十五章
今こそ国と国とが協力する時!
一話 やはり決闘をして、わからせるべきかもしれない
翌日。無事に朝を迎えられた俺たちは、再び会議のために集まっていた。すでに各国の王たちはもちろん、他の要人たちも揃っているが、昨日とは様子が違う。
どことなく落ち着きがなく、疲れの色が濃い者も少なくない。騎士や兵士たちの顔ぶれも増えており、昨日とは違う緊張感が漂っている。
「まずは皆様、昨日は大変ご迷惑をおかけいたしました。心からのお詫びと、多大なる感謝を」
リモーンが深々と頭を下げる。この中の誰よりも顔色が悪い。いや、リモーンだけでなく、フロウトとヴァレニエも疲労しているように見える。カスティーラの姿はないが、騎士たちに厳重に守られているのだそう。
対して、戦場で大暴れしていたはずのウィルフレドだけは、なぜだか満足そうにしている。
「なに、このような非常事態を切り抜けるために、我々は鍛えているのです。ええ、一番活躍したのはデルフィリードであり、その中でも一番魔物を斬ったのはこのわたしです!」
「え、ええ。そうですね」
「そういえば、キャンディス姫は怪我をされたそうですが、お加減はどうですか?」
「お気遣い感謝します。この通り、無事に回復しました」
ウィルフレドの言葉に、キャンディスが胸に手を当てて一礼する。その言葉に嘘はないらしく、すっかりいつも通りの姫騎士に戻っていた。
「それでは、本題に入らせて頂きます。すでに皆様もご存知の通り、魔物の襲撃によりアルッサムの城壁は五分の一が破損。街や国民にもかなりの被害が出ており、皆様の安全を確保することが難しい状況です。よって、五大国会議を続行することは不可能だと判断いたしました」
キャンディスの言葉に、会場内がざわつく。会議については昨夜のうちに彼女から聞かされていたし、陛下にも報告していたからか、オルディーネ側は比較的落ち着いていた。
「か、会議を中止するっていうことですか!? そそそ、そうなると我々は一体どうすれば!」
「長、落ち着いてください!」
キャンディスが動揺しまくるホタルを見やり、それから会場内を見渡しながら話を始める。
「皆様には大変なご迷惑をおかけすることになり、本当に申し訳ありません。帰国に関してはあらかじめラスター殿と相談をしており、オリンドの地図を使用させて頂くこととなっております」
「荷物のことを考えると、一度に十人ずつぐらいしか移送出来ないが……それでも、来た道を戻るよりは早く各々の国に帰ることが出来るはずだ」
ラスターが立ち上がり、地図を取り出しながら言った。確かに手間はかかるが、皆を一番早く帰すにはこの方法しかない。俺の地図も使えば、さらに時間を短縮することが出来る。
ざわつきが大きくなる。キャンディスやリモーンが、それを咎めることはしない。皆の判断を待つだけだ。
そんな中で、陛下が真っ先に手を上げる。
「一つ、よろしいですかな?」
「はい、ギデオン殿」
「我々がそれぞれ帰国した後、アルッサムの皆様はどうなさるおつもりなのでしょうか」
「もちろん戦います。何が相手でも、それは変わりません」
キャンディスの言葉に、アルッサムの人たちが力強く頷く。王族はもちろん、騎士や文官の誰もが、他国に庇護を求めることをしない。
自国のことは自国で、という総意の現れなのだろう。
「ふむ、そうですか……しかし、キャンディス殿。我々は自国、そして他国を含めた全ての人間の幸福を守るためにこうして集まったのです。それなのに、貴国を見捨てて帰還することは、五大国会議の意義そのものに反するのでは?」
「それは……そうかもしれませんが」
「本来群れをなす性質のない魔物が、突然揃って城下を襲う原因もまだわかっていないのでしょう? せめてその原因を突き止めなければ、もしかしたら我々の国でも似たような襲撃があるかもしれません」
「ふん。ギデオン殿、それは勇者殿が見たという悪魔のことを言っているのですかな? それとも、他に別の要因に心当たりでも?」
レンノが鋭く切り込んできた。騒然とする空気に、ラスターが気まずそうに目を逸らす。
……そういえば昨日、城下に向かった時にユスティーナがそんなことを言っていたな。色々と忙しくて、ラスターからその話を聞いていなかった。
「そこまではワシにもわかりませぬ。しかし、だからこそワシらは自国へ帰る前に少しでも詳しいことを知りたいのです。もちろん、世話になる以上はアルッサム防衛のための助力を惜しみませぬ。オルディーネの騎士は、人を守るために存在するのですから。キャンディス殿、リモーン殿、いかがでしょう?」
「そ、それは……確かに、援助して頂けるのは嬉しいのですが」
「うむ、ギデオン殿の言うとおりですな。いや、デルフィリードならば、どのような敵が現れようとも打ち倒す自信はありますが」
ウィルフレドがキャンディスを遮るように、口を開いた。
「アルッサムの被害を見る限り、虚勢を張って何とかなるものではないでしょう。わたしが受けた報告では、アルッサム騎士団の四分の一の騎士が負傷、さらに騎士団長であるホルガー殿を含めた手練の部隊がすぐには復帰不可能だとか」
