二話 部下がワガママを言えるのはいい傾向! きっとそうだ!

「すまない、遅れた」

「ああヴァリシュ様、丁度呼びに行こうかと思っていたんですよ」


 会議室に飛び込めば、ほっとした顔でアレンスが出迎えてくれた。入れ違いになることは避けられてよかったと、それ以上遅刻のことを責め立てることはしない。

 集まったメンバーは各部隊長たちと、俺の補佐であるアレンスとマリアン。それから文官と使用人の代表が数人。

 すでに全員集まっているものの、遅刻者を糾弾するようなギスギスした雰囲気はなく、世間話でもしていたのか和やかな空気が流れていた。

 ああ……これだけでも転生してよかったと思う。時間に厳しすぎるのは悪い文化だ、うん。


「待たせてしまい申し訳ない。では、早速始めよう。皆も知っている通り、二か月後に『五大国会議』が開催される。招致国は『アルッサム皇国』だ。大国に恥を晒さないよう、念入りに準備しておきたい」


 今日は俺が進行役だ。黒板の前に立つのはアレンスとマリアンだ。今日は文官が居るので、記録係は任せることにする。


「ははあ、それにしてもアルッサム皇国ですか……遠い上に、あの国は厳格で息苦しいですからなぁ。雰囲気的にも、温度的にも」

「メネガット隊長はアルッサム皇国に行かれたことがあるんですよね?」

「ええ、もう十年以上も前のことですが」


 うんざりとため息を吐くメネガットに、若い文官が興味深そうに聞いた。

 この世界は飛行機もなければ鉄道もない。もちろんインターネットも存在しない。だから、他国の情報が信じられないくらいに入ってこないのだ。

 俺も情報では知っているものの、アルッサム皇国に足を踏み入れたことはない。だからこそ、経験者の話はとても貴重だ。


「メネガット隊長。アルッサム皇国はオルディーネと自然環境がかなり異なると聞いたことがあるんだが」

「ええ、おっしゃる通り。なんと言いますか……アルッサム皇国には火を噴く山がありまして、そのせいかとにかく暑かったです」


 皆がメネガット隊長の話を興味深そうに聞いている中、俺は自分の記憶から思い出す。

 アルッサム皇国は、オルディーネから遠く離れた火山大国である。皇都からも見える位置に火山があり、鉱山資源が豊かな国だ。

 オルディーネは一年を通して穏やかな気候だが、アルッサム皇国は火山のせいで年中どころか昼夜を問わずに気温は高い。

 確か、ラスターたちも最初は慣れない暑さにぐったりしていたような覚えがある。


「ええ、懐かしいですね。以前赴いた時は、皆さん暑さにまいってしまって。体調を崩された方も居ましたね」


 そう言ったのはメイド長だ。頬に手を添え、昔を思い出すように語っている。


「そ、そんなに遠いんですか。ていうか、火山というものがそもそも自分はよくわかっていないのですが」

「オルディーネにとって、火山はあまり身近なものではありませんからね。どれぐらい暑くなるのかすら想像できません」


 マリアンとアレンスが難しい声で言う。二人の言うことはもっともだし、同じようにピンと来ていない者が大半だ。

 ふむ、先に別のことを決めた方が良さそうだな。


「使用人と文官は、すでに同行する者を決めたと聞きましたが」

「はい。こちらがリストです」


 それぞれからリストを受け取る。先に陛下が指示していたらしく、責任者以外は比較的若い者が多いようだ。

 陛下も以前の五大国会議でアルッサム皇国の過酷さを思い知ったのだろう。ありがたい気遣いだ。


「ふむ、なるほど……」


 リストを見ると、文官は男女それぞれ二人ずつ。料理人、医師を含めた使用人は十人。錬金術師が助手含めて二人。もちろん陛下も忘れない。

 それから荷物のことも考えると、おのずと護衛に必要な騎士の人数が割り出される。


「この様子だと、部隊一つ分の騎士が必要になるな」

「ですがヴァリシュ様、どの部隊もそのまま連れていくことは難しいかと思います」


 アレンスの指摘には同意だ。働き方改革を推進した以上、騎士一人一人の事情を考えなければならない。

 アルッサム皇国まで行くのに、長くて一か月。五大国会議は二週間程度続くだろうから、二か月半もの期間を拘束することになる。同行できない騎士も居るだろう。

 正直面倒なので俺も辞退したいところだが、陛下が居る以上は騎士団長として同行しないわけにはいかない。今回ばかりは我が儘は言えない。


「そうだな……ちなみに、隊長たちの中で同行を希望する者は居るか?」

「ふむ、わしも歳ですからなぁ。今後の経験になるよう、ここは若い者に譲りましょう」

「自分はオルディーネの夏でもわりと苦手です。なので、アルッサム皇国では全く使い物にならなくなる自信しかありません」

「先日、新しい家族が増えたばかりなので……ところで母親は白猫、父親は黒猫なのですが、生まれてきた五匹の黒猫の中で一匹だけぶち柄なのはなぜなのでしょう」

「よしわかった。隊長たちは全員不参加だな」


 メネガット、ヴィルガ、エルーの順でそれぞれ不参加の意を示す。メネガット以外の二人は少々言いたいことはあるものの、なんとかぐっと堪える。

 ……働き方改革が上手くいっている、と考えればいい傾向だ。きっとそうだ。


「冗談はさておき。今回は長い旅路の中で、常に陛下たちの御身をお守りするのです。ヴァリシュ様の主導で決めて頂ければよろしいかと」

「そうだな。それに、オルディーネの守りもおろそかにするわけにはいかない。隊長たちには残ってもらっていた方がいいだろう」


 他の二人の隊長を尻目に、メネガットが諭すように言う。確かに、彼の言うとおりだ。

 しかし、守りが手薄になるタイミングを見計らってよからぬことを考える輩も少なくはないだろう。

 ……それが堕天使だったら、と考えると恐ろしい想像しか出来ないが。考えていたら、何も出来ない。


「わかった。隊長たちは、各々自分の部隊から希望者を募り今週中にリストを提出してくれ。希望者が多いようなら、改めて面接をして俺が決めよう」

「お任せください」


 その後、細々としたことを決めて、会議は終わった。それからは同行する騎士を決めたり、特別訓練をしたりで目まぐるしく忙しい日々が瞬く間に過ぎ去っていき。

 あっという間に、アルッサム皇国へ出発の日になった――

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