十三章
旅先では多くの出会いがあるものだ
一話 ちなみに陛下は涼しい顔で暑さに耐えていた
アルッサム皇国が火山大国と呼ばれる由縁は、火山と共に生きているからである。
「おお、本当にここからでもミイク火山が見えるんだな。グラフィックでも見ていたが、実物はやはり迫力がある……」
一ヶ月半の旅路を経た俺たちは、無事にアルッサム皇国へと辿り着いた。
外壁の近くで、馬車以外の馬を預ける。ここからは歩きだが、目的地であるアルッサム城へはもうすぐである。
知っているとはいえ、この目で見る他国の景色はやはり感慨深い。それに、巨大なアルッサム城のさらに後ろに見えるミイク火山の存在感が凄い。
そう。アルッサム皇国はどこからでもミイク火山の姿を拝むことが出来るのだ。日本でいう富士山のようなシンボルと言ってもいいだろう。
富士山とは違って、ミイク火山はもくもくと黒い煙を上げているのだが。ちなみに風向きのおかげで、国内に火山灰が降ってくることはほとんどないらしい。
……と、これぞ火山フィールド! と言わんばかりの景色に感動しっぱなしなのだが。テンションが上がっているのは、悲しいことに俺だけだった。
「あづい……あづすぎる……」
結構過酷な旅路を耐え抜いた仲間たちが、ここに来て全員脱落しそうだ。
「お前たち、だらしないぞ。もう少しだから頑張れ。特に班長たち、これからが大事なのだから、しっかりしろ」
「無理です……風も空気も暑いです、無理です……」
「ひいぃ……鎧の中が地獄です……汗でべっちょべちょです……」
「あー、鉄板の上の肉ってこんな気分なんですかねぇ……ヴァリシュ様に食べて頂けるなら本望ですぅ」
「決闘がしたい決闘がしたい決闘がしたい」
一から四まで駄目っぽいな。骨の髄まで徹底的に叩き込んだだけあって、騎士らしく堂々と歩いてはいるが、顔面が終わっている。
まあ、彼らは仕方がない。この暑さは初めての体験だろうし。
しかし、経験済みのやつまでぐったりしているのはいかがなものか。
「ラスター、お前は前にもここに来たことがあるんだろう? シャキッとしろ、勇者」
「あのな、勇者でも暑いのは暑いんだよ。おいリネット、なんか涼しくなる道具とかないのか?」
うんざりとした表情で金髪をかき上げるラスターが、後ろを歩くリネットを振り返る。
リネットは気になるものを見つけるたびに馬車から飛び出していたので、いつのまにか騎士と一緒に歩くようになっていた。
だが、そんな彼女でも流石に元気がない。
「こ、これだけの暑さは想定してなかったわ。ユスティーナ、アナタは馬車に戻った方がいいんじゃない?」
「いいえ、いいえ。馬車の中は、また違った厳しさなので……」
いつもだったら馬車の中に居るユスティーナも、今はリネットと並んで歩いていた。空気が籠る空間は、それはそれで苦痛らしい。
ちなみにシズナは馬車の中で沈黙し、
「暑いです、ヴァリシュさん……どうしましょう、ふわふわな羽毛が憎いです。そうだ、蛇になろう」
「やめろ、急に蛇になるな。誤魔化しようがないだろ」
「ていうかさぁ、なんでヴァリシュはそんなに元気なんだ? 一番最初にへたりそうな見た目のくせに。汗すらかいてないじゃん」
「見た目で人を判断するな。それに、俺だって暑いとは思っているぞ」
でも、そういえば俺はそんなに汗をかいていないな。さらさらといつも通りに靡いている髪を、今更ながらに不思議に思う。
ふっ、これもイケメン補正というやつか。一人優越感に浸ろうとするも、フィアがひひっと気味悪く笑った。
「説明しましょう。ヴァリシュさんは今、無意識に自分の魔力で体温調節と体力温存をしているんです。前に雪山に行った時も同じことをしていました。つまり、ここに居るだけでヴァリシュさんは常に魔力を消費していることになります!」
「え、そうなのか?」
「なんですってぇ⁉」
「確かに、言われてみればあの時もヴァリシュだけ寒がってなかったな……」
ジトッとした目で見られても困る。雪山……一番最初にスティリナに行った時のことか。
フィアの説明を纏めると、俺の魔力はとても柔軟で、意識しなくとも自分の身体を守ろうと働いてしまうのだとか。
心臓の鼓動と同じようなものなので、自分で意識して止めることが出来ない。よって、通常よりも気を使っていないと魔力切れになってしまう可能性が高いということだ。
「ずるじゃんそれ! どうりでピンピンしてると思った! ずるいぞ!!」
