六話 新たなフラグ、そしてカットされる旅路

「聞いたかラスターよ! 今、ヴァリシュが跡継ぎになってくれると言ってくれたぞ!」

「ええ、しっかり聞きましたよ陛下! なんなら、ちょっと食い気味でしたね!」

「くるぽー! 凄いですヴァリシュさんっ。これでスティリナを合わせて二つめの玉座ですよっ」

「ちょ、ちょっと待ってくれ! 間違えた、間違えたんだ!!」


 イエーイ、とハイタッチを交わす二人の間に割って入る。

 フィアはフィアで、玉座をコレクションか何かと思っているようだが、これは後回しだ。


「な……なんで、俺が? なんでラスターじゃないんですか? え、ギャグ?」

「いや、逆になんでオレ? 勇者ではあるけどさ。オレは昔から、ヴァリシュが王様になるんだろうなーとしか思ってなかったぜ」


 おかしい。どうしてラスターはこんなにきょとんとしてやがるんだ。俺が覚えている限りでは、「大切な人が傷つかずに済む、平和な世界にしていきたい」と強い思いを持っていた筈なのに。


「大体さ、ヴァリシュはオレが王様に向いてると思うか? 騎士団長の頃でさえ、事務作業とか細かい仕事はお前に丸投げしてたオレだぞ?」


 全く自慢できないことなのに、胸を張るラスター。なんだでドヤ顔なんだ、殴りたい。

 でも、確かに彼の主張は間違ってはいない。元々のラスターは、細かいことが苦手な大雑把な男だ。付き合いが長い俺でさえ、彼が机に座って大人しく仕事をしている姿が想像できないくらいに。

 それに改めて考えると、俺が生きている以上、ラスターが王になるというフラグは完全に無効になってしまっているのかもしれない。

 ……いや、だとしても。


「へ、陛下……素質とか適性とかもあるでしょうが、世間体としては、俺よりもラスターの方が相応しいのでは? 自分でも言っているように、勇者ですし」


 ラスターと話していても埒が明かないので、俺は陛下に向き直る。これは個人の性格などで決めていい問題ではない。ラスターの性格だけで決めたのなら、早急に考え直してもらう必要がある。

 でも、陛下の口から出てきたのは、想定外の言葉だった。


「そうでもないぞ。むしろラスターよりもヴァリシュを王に、と要望する声の方が多いくらいじゃ」

「またまた、ご冗談を」

「むむ、信じとらんな。ヴァリシュに決めた理由は三つある。一つ目は、国内における支持者の多さじゃ。お主は貴族の半数を占めるミラージェス伯爵の派閥から応援されとるのだから、生半可な理由で無視するわけにはいかぬ」


 思わず天を仰いだ。仰げたのは馬車の天井だったけど。

 そういえば、出発の時に声をかけてきた熱量高めの貴族たちが居たな……やっとわかった。

 あれは俺に自分の娘をあてがい、自分たちの地位を上げようと企んでいたのか。


「もちろん、貴族だけではないぞ。日頃から国民の安全のために見回っていることに加え、命をかけて大悪魔を屠った姿は、オルディーネに住まう全ての国民の心に強く刻み込まれたのじゃろう。市場を管理する商人組合や、教会の神父たちなど、お主を応援する者を上げればキリがないぞ」

「国民としては、旅をして戦ってたオレよりも、身近で死にそうになってまで自分たちを守ってくれた騎士団長の方が皆には印象深いんだろうなぁ」

「なるほど、なるほど。オルディーネの人間は見る目がありますね。花丸をあげましょう」


 噛み締めるように言葉を紡ぐ陛下に、うんうんと頷くラスターとフィア。

 ポイント制じゃなかったのか、とはあえて言うまい。


「それからデルフィリード王国、そしてアルッサム皇国からヴァリシュを王にと推薦されておる。これが二つめの理由じゃ」

「は⁉ なんですかそれ、初耳なんですけど!」

「デルフィリード王国に関しては、レジェスの件がきっかけじゃ。自慢の副騎士団長を打ち倒した美しい騎士、とデルフィリードのお偉方から凄まじく気に入られておるぞ」

「あ……あの顎鬚め!! マイナス一〇〇ポイントだ、顎鬚だけ燃やしてやる!」

「やめろやめろ、器用な嫌がらせをしようとするな」


 レジェスの顎鬚を燃やしに馬車から飛び降りようとするも、ラスター阻まれてしまう。

 くそう、あんなに男らしい顎鬚を持っているだけでは飽き足らず、デルフィリードの支持まで集めてくるとは……いや、デルフィリードはまだわかる。


「アルッサム皇国には、これから初めて赴くくらいに関係が薄いのですが……何かの間違いじゃないですか?」


 そうだ。記憶にはあるとはいえ、俺自身がアルッサム皇国に行くのは今回が初めてなのだ。

 知り合いも居ないし、推される理由がわからない。


「確かにそうなんじゃが、なんというか……ラスターはキャンディス姫に会ったことがあるかのう?」

「キャンディス姫……あー、あの姫騎士ですね」


 陛下とラスターが、そろって遠くを見つめる。狭い馬車の中でどこを見ているのか。でも、俺にもその名前には覚えがある。

 キャンディス姫はアルッサム皇国の姫であり、騎士だ。元々アルッサム皇国は過酷な土地柄であることに加え、生息する魔物も強力だ。悪魔の襲撃こそ少ないものの、自衛意識が強い。

