌に建てられた、石造りの古びた遺跡。ミイク火山遺跡である。

 妙に不満そうなキャンディスに、改めてここに来た理由を尋ねる。


「ここに地獄の門があるのですか?」

「ええ。灼熱のマグマがそこら中に流れるこの場所、地獄と称するのに相応しいでしょう?」

「……え、ビジュアル的な意味での地獄ですか?」

「まさか。ここには、アルッサムの王族が年に一度、神々に祈りを捧げる祭壇があるのです。ですが、遺跡自体は我々でも不明な個所が多いため、もしかしたら現在の王族が把握していない何かがあるかもしれません」


 普段の催事で使用していない箇所には強力な魔物が住み着いてしまっており、その先に何があるかはわからないのだという。確かに、何かありそうではある。

 ただ、


「ミイク火山遺跡か……ここに地獄の門などというオブジェクトは、なかったはずだが」


 ゲームでのミイク火山遺跡を思い出す。強力なアイテムが手に入ったり、レベル上げに最適だったりするので、隅々まで探索し尽くした記憶がある。

 しかし、スティリナという前例があるのだから、ここも別物である可能性に期待しよう。


「ところで、ヴァリシュ殿……あなたの人選ですが」


 キャンディスが何か言いたげに、俺の背後を見やる。もちろん、二人で探索しに来たわけではない。


「ああ……ああああづい……なんなのここ、バカなの?」

「あーつーいー! ヴァリシュさぁん、溶けそうですぅ」


 情けない声を上げるのは、リネットとフィアである。キャンディスとこの遺跡に調査しに行くと言ったら問答無用で引っ付いてきたのだ。

 まあ、錬金術師と悪魔なので、それぞれ違った視点から何か気づいてくれることを期待しよう。

 ちなみにフィアはいつもの格好なのだが、太腿まで見える際どいスリットドレスの文官だなんて、国の品位を問われそうだ。いつものように魔法で誤魔化したのか、キャンディスがフィアを疑う様子はないけれど。


「うはー! やっぱりここは暑いね! テンション上がるね、カガリちゃん!!」

「は、はあ。リアーヌ殿は相変わらず、暑いところだと楽しそうですね」


 それから、頼れるこの二人も駆け付けてくれた。やたらハイテンションに奇声を上げるリアーヌと、呆れ顔のカガリだ。この二人は戦闘に関してはもちろん、聖女と忍者というまた違った視点から物を見てくれることだろう。

 特にカガリのヘビたちが居れば、狭いところや隠されたところも調べられるしな。


「……ヴァリシュ殿以外、全員女性ですね」

「うん? ……ああ、確かに。でも、皆頼りになりますよ」


 本当だ、言われるまで気が付かなかった。キャンディスが不満顔のまま俺を見る。


「てっきり、勇者殿がくっついて来るかと思ったのですが」

「え……ああ、すみません。一応声をかけたんですけど、忙しそうで」

「ラスターくんはー、女性騎士さんたちにちやほやされて楽しそうだったので、置いてきました!! 大丈夫だよキャンディスちゃん、ヴァリシュくんの方が頼りになるから!」


 くるくる踊りながら、リアーヌが喚く。いや、確かにそうだったけど。「剣の稽古をつけてください!」って囲まれていたけど。どう見ても助けを求めていたのを、リアーヌがふくれっ面で放置してきたのだ。

 ゲオルも残ったし、勇者が居た方が皆も安心できるだろう。


「ふむ、それは確かにそうですね。ではヴァリシュ殿、あなたは唯一の殿方なのですから、力作業の時は率先してくださいね」

「それはもちろん」

「では、早速行きましょう」


 キャンディスを先頭に、遺跡の中へと進む。王族が通る通路は定期的に点検や修復を行っているせいか、平坦で歩きやすく、魔物の気配もない。

 その分、得られるものもなかった。何事もなく祭壇へ到着してしまう。


「はい、ここがミイク火山遺跡の祭壇です。本来ならば、アルッサムの王族しか入れない場所なのですが。背に腹は代えられません。どうぞ、お調べください」


 祭壇は、遺跡の二階の中央部からせり出すように設置されていた。キャンディスたちが年始め、それから王族の婚姻や子供が出来た時などに訪れて、祈りを捧げる場所なのだそう。

 独特の装飾が施された空間は意外と広いものの、怪しいところはないように見える。


「うへえ、なんか嫌な感じがします。いかにも神聖って感じでぇ」

「こ、こら馬鹿」


 げええ、とあからさまに嫌な顔をするフィアをキャンディスから隠す。気持ちはわかるが、もうちょっと周りに気を使って欲しい。


「うーん、でも特に何もなさそうですねぇ。あの祭壇をぶっ壊したら、私の気分がスカッとするかもしれません」

「ここから投げ落とされたくなかったら大人しくしてろ」

「ぶーぶー」

「リネットは何か気づいたことはあるか?」

「うーん……特に何も。祭壇はキレイだけど、特に珍しい素材じゃないし。床も壁も、この地方ではありふれた石材ね」


 リネットがペタペタ壁を触りながら言う。リアーヌとキャンディスも注意深く見ているが、新しい発見はないらしい。

 カガリは壁の隙間をヘビたちに探らせているが、収穫はなかった。


「リアーヌとカガリ殿は、この遺跡に来たことがあるのか?」


 ゲームではストーリー進行上、確実に通るダンジョンのはず。しかし話には聞いたことがないので、不自然に思われないよう慎重に問い掛ける。


「うん、来たよー。カガリちゃん、地図あるよね」

「はい。粗末なものですが、ヴァリシュ殿もご覧になりますか」


 カガリから渡されたのは、紙に鉛筆を走らせた手書きの地図だ。勇者一行はダンジョンを探索する時、こうやって自分たちで地図を作りながら歩いていたのだろうか。ちょっと感動する。

 だが、


「これは、完成しているのか? ところどころ途切れている個所があるんだが」

「いえ、未完成です。分かれ道で選ばなかった道や、鍵がかかっていて入れなかった部屋などがありますので」

「こういう遺跡の探索って、ラスターくんとゲオルさんが途中で飽きちゃうんだよねー。宝物があるかもしれないのに、ロマンがないよねぇ」

「わかります。もっと優れた武具が隠されているかもしれないと、気になって仕方がありません」


 ……ラスターよりもずっとタフだな、この二人。


「ふむ、ではまずは地図を完成させることを目指してみようか。キャンディス殿、よろしいですか?」

「ええ。わたくしも、一度はこの遺跡を探索したいと思っておりましたので」


 全員の意見が一致したため、祭壇をあとにして遺跡の奥へと向かう。


 

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