「ふ、ふふ……安心しなさい、ラスター。ヴァリシュには毎朝に加えて毎晩、魔力回復の薬を飲んでもらうことにするわ。アタシ特製の、効力以外は全部犠牲にした、とっておきの飲み薬をね……」
「……せめて液体と呼べる状態のものであってほしい」
「ほえ、魔力……? それに今、鳩さんが喋ったような……」
意識が朦朧とし始めたユスティーナを、リネットが引っ張る。そんな話をしている内に、アルッサム城へと辿り着いた。
オルディーネはオーソドックスな造りだが、アルッサム城は要塞と言った方が近い。飾り気のない外観には、敵を迎え討つための仕掛けがいくつも備えられている。
もしもこの城を攻め落とすことになったら……無理だな。魔法が使えようが勇者を特攻させようが、こちらが全滅する想像しか出来ない。
「そういえば、ヴァリシュさん。例の件、結局どうするんですか? 何か対策を考えてくれました?」
城門が開くまでの間に、フィアがこそこそと話しかけてきた。
「例の件……? ああ、後継ぎのことか。これと言った解決策は何も思い浮かばないな。こうなったら、後ろでぶっ倒れそうな勇者をどうにかこうにか担ぎ上げるしかない」
「違います、そっちはどうでもいいです! 例の姫騎士とかいう方です!」
「いたた、髪を啄むなハゲるだろ」
フィアから髪を守りつつ。そういえば、その話もあったなと思い出す。
「忘れてたんですか!? 一番の大問題なのに!」
「いや、そこまで重要な問題でもないだろ」
姫騎士こと飴ちゃん、ではなくキャンディス姫が俺と婚姻を結ぼうがどうしようが、俺の立場は大して変わらない。
大国の支持があるといえ、最終的に後継ぎを決めるのは陛下なのだから。
「で、でもでも。姫騎士が求婚してきたら、どうするんですか。王さまの様子からするに、この国の方が強いんですよね? こちらでは断りきれないんですよね?」
「まあ、相手の出方次第だが……この件に関しては、考えるだけ無駄だ。あの姫騎士が、俺のことを気に入るなんてことはありえないからな」
「はい? それってどういう」
フィアが言い終わらない内に、地鳴りのような音を立てながら巨大な城門がゆっくりと開いた。流石のフィアも圧倒されたのか、啄むのをやめる。
アルッサム皇国を象徴する、赤銅色の鎧を纏う騎士達。そして、このクソ暑さに負けないくらいに、きらびやかな装束と冠を身につけた王族たちの姿が見えた。
「ようこそ、オルディーネ王国の皆様。我々アルッサム皇国は皆様を歓迎します」
先頭に歩み出る大柄な男性が、アルッサム皇国の皇帝リモーンだ。年齢は陛下と同じくらいだが、がっしりとした体躯とギラつく双眸は迫力がある。
見た目通りの厳格な人物で、彼と比べればメネガットが仏に見えるほどだ。いや、最近の隊長はかなり丸くなったが。
「リモーン殿、お元気そうで何よりですぞ」
「ギデオン殿こそ、お変わりないようで」
俺の手を借りて馬車から降りた陛下が、リモーンと握手を交わす。他の国は世代交代をしてしまったこともあり、二人は仲がいい。
「ここまで遠路遥々お疲れさまでした。四年ぶりですね。無事にお会い出来て、嬉しいですわ」
「こちらこそ。ヴァレニエ殿はいつまでもお美しいですな」
「あら、相変わらずお上手ね」
次に歩み出た女性とも握手を交わす陛下。彼女はリモーンの妻、つまりは皇妃であるヴァレニエだ。
年齢を隠すのではなく、あくまでも飾り付けるように施された化粧や、品の良い装飾品を身につけた姿は確かに美しい。
おっとりとした性格はリモーンと正反対だが、二人はおしどり夫婦としても有名だ。
「ギデオン殿お久しぶりです、フロウトです。覚えていらっしゃいますか?」
「もちろんですとも。フロウト殿、以前お会いした時よりもさらに立派になられましたな」
次はフロウト皇子か。リモーンとヴァレニエには息子が一人と娘が二人居る。彼が兄妹の中で一番上の兄であり、次期アルッサムの皇帝となることが決まっている。
確か年齢は二十二歳。オレンジ色の髪に灰色の瞳。背の高さは父親譲りだろうが、柔和な性格は母親似だろう。
……と、ここまでは順調だったのだが。
「それから、第一皇女のキャンディスなのですが……申し訳ない、今朝から騎士団の訓練に同行しておりまして。準備に遅れております」
「はっはっは! 気にしないでくだされ。キャンディス殿もお変わりないようですな」
「ええ。一国の姫でありながら、出迎えに遅れるなど本当にお恥ずかしい……」
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