 闘技場で栄えるデルフィリード王国とは違った意味で、武力に秀でた国。そしてこの国を象徴するのが、キャンディス姫である。

 ちなみにキャンディーという愛称があるのだが、リネットが「甘くて美味しそうで可愛い名前」と素っ頓狂な発言をするシーンがあるせいで、ゲームのプレイヤー側の中では、さらに別の名前で呼ばれている。


「存在をすっかり忘れてたな、アメちゃん姫」

「あ、アメちゃん? よくわかんねぇけどヴァリシュ、姫のこと知ってるのか?」

「風の噂できいた程度には」

「うむ、その姫騎士も今年で十八歳。本人の意向として、自分より弱い男の元には嫁ぎたくないと訴えているそうじゃ。よってヴァリシュ、お主に白羽の矢が立ってしもうた」


 実際、彼女の実力はその辺の男では太刀打ち出来ない程であり、求婚に来た王子や貴族の子息を片っ端っから薙ぎ倒しては泣かせてきたとか。

 そして、アルッサム皇国の姫を迎えるということは、彼女を王妃にしろという無言の圧力でもある。


「貴族の令嬢の次はお姫様ですと? ヴァリシュさんは何人の女を侍らせたら満足するんですか? ていうかバラエティ豊か過ぎません?」


 頭上の鳩が髪をガシガシと啄み始めたので、慌てて両手で押さえつける。このままでは髪と頭皮の危機なので、早急に話を変えなければ。

 ……正直、この話題だけは使いたくなかったが。後継ぎを回避し、健やかな頭皮を死守するためだ、手段を選んでいる場合ではない。

 

「陛下、俺にとってオルディーネ王国は、命を拾われ育ててもらった大切な故郷です。しかし、この身に流れるスティリナの血を否定するつもりはありません。このような素性の人間が他国の姫を娶るなど不相応ですし、後継ぎにも相応しくないでしょう」


 スティリナのことも陛下には話してある。すでに滅亡した国とはいえ、俺は純粋なオルディーネ国民であるとは言えない。言うつもりもない。

 そんな俺がオルディーネ国王となれば、必ず素性を探ってくる者が出てくる。スティリナのことが暴かれれば、俺の信用は地に落ち、必ず国が傾く。

 改めて考えると、騎士団長という身分でもギリギリな気がしてきた。

 だが、陛下は折れなかった。


「うむ、お主の言うとおりじゃ。じゃがなヴァリシュ、ワシはお主を後継ぎにするために、スティリナの存在を明らかにしようと思う」

「はあ!? 陛下、それは話が違います! ヴァリシュにとって、あの国は他人が踏み荒らしていいものじゃない!」


 俺よりも先に、ラスターの方が反論した。意外だったが、どうやらこの話は彼も聞いていなかったらしい。


「それはわかっておる。だからこそ、じゃ。ワシも玉座を預かって長い、国民や国土を荒らされる怒りは痛いほど知っておる」

「それなら、どうして」

「知っておるからこそ、じゃ。今のスティリナには、国を護る術がない。そうじゃな?」


 こみ上げてくる悔しさに奥歯を噛み締めながら、頷く。シドが破壊され、防衛機構のほとんどが停止した以上、スティリナはガラ空き状態だ。


「他者が手を出せないようにするには、どうすればよいか。ワシは悩んだ末に、オルディーネがスティリナの所有権を宣言することにした」

「所有権を宣言?」

「うむ。スティリナはこれまで誰も手が出せなかった山脈にある。ここをラスターが発見したとして、我々のものだと宣言する。流石に国を取り込むことは難しいゆえ、新発見の遺跡と言い張るつもりじゃが……どのような形であれ、こうすれば無法者がスティリナへ足を踏み入れることを公的に禁止することが出来る。かなり強引ではあるが、こうすればオルディーネの力でスティリナを守ることが出来る。そして、力を行使するには、相応しい役職に就かねばならん」


 陛下の話は極端ではあるが、正しかった。俺やラスターが定期的に見回るようにしており、今のところは目立った問題はないが、時間の問題であるのは明らかだ。

 でも陛下の言うとおりにすれば、現状を維持することは可能だ。他国からの干渉も、適当な理由をでっちあげれば制限することが出来る。

 そしてそのためには、俺が王にならなければならない。ラスターが同じことをしようとすれば、ノーヴェ大神殿が黙ってはいないだろうからだ。

 ……だとしても、俺が王になるなんて。


「……などと、これまでにあれこれ話してきたが。本音を言うとな。ワシはもう、お主を危険な目に遭わせたくないのじゃ。これが三つめであり、一番大きな理由じゃ」

「陛下、でも俺は」

「お主が左目を失い、血塗れで運ばれてきたあの時のことを思い出すと、今でも胸が張り裂けそうになる。立派な騎士になってくれたことは本当に嬉しい。だからこそ、どんな手を使ってでもお主を危険から遠ざけたい。そのためなら、ワシはお主に恨まれても構わん」


 陛下の思いは強固だった。長い旅路の間にどれだけ考えても、何度話し合っても、考えを変えることは出来なかったくらいに。

 そうこうしている内に、海を越え山を越え。フィアが食べ歩きしすぎて馬車に乗り遅れたり、マリアンが忘れ物をして足止めをくらったり、リネットが素材採取から帰ってこなくて騎士が総出で探したりと、ハプニングは色々あったものの。大した事件や事故は起こらないまま、旅は順調に進んで。

 俺たちはほぼ予定通りに、アルッサム皇国へ辿り着いたのだった。


 


 

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