四話 人選ミスではないと願いたい
「騎士団長のヴァリシュ・グレンフェルだ。アボット大臣がおっしゃったように、我々は陛下たちを護衛するために同行する。今回は各隊から選抜した者たちによる、特別編成の部隊である。長期間の任務となるため、どのような事態が起こるかを想定することは難しい。そのため、普段通りの体制に近い方が臨機応変に動けると判断し、今回は護衛部隊を四人の班長が率いる四つの班に分けた」
ほう。観衆はもちろん、陛下や大臣も感心したようにこちらを見てくる。
そうだろう、そうだろう。集まった騎士たちは独り身で身軽な若手騎士が多くなってしまったので、どうしても経験が浅い。だから、いざという時の判断に遅れや迷いが生じる。
そういったあれこれを考え、色々試行錯誤して至った形だ。顔には出さないが、頭の中ではドヤ顔全開である。
「俺から全員に指示を出すことが難しい状況では、班長にその役目を担ってもらう。せっかく時間を頂いたことだ。この場で紹介を兼ねて、各自から一言、決意表明でもしてもらおう。各班長、前へ」
「はっ!」
俺の指示に従い、四人の班長が前に出た。この四人のために特注したマントが風にはためき、かなり格好良い感じになっている。
元々、オルディーネの騎士でマントを装備出来るのは隊長以上と決まっている。しかし今回は班長たちに隊長と同等の役目を担ってもらうことになるので、目印代わりに用意したのだ。
色は白。国旗もそうだが、オルディーネを象徴する色は白や銀なので、この辺りは変えようがなかった。野外だと眩しくて仕方がないんだがな。
なんて、胸中でぼやきながら目を細めている内に早速第一班の班長が名乗り上げる。
「第一班、班長のアレンス・エリゼオです。普段はヴァリシュ様の補佐なのですが、今回は班長という大役を押し付け……ではなく、任命されました。任せられたからには、精一杯努める所存であります」
無難に一礼するアレンス。なんか、見えない棘が飛んできた気がするが……気が付かないふりをして涼しく微笑しておくことにする。
正直なところ、押し付けたという表現は正しい。元々アレンスは騎士でありながらも、補佐とか事務とか、そういうこともこなせる器用な男なのだが。どうも部下を率いたり、自分で考えて指示を出すということに苦手意識があるらしい。
なので、強引に任せた。実際、真面目な彼は騎士団の中でも一目置かれており、皆からとても信頼されている。班長という役目も、問題なくこなせるだろう。
決して普段言いたい放題されていることへの報復、などではないぞ!
「だ、第二班の班長、マリアン・ドレッセルと申します。不束者ですが! 班長として全力で頑張りますので、なにとぞ、よろしくお願いします!!」
ビシッと騎士の敬礼をしながらも、なんか結婚でも申し込むかのような感じになってしまった。大丈夫なのか、と大臣からも見えない棘が飛んできた気がするが、これもスルーを決める。
もちろん、不安はある。しかし彼女は性格はアレだが実力は確かなもので、誰よりも努力家である。そんな彼女を班内では皆が支えようという雰囲気なので、思い切って任せることにした。
班長は長としての素質よりも、皆が協力し合える体制を作ることが出来る、そういう人柄も大事だからな。
うん……ここまでは、まだいいんだ。
これでも、後の二人よりはマシなのだ。
「第三班、班長のランベール・シェルヴェンです! 騎士団に入団してから間もないながらも、ヴァリシュ様から直々に与えられた班長という大役を、全身全霊でまっとうしてみせます!」
マリアンと同じように、ビシッと敬礼を決めるランベールに観衆がざわつき始める。もう微笑を保つのも限界かもしれない。
誓っていうが、これはちゃんと考えた人選なのだ。俺に対する敬愛が相変わらずな部分は無視するとして、ランベールは生粋のリーダータイプである。
集団を纏め上げることに関してはカリスマ、もしくは天才と言ってもいい。だからこそ、足りない経験を補わせようと思った。
ちなみに彼が入団してから、双剣が正式に騎士団の標準装備の一つとなった。
