五話 相変わらず俺の調子を崩してくるのは、この男!


 と、華々しい出発だったというのに。俺たちの足は、すぐに止められてしまう。


「あー!! 待ってくれヴァリシュ! オレも一緒に連れて行ってくれえぇー!」

「は? この声はまさか……ラスター!?」


 見送りも済み、門が閉められる寸前だった。誰かがすり抜けるように出て来て、俺たちを追いかけて来たのだ。

 誰かっていうか、ラスターなんだが。


「はー、よかった。間に合ったぁ!」

「いや、どう見ても間に合ってないだろ。というか、お前はなんで――」

「お待ちを、ヴァリシュ様はそのままで居てください」

「え?」


 ラスターの前に立ちはだかったのは、レジェスだった。真っ先に馬を降りた彼は、腰元の剣に手をかける。

 警戒心を隠そうともしない行動に、ラスターがたじろぐ。


「うおっ……えっと、アンタはレジェスだったっけ? そういえば、ちゃんと会って話すのは初めてだな」

「そうですね。勇者殿にお会い出来て光栄です……と、言いたいところですが、今はヴァリシュ様と陛下の護衛任務中です。素性が定かでない者を迎え入れるわけにはいきません」

「ええ!? オレ、勇者なのに!」

「ほっほーう? ヴァリシュさん、あの人は凄く優秀ですね! 五ポイントあげましょうっ」


 二人のやりとりに、頭上の鳩ことフィアがくるっぽーと鳴いた。レジェスがラスターに一泡吹かせたことが、楽しくて仕方ないらしい。

 その気持ち、わかる。


「そうだな、護衛対象に俺の名前を挙げなかったら十ポイントだった。なんのポイントかよくわからんが」


 しかし、盲点だった。かなり大人しくなったとはいえ、悪魔の勢力はまだ残存している。その中には人間に擬態する、それも誰かの見た目をそっくり真似ている悪魔だって居るだろう。

 勇者に化けるような物好きなんて居ない、とは断言出来ない以上は警戒して正解だ。俺だったら顔パスするところだった。ラスターとは付き合いが浅いレジェスだからこそ出来た行動だろう。

