三話 移動中に声をかけられるアイドルってこういう微妙な気分なのかもしれない
※
「わあ、凄いですねぇ。出発の日は賑やかになるって聞いてましたけど、これはもうお祭りじゃないですか!」
「国民が陛下の姿を見ることが出来る、数少ない機会だからな。きっと門のところまで人が大勢集まっていることだろう」
出発当日。この日は普段中々お目にかかれない国王陛下が、馬車に乗って国民に向けてパレードを行うために、城下街はお祭り騒ぎになる。
俺は陛下たちの馬車が通る大通りに不審物がないかを確認しながら、持ち場へ向かう。
「……というかフィア、お前は五大国会議の間ずっとその姿で居る気か? いつかみたいに、人間に擬態したりしないのか?」
「ヴァリシュさんの婚約者枠での同行も迷いましたけど、こっちの方が身軽だし面倒もないので。ちゃんとその時の空気を読んで上手くやりますから、心配は無用です!」
「そうか……ちなみにこれから騎士たちに指示を出したり先導しないといけないんだが、頭の上から退いてくれる気はないのか?」
「ないですね!」
空気を読むとは、一体……。まあ、いいか。最近は頭の上にフィアが乗ってても誰も何も言わなくなってきたし。
フィアに関しては潔く諦めることにして。警備を担当する騎士たちにも声をかけていると、賑やかな沿道から誰かが声を上げた。
「ヴァリシュさまー! 三ヶ月もお姿を拝見することが出来ないなんて、寂しいですー!」
「お、おお?」
想定外の声に思わず足を止めれば、俺の名前を呼ぶ声が何重にも重なった。なんと返せばいいかわからず、とりあえず手を振ってみれば、それだけで黄色い歓声が雨のように降り注いだ。
さらに驚くことに、声を上げていたのが平民だけかと思えば、どうやらそうではないらしい。
「ヴァリシュ様、ブラーハ家の者です! ぜひともうちの娘と縁談を!」
「いいえいいえ、ヴァリシュ様は我がラッスカ家にこそ相応しい! どうかお話だけでも!」
「え、ええっと」
どうしよう、身なりを見る限りは貴族のようだが。まだ時間に余裕があるし、応対するか? それとも仕事中なのだから、あしらうべきか。
貴族は後でどんな文句を言ってくるかわからないし。どうしたものかと悩んでいると、不意に誰かが杖を地面にトンと突いた。
静かに、と言わんばかりに重く響く音に、その場に居た全員がハッと押し黙った。
「やあやあ、久しぶりだねヴァリシュ殿」
「これは、ミラージェス伯爵ではありませんか。サイラス殿も、お元気そうで何よりです」
見覚えのある紳士と私兵の姿に、周りの人間がさっと距離を取った。
流石は天下のミラージェス家。杖一本で場を鎮めるとは。
「忙しいところを呼び止めてすまないね。どうしても、出発前に話がしたくてな。お前もそうだろう、サイラス」
「ええ。ユスティーナ様が医者として同行することに、主人は心配で夜も眠れないくらいなのです。そして私も、弟分が大役を果たせるのか不安で仕方がないのです」
心配だ、不安だと言いつつ。まるでいたずらを隠しているかのようにニヤニヤ笑いの二人に、思わず俺まで笑ってしまった。
「お任せを。ユスティーナ様は騎士団長として必ずお守りしますし、ランベールは一人前の騎士になるよう、厳しくしごきますので」
「はっはっは! それは頼もしいな。あとは、貴族のあしらい方に慣れれば完璧だな」
これみよがしに大笑いしつつ、伯爵が声をひそめる。
「ヴァリシュ殿、貴族として色々と話は聞いている。あれこれ大変だろうが、困ったことがあれば何でも言ってくれ。貴殿には何かと世話になったからな、出来る限りの協力はしよう」
「それは心強い。頼りにさせて頂きます」
社交辞令かもしれないが、ミラージェス伯爵との協力関係が今後役に立つかもしれない。ここはスマートに受け入れるべきだろう。
ふっふっふ、我ながら貴族の扱いにも慣れてきたな。
「……ちなみにヴァリシュ殿。主人は今、貴殿が何かしらの利を得る立場になられた時、真っ先に話が出来る立場を確立させたのですが、そのことにはお気づきですか?」
「へ?」
「はっはっは! やれやれ、貴殿を見ていると危なっかしくて仕方がないな」
伯爵だけではなく、サイラスまで口元を隠して震えている。
やっぱり貴族は面倒臭いな!