「第四班を預かる、レジェス・トールヴァルドと申します。オルディーネ王国に帰化してから日が浅い身の上ながら、このような大役を仰せつかり誠に光栄でございます。ヴァリシュ様の美貌に泥を塗るようなことがないよう、デルフィリードで培った我が剣でもって、陛下の御身をお守りすることを誓います」
堂々と、それでいて洗練された見慣れぬ騎士の姿にざわつきがさらに大きくなって、もうお手上げ状態である。
レジェスは元々、隣国デルフィリード王国騎士団の副騎士団長だった男だ。それが色々あって俺のことを妙に気に入り、勢いに任せてオルディーネ王国の騎士団に特例で入団することになったのだ。今ではすっかり白銀の鎧を着こなしている。
本来、帰化したとはいえ他国の人間に陛下の護衛を任せることなどありえない。しかし、「ヴァリシュ様の不利益になるような取引を祖国から持ち掛けられたら必ず報告しますし、決闘で黙らせます」と宣言しており、なんなら本当にその通りにしており、その頑なさは母国でさえも匙を投げるほど。
加えて、大国の副騎士団長という肩書は伊達ではなく、実力と経験も十分。真摯でありながら柔和な人柄もあいまって、あっという間にオルディーネの騎士団でも頭角を現すことになったのだ。
頼りにはなる。それは、間違いないのだが。
「むむ……ぽっと出の他国出身の騎士のくせに、まるで自分こそがヴァリシュ様から一番信頼されているかのような言い方ですね。ちょっと調子に乗りすぎじゃないですかぁ?」
「まるで、ではなく事実だからな。あの方は自分の運命の主君。出身国の違いなど些末な問題だ。いや、むしろ国が違うからこそ、ヴァリシュ様と縁を結べたことが運命であるということの証明になると思わないか、ランベール?」
「ぎいー!!」
「おいやめろ二人とも、早速醜態を晒すな」
観衆の前だと言うのに、いがみ合う二人。それぞれ技量は申し分ないというのに、どうも忠誠心を向ける方向を間違えてしまっている。
「はっはっは! 元気のいい騎士たちじゃ。道中は退屈をしなくて済みそうじゃのう」
陛下が声を荒げて笑うので、二人のいがみ合いも笑いのネタ程度で済まされた。お心の広さが身に染みる。
そうやって、少々どころじゃない醜態を晒しつつも、その後は特に滞りなく式典は進む。
そしてついに、お見送りのファンファーレが鳴り響く。リネットたちが手を振りながら、それぞれの馬車に乗り込む。
「では陛下、お気をつけて行ってらっしゃいませ」
「うむ。オルディーネを任せたぞ、エルランド」
陛下も大臣と固く握手を交わしてから、馬車へと乗り込んだ。騎士たちはそれぞれの持ち場について、各々の馬に跨がる。
あとは俺の合図で出発となるのだが。
「ヴァリシュ様」
俺を呼び止めたのは隊長たちだ。
「ああ、メネガット隊長。それにヴィルガ隊長、エルー隊長も」
「これからは長い道のりです。一人も欠けることなく、無事に帰還出来るよう願っております」
「オルディーネのことは我々にお任せを。我々の国は、この命をかけて守り抜いてみせます」
「なんなら、いつでもお帰り頂いても結構ですよ。その時はお土産があると、とても嬉しいです」
ニンマリ、と笑う三人。そういえば、彼らには俺がオリンドの地図を手に入れたことを話しておいたんだった。
思わず、懐を押さえる。
「……やれやれ、こっそり帰って驚かせてやろうと思ったのに」
「それは残念でしたな」
「まあ、いいさ。宿の枕が気に入らなかったら帰ってくる。サボるタイミングには気を付けるんだぞ」
「お任せを。いつお帰りになられても、バレないようサボってみせます」
くく、と笑いを嚙み殺しながらも三人と握手を交わす。定期的に帰ってくるつもりであったのは本当だが、それも必要ないと思わせるほどに彼らは頼もしい。
ならば俺も応えよう。三人から離れ、先頭で待つ愛馬に飛び乗り、髪を払う。
「では、行ってくる。陛下の国を、俺たちの帰る場所を必ず守り抜くように」
「はっ!」
俺が片手を上げて合図を送れば、目の前の門が大きく開かれる。柔らかい風に促されれば、馬を操り、最初の一歩を踏み出す。
万雷の拍手と、力強い騎士達の声援に見送られて。俺たちは愛する祖国を後にし、アルッサム皇国へと旅立った。
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