何も言わずに、悔しそうに俯くキャンディス。彼女の様子から、ウィルフレドが把握している情報に間違いはないらしい。
堕天使にやられたのだから、生きているだけでも儲けものだと思うが。思っていた以上に、アルッサム騎士の被害が大きい。
「責めているわけではありません。ただ、悪魔という脅威が未だに残存している以上、そして悪魔を掃討することを目標として掲げた以上、アルッサムという国を失うわけにはいきません。我々もここに残り、不足分の戦力を補わさせていただきます」
「ウィルフレド殿……! あ、ありがとうございます!」
「なんだか感動的な空気になっているところ悪いが、ワタシは帰らせていただきたい」
ウィルフレドの力強い申し出とは一転、淡々とした調子で言ったのはレンノだ。昨日と同じように、ペンと紙にガリガリと何かを書きなぐってから、顔を上げる。
「……ああ、勘違いはしないでほしい。一旦、帰らせていただきたい。早朝に城下や城壁の被害を見て、ここにある素材や材料だけでは応急処置もままならんと思っただけだ。錬金術師も足りんしな、可能な限り手配しよう」
「ルアミ共和国も力を貸してくださるのですか!?」
「ワタシもギデオン殿の意見には同意する。錬金術師として、原因を突き止めなければ気持ちが悪い。それに何より、アルッサムに恩を売れるというのは大きい。全てが落ち着いた頃、珍しい鉱石でも融通してもらおうか」
「はい、もちろんです!」
喜びを隠しきれないキャンディスに、レンノがニヤリと口角をつり上げる。人間や外交のため、というよりもひたすら錬金術のためにという魂胆が凄いが、本人たちが納得出来るのならば口は挟むまい。
「う、うう……どうしよう、凄く帰りたい……でも、わたくしだけ帰るのも気まずいし、あとが怖いし、何より件の悪魔に襲われたら……そっちの方が怖いよう……」
長としての重圧にすっかり頭を抱えてしまったホタルが顔を青くして、ぷるぷると震えている。心の声が全部漏れているが、聞こえないフリをするのが大人だろう。
自国だけではなく、他国の命運をも動かす決断だ。彼女にはもう少し時間を与えた方がいいだろう。俺が陛下にそう進言しようとするも、先にウィルフレドが言葉を発した。
「そういえば、キャンディス殿。話は逸れるのですが、昨日お怪我をされた時に、ヴァリシュ殿に助けられたとうかがいましたが」
「え、ええ……そうですが、それが何か?」
話が脱線してしまった。他にも話し合うことは山ほどあるのだから、先にそちらを片付けるべきだと思うのだが。
キャンディス自身も、あまり触れてほしくない話題らしく、歯切れが悪い。気づいているだろうに、ウィルフレドは話しを止めない。
「ということは、ヴァリシュ殿の剣を間近で見られたということですよね? いやあ、羨ましい!」
「えっと……その、わたくしも妹も、意識が朦朧としてしまっていて。よく覚えていないのです」
「なんと、それは残念。でも、ヴァリシュ殿にお礼の品を渡したのだとか」
「バンダナを傷の手当てに使って頂いたので、その代わりになるような髪紐を――」
「髪紐を贈った!?」
バン! と机を叩いて立ち上がったのは、ホタルだ。ついさっきまで凍えているかのように震えていたくせに、いや今も震えているんだけど……なんだか、震えの種類が違うように見える。
わなわなと、そして目をギラギラさせながら俺とキャンディスを交互に見比べる。
「い、今のお話は本当ですか? キャンディス姫が、ヴァリシュ殿に髪紐を贈ったということに、間違いはないのですか?」
「え、ええ」
「そんな、それはもはや求婚では……でも、ヴァリシュ殿には勇者殿が……なんという三つ巴! 幼馴染と異国の姫君、両極端な二人の間で揺れるヴァリシュ殿は、一体どちらをお選びになられるのでしょうか!? こんな美味しい恋物語をどうして見逃すことができましょうか!!」
……あの娘は一体、何を言ってるんだろうか。
キャンディスもポカンとしているし、ラスターに至ってはリアーヌたちと何やらぼそぼそと話してい聞いてすらいない。
「決めました! わたくしもアルッサムに残らせていただきます! ヴァリシュ殿を巡る三つ巴の争いに決着がつくのを、この目で見届けさせていただきます! ついでに、テンロウの忍者たちにもアルッサム周辺の調査を命じておきます、何かあればすぐに皆様へご報告します!」
「それは、心強いのですが……えっと、ありがとうございます?」
なんか、勝手に残留を決めてしまった。どういう思考回路が展開されたのかはわからないが、彼女を焚き付けたのは間違いなくウィルフレドだ。そして、俺はまんまと薪にされたわけで。
優れた情報収集能力と、人心掌握術。あの人が有能なのはわかった。
……だからこそ、一度真剣に決闘を挑んで、黙らせる必要があるかもしれない。
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