「とはいえ、協力したいという気持ちは本当だ。その機会を失うことがないよう、無事に帰ってきてくれ」
「わ、わかりました」
差し出された手と握手を交わして、俺は伯爵たちと別れる。
それにしてもパレードの通り道とはいえ、貴族の方々に声をかけられるとは。ああいう人種は見栄っ張りだから、礼儀作法にはうるさい筈なんだが。
そんなことを考えていると、いつの間にか皆が待つ南門に到着していた。ここでは出発前のセレモニーを行うので、大通りとは比べ物にならなくらいの人混みだ。
「ヴァリシュ様、お疲れさまです」
「お互いにな、アレンス。皆はもう揃っているのか?」
「ええ。すでに護衛騎士全員の準備は出来ています」
各々の荷物はもちろん、今回は遠出なので馬の用意もあったのだが。俺が貴族たちに捕まっている間に、全部終わっていたらしい。
しかも、パレードの先頭を行く音楽隊の演奏もかなり近くまで来ている。のんびりしている暇はない。
「よし、全員配置につけ。我々はこれから三ヶ月、陛下の御身をお守りするのだ。国民に醜態を晒すことは許さんぞ」
「はっ!」
ざっ、と隊列が整う。流石は二ヶ月近く綿密に訓練してきただけある。息の合った騎士たちに、観衆も納得の表情を浮かべた。
これなら、ひとまず安心か。ほっとするのも束の間、いよいよパレードが南門に到着すれば、観衆から大きな歓声が上がった。
先頭を率いていたメネガットに促され、陛下が馬車から降りてにこやかに手を振った。他の文官や使用人たちも同じように手を振ったり、一礼したりしている。
「ヴァリシュ、これから三ヶ月よろしくね! アナタと一緒に旅が出来るなんて考えてなかったから、なんだか凄くワクワクするわ!」
「ふっ、確かに。リネットたちが居ると安心感が違うな。頼りにしているぞ」
「もちろんよ、大船に乗った気でいなさい。ね、シズナ?」
「うう……わ、わたしもフィア様みたいにトカゲとかコウモリになればよかった……正体がバレたらどうしよう」
「危なくなったらフォローしてやるから、そんなに心配するな」
駆け寄ってきたリネットとシズナに声をかけて、それぞれとグータッチを交わす。
そうしていると、自分も! と言わんばかりに慌ててドタバタと駆け寄ってくる医者、というか困った令嬢が一人。
「ヴァリシュ様! わたくしも、わたくしもここに居ります!」
「知ってます。ユスティーナ様、長い旅路になりますが、ご同行頂けて頼もしく思います」
伯爵も言っていたが、今回の彼女は医者として同行することになった。まだ経験が浅いこともあり、立場的には医者の見習いというのが正しいけれど。
それでも、女性たちには有り難い存在だろう。
「はい。わたくしもヴァリシュ様を、そして騎士の皆様を頼りにしております。具合が悪くなられた方がいらっしゃいましたら、すぐにお声がけくださいませ。深夜でも早朝でも対応します。もちろん、ヴァリシュ様も何かあればすぐに言ってくださいね。絶対ですからね! いいですね!?」
「わ、わかりました」
ユスティーナの圧に押されつつ、彼女ともグータッチを交わして。他の皆もそれぞれの交流を済ませれば、セレモニーの進行役である大臣が一歩前に出る。
「それではこれより、陛下より皆へお言葉を授けて頂こうと思う。私語を慎み、清聴するように」
「なに、気をラクにして聞いて欲しい」
いつも通り対照的なやりとりをしつつ、陛下が皆に向けて言葉を発した。これから五大国会議のためにアルッサム皇国へ出発すること、そのために国を空けるが、留守番は大臣に任せること。
そして最後に、国民が一人残らず息災であるようにと柔らかい口調で纏めた。大臣が促すよりも先に、万雷の拍手が返ってきた。
「それでは次に、騎士団長のヴァリシュ・グレンフェルより、陛下の御身をお守りする騎士団を紹介してもらおう」
おお、とざわめく。今までも五大国会議などで似たようなセレモニーは行われていたが、騎士団に焦点が当たることはこれが初めてだった。だから、俺が事前に申し入れたのだ。
というのも、勇者が悪魔王を滅ぼしたこれからの世界における、騎士のあり方を見せることが出来るいいタイミングだから。あくまでも俺たちは武力ではなく、防衛を目的とした組織である。
それを、お互いに忘れるわけにはいかない。
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