 ……なんて、感心している場合じゃないか。このまま足止めされては予定が狂ってしまう。


「ラスター、お前が本当に勇者なら、それを証明出来るものを見せてやれ」

「証明って言われても……あ、これか!」


 俺の助け舟にハッとしたラスターが、自分の剣を引き抜いて掲げた。太陽の光を浴びた勇者の剣が眩く輝き、彼の力を誇示するみたいだ。いや、みたい、ではないか。

 ――


「ん……?」


 今、何かが引っかかった。なぜかはわからないが、凄く大事なことのように思えた。

 でも、考えている暇はなさそうだ。


「おお! それが噂に聞く勇者の剣ですか。拝見出来てとても嬉しいです、勇者殿」

「は、はは、そりゃどうも……というかアンタ、ただ単純に剣が見たかっただけじゃないだろうな?」

「さて、なんのことやら」

「はっはっは! どうじゃラスター、レジェスは頼もしかろう? ヴァリシュが目をつけた騎士じゃからな」


 いつの間にか、陛下が馬車から身を乗り出していた。危ないですよ、と声をかけるよりも先に、陛下がラスターと俺を交互に見た。


「ラスター、そしてヴァリシュや、せっかくだから次の街まで親子三人で話をしよう。ワシの馬車へおいで」

「賛成! オレも話しておきたいことがあるんです」

「いや、俺は……まだ出発してから十分も経っていませんし」

「えー? よいではないか、少しくらい。大事な話なんじゃ」


 しょんぼりとしながらも食い下がってくる陛下に、どうしたものかと悩む。すると、近くに居たアレンスが声をかけてきた。


「ヴァリシュ様、ここから次の街までは整備された街道を行くだけです。見晴らしもいいですし、賊や魔物が襲撃してきても我々で対処出来ます」

「だが、話なんて宿でも出来るだろう」

「何か緊急の要件なのかもしれません。それに陛下は街についてからも、代表者との顔合わせなどがありますし」


 確かに、陛下は訪れる先々で街や村の代表と会ったり、祭に参加する予定だ。

 それらを考慮した旅程ではあるが、全てが予定通りにいくとは限らないか。


「わかった。アレンス、お前に代理を任せる。何かあったら、すぐに知らせてくれ」

「わかりました、お任せを」


 馬ごとアレンスに任せて、陛下の馬車へと向かう。陛下はラスターに促され、すでに馬車の中へと戻っていた。


「まったく。ラスター、来るなら前もって言え。そして時間を守れ」

「陛下には合流するって伝えておいたんだぜ? ヴァリシュさあ、やることがいっぱいで忙しいのはわかるけど、もっと陛下と話す時間を作ってやれよ」

「話す時間? 報告ならこまめにしているぞ」

「そうじゃねぇよ! ……まあいいや。お先にどうぞ、ヴァリシュさまー」


 呆れ顔のラスターにぐいぐいと背中を押され、馬車へと乗り込む。陛下の馬車は一番頑丈で、乗り心地も抜群だが、少々狭い。

 四人乗りではあるが、鎧を着込んだ大の男が二人も乗ることを想定していなかったのだろう。ラスターが隣に乗り込んでくれば、ほとんど身動きがとれない。


「ヴァリシュさん、急に立ったりしないでくださいね。私、潰れておせんべいになっちゃいます」

「それなら窓際に降りればいいだろ」

「やーでーすー」


 テコでも動きそうにないフィアをそのままに、馬車は緩やかに動き出した。流れる景色を眺めていると、向かいに座る陛下がラスターの方を見る。


「ラスターや、各国の様子はどうじゃ?」

「今のところは全く問題ないです。予定通り、俺と仲間たちがそれぞれの王さまたちをお守りします」


 ラスターの話によると、悪魔の襲撃に備えてラスターと彼の仲間たちが、各国の護衛として同行することになったのだと言う。

 オリンドの地図を持っているラスターは俺たちに同行しつつ、定期的に他の国の様子を見に行く予定だとか。


「ふうん。勇者殿が一緒なら、俺も道中はラクが出来そうだな」

「ラクさせてやりたいのは山々なんだけどさ……正直、オレは足手まといにしかならないかも。うう、先に謝っとく……」


 今にも泣きそうな顔で、頭を抱えるラスター。皮肉を言ったつもりが、思わぬ地雷を踏み抜いてしまった。

 こいつ、まだ堕天使に手も足も出せなかったことを引きずっているのか。


「あー……その話は、長くなりそうだから一旦置いておくかのう。二人とも、ワシの話を先にしてもよいか?」

「そうですね、そうしましょう」


 堕天使の話は、陛下にも伝えてある。あまりにも難題なので、この話だけで次の街に到着してしまうだろう。

 ラスターも異論はないと言うので、先に陛下の話を聞くことにする。


「うむ。では、始めるぞ。今回の五大国会議でワシは、自分の後継者を発表しようと思う」

「後継者を……?」


 俺は思わずラスターを見たが、彼は陛下を真っ直ぐ見つめたままだったので、目は合わなかった。そのことについても、すでに二人で話をしていたのだろう。

 確かに俺の記憶では、悪魔王を倒した後、ラスターがオルディーネの次期国王になっていた。ならば、五大国会議の場で発表するのはタイミングとして妥当だろう。

 特に驚くことではないが……陛下はこういう時、ちゃんとリアクションをとらないと拗ねるんだよな。知っているとはいえ、ここは演技をしておく方が良さそうだ。


「なるほど、ついに後継者をお決めになったのですね。陛下のお考えであれば、異論はありません。どのような形であれ、俺はオルディーネのために身を粉にして働く所存です」

「そうかそうか。それを聞いて安心したぞ、ヴァリシュや。お主は賢く器用じゃから、新しい時代に相応しい王になるに違いない。次期国王として、オルディーネを任せるぞ」

「お任せください。陛下の後継者として恥ずかしくないよう、今まで以上の努力を……なんて?」


 あれ、聞き間違いか? それとも、俺の言い間違いか? 

 

 

 

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